第8話「哀れな死神」

 ガウルと別れた俺は、娼館内の与えられた一室で物思いに耽っていた。


 基本的に、下男下女には私室が与えられることは無く、大部屋で複数人で雑魚寝するのが普通だが、俺は店主ザバスのお気に入りだ、極端に容姿の優れた俺と下男たちが寝食を共にすることで万が一の間違いが起こることを防ぐため、俺には特別に私室が与えられていた。


 俺はガウルをどうしたいのだろう。


 ガウルの魅力を育むために、今日まで2人で様々なことを試してきた。時には意見をぶつけ合い、その度に俺たちは絆を深めていった。


 しかし、それも全てはローゼの気を引くため。現にローゼは明確に俺たち、いや、ガウルの魅力をここまで高めてみせた俺に興味を示している。


 だが、いつの日か手段と目的は入れ替わっていた。日に日に綺麗になっていくガウルを横で見ているのが俺はたまらなく好きだった。


 たまに見せる彼女の穏やかな、それこそ優しい姉のような微笑みが好きだった。


 恋心とは違うと思う。  


 だって、仮にそうだとしたら、俺は


 俺は



 ドアがノックされる。


「シロ、まだ起きてるか?」


 ……ガウルの声だ。


「ああ、起きてるよ」


 一拍置いて、ガウルが部屋に入ってきた。 


 ふわふわとした寝巻きを身に纏った彼女は可憐だ。……以前はもっと簡素なものを好んで着ていた気がする。


「少し、眠れなくてな」


「そうか」


 ベッドに座っていた俺が少し横にずれ、スペースを開けると、ガウルが遠慮がち隣に腰を下ろした。


 沈黙がその場を支配する。


 今まで、ガウルが夜中に俺の部屋を訪れたことはなかった。一体どうしたのだろう。


 否が応でも胸が高鳴る。


「シロ」


 先に沈黙を破ったのはガウルの方だった。


「今日のこと、悪かったよ」


「何の話だ」


「弟扱いしたことさ。お前は体は小せえけど、もう立派な男だ。お前の誇りを傷付けたな」


「なんだそんなことか」


「そんなことじゃねえよ。俺は怖かったのさ。……お前を男として見ることが。だからお前を弟みたいに扱って、自分を騙してた」


「……」


「だけどそれももうやめだ。俺はもう逃げない。まだ完全に心の整理はできないけど、いつか必ず答えを出すよ」


 ガウルは照れるように微笑んだ。


「ありがとう。ありがとう、ガウル」


 瞳から勝手に涙が零れ落ちた。俺がガウルを騙しているという事実は変わらない。だが、何故だか、何故だか俺は救われたような思いを感じていた。


「何泣いてんだよ。これで拭けって、な?」


 ガウルにハンカチを手渡される。


「……はは、これじゃ俺は弟のままだな」


 ガウルは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべた後、花が咲いたように微笑んだ。


「ああ、そうだな」


 俺たちは笑い合った。


◇◇◇


「そうだ、ガウル、お前の弟ってどんな奴だったんだ?」


 俺はふと気になってガウルに問いかけた。


「そうだな。とにかく暴れん坊なクソガキだったよ」


 ガウルが困ったように笑う。


「俺の母親は人族なんだ。ある時、母は獣人の賊に拐かされてな、その時に孕んだ子供が俺だ。ローゼが言ってた半獣人ってのはそのことだ。その後、冒険者に救出された母は、俺を育てながら他の人族の男とも関係を持った。その時、弟が産まれたんだ」


 ガウルは昔話でもするように目を細めて語り出した。


「最初は弟のことが憎らしくて仕方なかったよ。父親も違うし、人族の癖に俺より凶暴で、いつも喧嘩ばかりしてた。だけどさ、結局、俺たちは同じ親の腹から出てきた姉弟だったんだ。可愛くてたまらなかったんだよ。喧嘩中のくせに、夜になると寒くなって俺の体にしがみついてきてさ。あったけえのなんの。本当に愛おしくてたまらなかった。こいつのために生まれてきたんだとさえ思ったよ」


「どうして今は弟と一緒じゃないんだ?」


「喧嘩さ。でっかい喧嘩。母は段々、俺よりもずっと弟を可愛がるようになっていった。当然さ、自分を犯した男の娘なんて可愛い訳がない。だけど当時の俺は耐えきれなくなって家を出た。金を稼ぐ方法も知らなかったから、体を使うしかなかったよ。……弟は、許せなかったらしい、俺のことも、母親のことも。弟は弟で1人で生きる道を選んだ。……母は男と街を出ていったと聞いている」


「そうか……」


「ごめんな、こんな話をして。でもさ、いつかまた会いたいと思っているんだ、弟に」


 ガウルは楽しそうに言う。


「結局、全ては時間が流してくれると思うんだ。きっといつか、弟は俺を許してくれる。その時はきっと、弟にお前を紹介するよ。こんな世界だ。死のない世界だ。10年後でも、100年後でも、1000年後でも、いつか、必ず俺たちはまた笑い合えるようになる。何故だか、シロ、お前がそれを教えてくれたような気がするんだ」


「ああ、いつか絶対に会わせてくれ」


「当たり前だろ?俺をここまで美人にしてくれた恩人だって紹介するよ。お前も結構無茶なところあるしな、案外気が合うかもしれねえぜ?でも注意しな、あいつ1回怒り出すと手がつけられねえんだ。喧嘩になったらお前なんてすぐボコボコにされちゃうかもな」


 ガウルが少しイタズラっぽく微笑んだ。


「俺の弟だぜ?腕っぷしも強いんだ。ゴレムは」


 運命は複雑に絡み始める。


————————————————————


【後書き】


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