辺境都市コーカンド⑦ 意図せぬ再会
ひとしきり飯を奢ったあと、俺は子供たちを一箇所に集めて待機させる。
これだけの人数に飯を奢ったにも関わらず、使ったのは金貨一枚と少しの銀貨だけ。
どうやらこの辺りはかなり物価が安いらしい。
これならまあ、無理なくこの子らを養いながら自立への道筋を探すことも出来るだろう。
「兄ちゃん、俺らを集めてどうしようってんだ? 言っておくが、飯を食わせてもらったことに対して礼を言えってんなら筋違いだぜ。俺らが頼んだ訳じゃねえしな」
「そんなつまらないことじゃないよ。これから君らに何をしてもらおうかと思ってね」
「なんだよ、結局働かされんのかよ。兄ちゃんが面倒を見てくれるんじゃなかったのかよ」
少年は、不満そうに言う。
「もちろんしばらくは面倒を見てやるさ。最低でも一年は長い目で見守ってやるつもりだ。……だが、君らはそれでいいのか?」
「なに?」
俺の言葉に、少年はよく分からないまま首を傾げる。
「俺が面倒を見てやっている間、君らはただ与えられる餌を待つだけか? 俺は別にそれでも構わない。本来君らは、まだ親元にいて面倒を見てもらうべき歳だしな。……だが、明日食べる食事の心配がない内に、自分たちでも何か手に職を付けたり、やりたい目標を見つけた方が良いとは思わないか?」
「…………!」
その言葉に、少年はハッと目を見開く。
そして俺は、更にこう続けた。
「俺は何も強制しない。繰り返しになるが、君らが何もせずにただ安穏と日々を過ごすことを選択をしてもしっかり面倒は見てやろう。だが……せっかく自分たちで未来を掴めるチャンスが与えられたのに、それをみすみす見過ごすのは勿体ないな……。自分たちで生きる力さえ身に着ければ、もうゴミ漁りしたり、物乞いしたり、孤児だと蔑まれたりするような惨めな境遇から抜け出せるのに」
「わ、分かってる、俺らだって分かってんだよ……! でも、俺たち孤児だし、いったいどうすればいいか……」
そう吐露する少年に同調したのか、後ろの更に年少の子供たちまで俯く。
「孤児だからといって、何も力がない訳じゃない。むしろ君らは、自分で思うよりもずっと大きな力を秘めている。どうすればいいか分からないなら俺も一緒に考えよう。こう見えて、結構長生きしてるからね。いい知恵が出ると思うよ」
俺はそう言ったあと、更にこう尋ねる。
「とりあえず名前から聞こうかな? 君はこの中では一番年長だろ?」
「……ロイ」
年長の少年――ロイは、赤髪に吊り上がった目をした、気の強そうな子供だった。
しかし皆の兄貴分ではあるのか、年少の子からは慕われているようであった。
「よし、ならロイ。君たちは普段どうやって日々の糧を得ているんだ? さすがにゴミ漁りや物乞いだけではやっていけないだろう?」
「……ああ。普段はそれに加えて、肉屋のゴミ捨てを手伝って余りを貰ったり、駄賃を貰ったりしてる。それと……ぼんやり道を歩いてるやつから財布を盗ったりとか……」
「ふーむ、そうか……」
俺はその答えを聞いて、少し考え込む。
「なんだよ……まさか盗みが駄目とか坊主みたいなこと言うんじゃないだろうな?」
「言わないさ。そうしなきゃ死んでたんだろう? 盗まれた人は可哀想だが、そういう人にはまた良い因果が巡ってくる。人生とはそういうものだ」
「またよく分からないことを……で、何か思い付いたのかよ?」
ロイの言葉に、俺はしばらく考え込んだあと言った。
「その肉屋のゴミ捨ての仕事はいつもある訳じゃないのか?」
「そりゃな。肉作る時にできた豚や牛の骨なんかをどっか邪魔にならないところに捨ててこいって奴さ。重いしクセーし汚い仕事だけど、たまに骨にこびりついた肉が食えるし、駄賃も貰えるしで悪くないんだ」
