辺境都市コーカンド⑥
「よっと」
俺は金貨が大量に入った袋を担ぎながら、賭場を後にする。
既に夜は明け、ぼちぼち出店も増え始めて、街には市場の活気が戻りつつあった。
建物はもう二度と賭場として使えないよう徹底的に壊しておいた。
あれなら、もう二度とここで破滅させられる人も出ないはずだ。
無論、気絶している連中は外に引きずり出しておいた。
中の金を調べてみると、金庫らしき場所には金貨が八百枚、銀貨が百二十枚ほどしかなかった。
チップのレートは銀貨一枚につき1チップ、金貨一枚につき10チップだったので、チップ12000枚勝った俺には金貨1200枚支払われるのが道理だ。
まあ足りないならその分は忘れてやってもいいだろう。
胴元のナントカ一家とやらにまで回収に行くことも出来るが、はっきり言って面倒だからな。
金は集めるよりどう使うかの方が難しい。
無色透明の力である金は、その使い方次第で黒にも白にも転じる。
仮にも解脱を果たした仙人である以上、より多くの人の助けになる使い方をしたいところだ。
そんな事を考えながら道を歩いていると、ふと道端でうずくまる子供の姿が目に入った。
その身体はガリガリに痩せこけ、瞳は絶望に染まったまま、虚ろ気な眼差しを空に向けていた。
うーむ、これはよくない。子供にこんな顔をさせているようでは、俺の立つ瀬がないな。
良い土地、良い街というのは子供の笑顔から始まる。
それを得るには、やはりまずは腹を満たすことからだろう。
「食うか?」
「…………!」
俺は、そこらの屋台から買った肉の串焼きを差し出しながら言う。
痩せこけた子供は、最初何を言っているのか分からなかったのか、キョトンとした顔で目の前に差し出された串焼きを見る。
――しかしやがて、理解すると同時に俺から串焼きを引ったくるように受け取ったあと、猛烈な勢いで食べ始めた。
「はぐっ、はふっ……!」
「おいおい、まだ熱いぞそれ。取ったりしないからゆっくり食べなよ」
俺はそう言いつつ、獣のようにがっつく子供を見守る。
やがて一本すべて食べきったあと、落ち着いたタイミングを見計らって、俺は声を掛ける。
「美味かったか?」
「う、うん」
「ここらに君みたいに、ご飯もろくに食えない子供たちはどれくらいいるんだ?」
「わ、分かんないけど……とりあえずたくさんいる。二十人くらい?」
その答えを聞いて、俺はその少年に銀貨を一枚握らせたあと言った。
「よーし、じゃあお小遣いあげるから、その子ら全員ここに呼んできてくれないか? 兄ちゃんが全員腹いっぱいになるまで奢ってやる」
「……!? よ、呼んでくる!」
その少年は手の内の銀貨を見てびっくりしたあと、慌ててその場を立ち去る。
しばらく待っていると、路地の奥から、ゾロゾロと似たような痩せこけた子供たちが現れた。
「なあ……俺たち全員腹いっぱい食わせてくれるって本当かよ」
「ああもちろんだ。それと、お前ら全員明日から面倒を見てやる。飯だけはしっかり食わせてやるからな」
「おおおお……!」
俺の言葉に、子供たちから歓声が上がる。
見るとどの子もボロを着て、ガリガリに痩せた子ばかりだ。孤児なのだろうが、なんとも痛ましい姿だ。
しかしその時――その哀れみの視線を振り払うように、他の子どもたちより少し背丈の高い少年が前に出た。
ボロを着て痩せてはいるが、その瞳から力は失われておらず、毅然とした態度で俺と向き合った。
「……そんなことして、あんたに一体なんの得があるんだ? なんの後ろ盾もねえ孤児の俺たちに、ただ飯を食わせてくれるつったってそんなうまい話がある訳がねえ」
そう言って、その少年は警戒した態度で俺を睨みつける。
「俺がどう得するかって? そうだな……一応俺にも利益はあるぞ。だが俺の考える得は、君たちが考えてるようなちっぽけなものとはまるで違う。俺は君たちに危険な仕事を肩代わりさせて、ケチな小銭を稼ぐなんて下らないことにはまったく興味がない。俺が求めているのはもっと大きな得だ」
「もっと大きな得?」
聞き返す少年に、俺はこう答えた。
「そうだ。言うなれば地上の生命すべての安寧と幸福、それこそが大地の願いであり、その化身たる仙人の修行の目的でもある。それを少しでも果たすことで、俺はより魂が磨かれ、君たちは腹いっぱい飯が食える。どうだ、分かるか?」
「全然分からねえ……あんた、頭おかしいんじゃねえの?」
少年はそう気味の悪いものを見るかのような目で言う。
その直球な物言いに、俺は思わず笑ってしまった。
「あはは! 無理もないな。まあ俺は金勘定なんかには全く興味がないってことだけ分かってくれればいいさ。君らが腹いっぱい食って、健康になって、自立して頑張ってくれれば、俺も自分の使命を全う出来る。ただそれだけのことだ」
「言ってることが一つも分からねえけど……俺らは一体何をすればいいんだよ」
そう尋ねる少年に、俺はこう答えた。
「気が早いね。まあ飯を食ってからにしよう。とりあえず腹いっぱいになってから、ゆっくり考えればいいさ」
俺はそう告げてから、子供たちを連れて近くの屋台を渡り歩いた。
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