2章 都市へと向かう道

全体訓練


 王宮の練兵場にて、2年B組の生徒たちは、各々の恩恵ギフトに合わせて支給された装備に身を包んでいた。


 現代ではお目にかかれない如何にもファンタジックな装備の数々に、彼らはしきりにはしゃいでいた。


「おいおい、見ろよ俺の軽戦士装備! 如何にも主人公って感じだろ?」


「バッカお前、どう見てもそりゃただのモブ男だよ! それより俺の魔法使い装備のほうがカッコイイだろ?」


 そう言って男子たちは、自分たちの装備を見せびらかしながら互いに自慢し合っている。


「なにこれ恥っず! 露出度高すぎてコスプレじゃんこんなの……」


「あたしこういうの一度やってみたかったんだ〜! えいっ、ファイアーボール!」


「はいはい。あーしはなんかセイサンケイ? とかいうので良かったわ~。恥ずかしい格好しなくていいしさ〜」


 岡梓率いるギャルグループも、しきりに身体を隠しつつも、舞台衣装のような装備に身を包む。


「ふははは! 刮目して見よッ!! この大賢者ナラハラ様の勇姿を! モブの諸君はこの我が護ってやるぞ! 存分に頼りたまえよ!」


 そんなクラスメートたちを他所に、栖原は裾の長い立派なローブをマントのように翻しながらそう宣言する。


「うっぜえ……栖原のくせに調子乗りやがって……」


「いやでも、あいつの能力『賢者ビショップ』だっけ? めちゃめちゃ強いらしいぞ……鑑定結果出たときに兵士たちがどよめいてたし」


「くっそ〜!! 俺もいい奴引いてればなあ……なんだよ"泥使いマッドマスター"って、使い道あんのかこの恩恵ギフト……」


「お前なんかまだいいだろ。俺なんか化粧師メイクアッパーだぞ。したことねえよ化粧なんか……」


 あまり戦闘向きではない恩恵ギフトを引いた者たちは、隅の方で肩身が狭そうに固まっていた。


「栖原、くん……あまりそういうことを言うものじゃない。私たちはあくまで一つのチーム、互いに支え合う仲間だ。上下関係は必要ない」


「おお、そう言う貴殿は我と同じS級スキルの持ち主! 剣聖ソードマスターの西園寺潤刃うるは氏ではありませぬか!」


 栖原は、話しかけてきた女子生徒に愛想よく接する。


 西園寺うるはは、長い黒髪に切れ長の目を持つ長身の女子生徒で、その名の通り刀剣のような雰囲気を纏っていた。


 中学の頃に剣道で日本一位になったこともあり、実家は剣術道場という、まさに剣聖ソードマスターの恩恵を受けるのに誰しもが納得する人物でもあった。


「S級スキル……? 一体なんの話だ?」


「ああ、気にしないでくれたまえ。恩恵ギフトの名前から性能を推測して、我が独自にランク付けしただけだ! だが、確かに貴殿の言う通りだ! 我もまさに主人公と呼ぶべき強スキルを引いて少し舞い上がっていたらしい! 仲間を見下すのは正しくざまぁ系の噛ませ側のムーブだ! 忠告感謝するぞ!」