その話を聞いたとき、俺はある考えがぽん、と浮かんだ。
「骨を再利用してスープにするとか……。豚骨か、出来るかなあ」
俺はふとそう呟く。
長年師匠の世話係をしてきた手前、料理にはそれなりに自信がある。
というか崑崙山の菜食料理に関しては達人級だと自負している。
しかし前の世界の豚骨ラーメンを完璧に再現出来るかというのは、材料の都合上なかなか厳しいものがあると言わざるを得ない。
……いや、別に完璧にする必要はないのだ。
要はこの子たちが生きていける糧を得られるかどうかだ。多少形が違っても、現地の人に受け入れられたらそれが最善なのだろう。
「……よし、とりあえずその骨を使って美味しいスープでも作るか! 目的も何も見つからない時は、思い付きで色々行動してみるのも大事だ。その中で、何か自分たちに合ったものを見つければいい」
「はあ? あんなもん使って、美味いもんなんか作れるはずがないだろ。ただの捨てガラだぞ」
「他の人から見れば捨てガラでも、使い方次第では宝になる。孤児だってそうだ。君たちは社会から見捨てられたが、ちゃんと角度を変えて見れば、一人ひとりが無限の可能性を秘めている。皆、その活かし方を知らないだけなのさ」
「…………」
俺の言葉に、ロイはなんとも言えない顔をしながら黙り込む。
「とりあえず市場で必要なものを買って色々試してみよう! まずは荷物を運ぶ荷車からだな」
そう言って、俺は子供たちをゾロゾロと引き連れて市場に繰り出した。
* * *
市場ではちょうど古いがまだまだ使える頑丈な荷車が格安で売りに出されており、俺はそれを即決で購入する。
自然の意に沿った行動をする時は、なんだって導かれるように周りに必要なものが集まってくるものだ。
それをただの偶然ではなく、目に見えない何かの導きや後押しと捉えるなら、今自分の進んでいる道が正しいか間違っているかを判断する指標となる。
少なくとも今は、間違いなく後押しを受けているようだ。
「ここだ。この店が、いつも俺らが骨を捨てに来る店だ。前回来たのが確か三日前だから、そろそろ溜まっててもいい頃なんだけどな」
そう言って、ロイは肉屋の裏口をドンドン、と叩く。
あれ? ここってもしかして、俺があの猫たちの餌を安く分けてもらった肉屋じゃなかったか?
俺がそんなことを考えていると、中からエプロンを着た見覚えのある恰幅のいい親父さんが、ひょっこり顔を覗かせた。
「おお、いつもの小僧たちか。今日もいっぱいあるぞ。ほら、さっさと持ってけ」
そう言って、子供たちを中に誘う。
そして、親父さんは荷台を引く俺の方を見てキョトンと首を傾げる。
「おや? あんた昨日うちに肉の切れっ端を買いに来た兄さんじゃないか。こいつらと一体どういう付き合いなんだ?」
「先日はどうも。俺は一時的にこいつらの面倒を見てる、まあ親代わりみたいなもんですよ。ここの店からよく捨てガラを掃除する仕事を貰ってるって聞いて、まあ付き添いがてら様子を見に来たんですが……まさかこの店とは思いませんでしたね」
俺がそう言うと、肉屋の親父さんはほー、と感心したように頷く。
「なるほど! ってことは兄さんは孤児院かどこかの人ってことか? 言われてみれば、その変わった服装も確かに教会の坊さんっぽいやな!」
「や、これはまた別物ですけどね」
俺がそう答えるも、親父さんは全く気にした様子もなく続ける。
「うちにもこいつらと同じくらいの餓鬼が居てなあ……我が子と同じくらいの歳の子が路上で寝てるのを見るのは、不憫で仕方なかったんだ。簡単な雑用の代わりに駄賃はやってるんだが、うちも結構苦しくてなぁ。この子らの面倒を見てくれる人がいるなら少し心が軽くなったよ」
親父さんはそう言って気さくに笑う。
どうやらその言葉は本音らしく、淨眼で見てもその気の流れは澄んでいる。