「ああ、分かってくれたのなら良いが……」


 潤刃は、栖原の独特な言い回しに若干困惑しつつもそう答える。


「ねえ〜朽木くん、私たちこれから一緒に行動しない? 戦えって言われたけど私怖くて……朽木くんと一緒なら安心できるからぁ」


「ちょっと、あんた何抜け駆けしてんの! 朽木はみんなの委員長でしょうが! あたしだって護ってもらいたいのに!」


「あたしさぁ、実は前から朽木くんのこと……」


 そう言って、女子の集団を引き連れて姦しくしているのは、朽木の周りに侍る女子集団であった。


 元々一部女子からの人気が高かった朽木だが、引いた恩恵ギフトもかなり強力ということもあってか、今や朽木の周りに女子の列が絶えることはなかった。


「大丈夫、みんな俺が護ってみせるから喧嘩しないで。女性を護るのは男の役目だし」


「朽木くん、カッコイイ!」


「さすが、他のボンクラ男子どもと格が違うわ!」


 そうキャッキャとはしゃぐ女子たちを他所に、男子たちは恨めしそうな目を向けた。


「くそっ……朽木のやつ、また女子の前でだけいいかっこしやがって」


「仕方ねえよ。あいつの能力もかなり強いんだろ? 王宮の騎士団長とか言う人が直々に勧誘に来てたぞ」


「ちくしょう! 顔もイケメンで勉強もスポーツもできて、おまけに能力にまで恵まれてるのかよ……支給された鎧もキラキラでカッコイイし羨ましすぎるだろ……」


「そーかぁ? 俺はあんま羨ましくねえけどな。あれ、都合よく使われてるだけじゃね?」


 そう話す男子たちを他所に、朽木の周りだけ別世界のように華やかで、女子たちの黄色い声援が飛び交っていた。


 そんな時――


「皆、一旦騒ぐのはやめてこっちの話を聞いて!」


 全員の中でもっとも立派な鎧を身に着けた天音が、騎士たちを引き連れて皆の前に立つ。


 恩恵ギフトの中でも最も特別な勇者ブレイブと認定された天音は、元がクラス委員長だったことも相まって、自然と皆のリーダーの立ち位置に収まっていた。


「今から、この国の騎士団の皆さんと合同訓練を行います! 皆さん出席番号順に整列してください!」


「うぃーっす」


「あー、ダリぃ」


「ちょっと、鳴沢さんなんか微妙じゃない? 自分がちょっといいの引いたからって偉そうに……」


 そうぽつぽつと小さな不満が起きつつも、クラスの者たちはゾロゾロと全員整列する。


 ――しかしその時、


「弛んでおるぞ貴様らぁッ!!」


 兵士の中でも一際巨躯な男が一歩前に出て、生徒たちに怒声を浴びせかける。


「なっ……!?」


 天音が唖然としている間に、その大男はフン、と嘲るように鼻を鳴らす。


「異世界から来た勇者どもの教官役を務めろと任せられたはいいものの……まさか相手にするのがこんな覇気のないガキどものだとはな。いいか勘違いするなよ蛆虫どもッ! 貴様らは客などではない! 我が映えあるアルティメス王国の忠実な駒だッ!」


 そう宣言すると、男は口元にニヤリと笑みを浮かべながら言った。


「よく聞け、虫けらども! 俺様の名は、アルティメス王国白狼騎士団所属、マイアー上級騎士長だ! 今後一切、この俺に対する口答えや反抗は許さんからそのつもりでいろッ! ではまず、練兵所を二十周から、かかれッ!」


「ちょっ……ちょっと待って下さいっ! 話が違います! 私たちはあくまでアルティメス王国とは協力関係、立場に上下はないはずです! なのにこんな扱いは――うぐっ」


 天音が慌てて間に入り止めようとしたその時――マイアーは、その横っ面を引っ叩いた。


「ひっ!」


「委員長!?」


「なんてことを……」


 女性の顔に対して容赦なく暴力を振るうマイアーに、生徒たちは騒然とする。


 しかしマイアーはふん、と鼻を鳴らしてこう言い放った。


「貴様……たった口答えは許さぬとたった今言ったばかりだろうがッ!! 千年ぶりの勇者だと? 女だからと殴られないとでも思ったのか!? いい度胸だ! 貴様は特別にこの俺が可愛がってやるッ!」


「ぐ……ッ!」


 そう言って髪を引っ張り上げるマイアーに、天音は小さくうめき声を上げる。


 それを見ていたクラスメイトたちは震え上がりながら、もはや反抗する気力も失いつつあった。


「何をボサッとしている……貴様らもこうなりたくなければ、さっさと周回に取り掛かれッ!!」


「うっ……」


 生徒たちが気圧されて、言われるがまま走り出そうとした、その時――


「離しなさい……ッ!!」


 天音がいつの間にか、支給された短刀を腰から抜いて、マイアーの喉元に突き付ける。


「ぐっ……き、貴様……!」


「離しなさいと、そう言っているのよ……ッ! 私たちは確かにこの世界では、なんの後ろ盾もない立場……だからといって、あなたたちなんかの奴隷にはならないッ!! 私たちは誰一人欠けずに無事日本に帰る! もしその約束を果たす気がないのなら……!」


 そう言って、天音はプツリと皮一枚、マイアーの喉元に短刀を突き入れる。


「ひぃっ、や、やめろぉ!!」


 マイアーはたまらず天音の髪を離して距離を取った。


 天音は髪をぐちゃぐちゃにされて、鼻血を流しながらも、短刀を構えた姿勢のまま、覇気の籠もった目でマイアーを見据える。


 そんな天音の気迫に気圧されたのか、マイアーは無様に足を震わせながら、意地を張って気勢を上げた。


「き、貴様ぁ!! 上官に向かって何たる態度……お前ら囲んでその勇者を痛めつけろぉ!」


「き、騎士長どの! 子供相手にそれは余りにも……!」


 その横暴な振る舞いに、流石に直属の部下たちからも疑問の声が上がる。


「黙れぇッ! こんな小娘一人に舐められて、映えある王国騎士が務まるかッ! 腕の一本でもへし折ってやれば、少しは大人しく……」


「――おやめなさいッ!」


 しかしその時――ピン、と張り詰めたような鋭い声が練兵所に響く。


 そこには、後ろに女中を引き連れたマルグリットが、厳しい顔で一同を睨み付けていた。


「これは姫殿下……!」


 そう言うや否や、マイアー率いる騎士団の者たちは慌てて片膝をついた。


 一斉にその場に静寂が訪れると共に、マルグリットは片膝をついたマイアーを睥睨しながら言った。


「マイアー上級騎士長、これは一体どういうことか説明してくれますね?」


「は、ははァ! さ、先程我々がこの者たちを指導していた折に、突如そこの女が反抗して暴れ始めまして……取り押さえた際に少々怪我を負わせてしまった所存であります!」


「なっ……!」


 その余りに恥知らずな物言いに、天音は思わず反論しようとする。


 マルグリットは咄嗟にそれを片手で制したあと、マイアーに向かって言った。


「つまりは、先にアマネさんが暴れ始めて、あなたはそれを制したに過ぎないと?」


「はは! こちらとしましては、説得を試みましたところ、抵抗されたのでやむを得ず鎮圧致しました!」


「よくもぬけぬけと……!」


「――それはおかしいですわね? わたくしの女官からは、マイアー騎士長の方から先に手を出したと聞いているのですけど?」


「…………!?」


 マルグリットがそう言うと、女中の中で一際小柄な一人の少女が、ぺろりと舌を出しながら軽く手を上げた。


「はーい、あたし見てました! そこの騎士サマが、こちらの勇者様の顔をいきなり殴って、髪を掴んで引きずり回してましたよ!」


「なっ、き、貴様、端女はしための分際で……!」


 マイアーが顔を真っ赤にしてその女官に掴みかかろうとするも、少女はひらりと避けてマルグリットの背中に隠れる。


「おやめなさい、見苦しい。あなたが勇者さま方の訓練を自ら願い出るので、一応監視をつけて任せてみましたが……残念ながらあなたにこの役目は荷が重かったようですね。誰の指図でこんなことをしたか大方予想は付いていますよ」


「な、何を仰っているのか小官にはさっぱり……」


「あなたは宰相の指示で、わたくしと勇者さま方を離間する為に送り込まれた間者だと言っているのです。お兄様にはこんなことをする知恵はないでしょう?」


 そう言うと、マルグリットはパチン、と指を鳴らす。


 するとその背後にある練兵場の入り口から――ゾロゾロと騎士たちが現れて、マイアーの両脇を抱え込んだ。


「なっ……!? 離せ、なんの真似だこれは!?」


「マイアー上級騎士長、あなたを拘束します。あなたはわたくしの指示を無視して勇者さま方を粗略に扱った挙げ句、あろうことか最重要戦力であるアマネ・ナルサワに不当な暴行で傷を付けました。本来なら国外追放も辞さない所ですが……これまでの忠勤に免じて、官職剥奪で許してあげましょう」


 マルグリットはそう言うと「連れていきなさい」と命令を下す。


「や、やめろッ! この俺が誰だか分かっているのか!? 俺様はグリンツ家の……姫殿下ぁ! このような真似をして後悔されますぞ! この事は、我が大叔父に報告致しますからなぁ!」


 マイアーは負け惜しみのような捨て台詞を吐きながら、騎士たちに引き摺られて練兵場を後にする。


 練兵場の中が静まり返る中で、マルグリットの凛とした声だけが響いた。


「あなたたちはアマネさんの治療を! 最上級の治癒水を使っても構いません。女性ですから、身だしなみもきちんと整えて差し上げて」


「はいっ!」


「えっ、ちょ、ちょっと!」


 そう命を下すや否や、女官たちが天音を取り囲んで、引きずるように連行していった。


 ――そして、他のクラスメートたちに向かって、胸に手を当てて深々と頭を下げた。


「この度は……我々の不手際で皆様にご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」


「…………!」


「姫様っ!」


 残った女官の一人が、頭を下げるマルグリットをそう咎める。


 仮にも王族のような立場の人間が、ただの学生である自分たちに対して頭を下げるのは普通のことではないと、権力に疎い日本の学生たちにも伝わった。


「良いのです。彼らは遥か異境の地より、我らの都合で召喚した勇者たち。王族ではなくこの世界の一人の人間として、最大限礼を尽くすべき相手。なのにあんな無礼な者を教官として充てがってしまい、大変申し訳なく思いますわ」


「そ、それは良いんだけどさ。委員長は大丈夫なの? それに、またあんな奴がアタシらに関わってくるのはウンザリなんだけど!」


 ギャルのリーダー格である梓が、クラス全員を代表して言った。


 その言葉に他のクラスメートたちも無言で頷いている。


「もちろん! どうか、ご安心ください。今後は皆様に対し公平で、人格に問題のない者を教官にすることを誓いますわ。また、アマネさんに関しては只今全力を挙げて治療中です。決して粗雑に扱うようなことはしませんのでどうかご安心を」


 マルグリットはそう答えると、更に額に手を当てて、目元を覆って落ち込んだような仕草を見せながらこう続けた。


「実は……嘆かわしいことなのですが、我が国の中でも先程の者のような、皆様のことを奴隷のように従わせようと考える者が後を絶ちません。かの者たちは皆様を自分の都合の良い駒として利用し、個人的な利益を得ようとしています。わたくしは、そんな輩から皆様を守りたいと思っています」


 そう言って、マルグリットはにこりと可憐な笑みを浮かべる。


「ですのでどうか、今後は同じようなことがあれば、必ずわたくしにご相談くださいませ。わたくしが厳しく対処致しますので」


「お、おお……」


 マルグリットの言葉に、生徒たちは動揺しながらもまばらに拍手を返す。


 こちらの世界に寄る辺ない彼らにとっては、ただマルグリットの言葉を信じる他ない。


 彼女が自分たちと同じくらいの年齢であったことと、そしてマルグリットが王族としてそれなりに演技の心得があったことも功を奏してか、ある程度クラスの者たちの警戒を解くことに成功していた。


 実際には、クラスの者たちを個人的な利益のために利用しようとしているのはマルグリットも同じであり、その為にはある程度彼らからの信頼を勝ち取らねばならないと判断しているに過ぎない。


 一応味方であることは示せたものの、まだ距離感が残ると判断したマルグリットは、次にこんなことを提案し始めた。


「それと……今後はわたくしも皆さんと一緒に訓練に参加することに致しますわ。それなら万が一にも今日のようなことは起きないでしょう」


「姫様!?」


 その突然の宣言に、女官の一人が驚きの声を上げる。


「何を驚くことがあるのです? 我が国とは全く関係ない勇者さまたちに負担を強いるのです。共に戦闘に出るのは叶わずとも、訓練で苦楽を共にする程度のことは王族としての責務でしょう?」


「そ、それはそうかも知れませんが、し、しかし……!」


 女官は、尊き王族にそんな一般兵のような真似をさせられないとばかりに止める。


 しかし、マルグリットにもそれなりの考えがあった。


 なんとしても第一王子派を出し抜いて権力を握りたい彼女は、この勇者として召喚された2ーBクラスの者たちを、自分の勢力として取り込む必要があった。


 その為に、多少泥臭い演技も必要だと考えたのだ。


 人間、同じ苦しみを共有して、共に汗を流した仲間を無意識に信用してしまうものだ。


 人心掌握術に長けたマルグリットは、自ら2−Bクラスの者たちに混じることで、まずは信用を勝ち取るつもりであった。


「――それでは皆様、これからどうぞよろしくお願いいたしますわ」


 そう言って優雅に頭を下げるマルグリットに、クラスの者たちは全員困惑しながら顔を見合わせた。


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