猫の餌を分けてもらった時もかなり安くしてくれたし、比較的善良な人のようだ。
この人なら色々相談しても教えて貰えるかも知れない。
「この子らもここから貰える仕事でだいぶ助かってるって言ってましたよ。……それで、実は少し考えてる事がありまして。こちらから貰った骨でスープを作って、それを屋台で売れないかと思いましてね」
俺の言葉に、肉屋の親父さんは妙な顔をしながら言う。
「骨を使ったスープ?? なんだそりゃ、気味が悪いな……。そんなもん作って売れるのか?」
「俺の故郷の話ですが、凄く美味しくて人気の料理だったんですよ。だからこっちでもそれを出来ないかと思いまして。もし成功して売れるようになったら、こちらで出る骨も、処分じゃなく買い取りという形にさせて頂きたいですね」
「そりゃあうちとしてはゴミを買い取ってくれるなら二重に助かるけどよう、本当に上手くいくのか? 商売を始めるにもそれなりに元手は必要だぞ?」
親父さんは心配そうに言う。
「金に関しては俺が持ってますから問題ありません。ただ……俺はこの辺り出身じゃないので伝手がないんですよ。鍋やナイフなどの調理器具を買い集めたり、必要な野菜や薪なんかを安く買える店をどこか知りませんか?」
「なんだ、そんなことか? だったら俺が紹介してやるよ。これでもこの辺りの店には顔が利くんだ。俺からの紹介なら多少は安くしてくれるはずだぜ」
上機嫌に親父さんはそう答える。
渡りに船とはこのことだが、物事が上手くいくときというのは大概そうだ。
「ありがとうございます! 上手く行けばこの子らも食いっぱぐれなく独立出来ますし、皆さんの利益にもなりますので」
「ははは! そうなればいいなあ。まあ期待せずに待つとするよ。うちも金以外の相談なら乗れるから、いつでも訪ねてきてくれよ」
そう言って、親父さんは自分の馴染みの鍛冶屋や、野菜屋、屋台を作る大工まで紹介してくれた。
ありがたいことに人の和まで広がっていく。どうやらこの道行きは祝福されているらしい。
俺は肉屋の親父さんに感謝を告げると、荷車で骨を運びながら、その足で鍛冶屋、野菜屋と渡り歩く。
鍛冶屋では、都合よく領主の邸宅で使われていた大型のスープ鍋が中古で売りに出されており、金貨一枚で即決で購入した。
至れり尽くせりとはこのことだ。
必要なものを買い揃えたあと、俺は子供たちを引き連れて彼らの住処に案内された。
「こんなところで寝泊まりしてるのか?」
「そうだよ。しょうがねえだろ、皆住むとこねえんだから。雨風が凌げるだけマシさ」
そう言って、ロイたち孤児たちは半ば崩れかけた廃墟の中に入っていく。
中は薄暗く埃っぽく、とても衛生的とは言えない。
将来的には彼らにもまともな住居を用意してやりたい。
今の金でも出来ることは出来るが、まだどれだけ予算が必要か分からないのでひとまず保留だ。
「……誰だ!?」
そう言って、廃墟の奥から姿を現したのは、なんと俺がこの街で最初に話した男、ジェイルであった。
「あれ? あの時の……いつぞやはどうも」
「あ、あんたこそ誰だ! ここは、俺らのアジトだぞ!」
俺がそう挨拶する横で、ロイがジェイルにそう詰問する。
「ここに住んでるガキどもか……それと、お前はあの時の文無し男じゃねえか。ここに何の用だ」
ジェイルは、明らかにこちらを警戒して、腰の刀を抜き放って威圧する。
「あはは! もう文無しじゃないよ。博打でひと山当てたから、ここの子たちと一緒になんか面白い商売でも始めようと思ってね。それで家まで着いてきたんだけど……むしろ、君こそここで何してるんだ?」
「それはお前が知った事じゃねえ……。とっとと失せろ。さもなくば……」
そう言って、ジェイルは腰を落として、本格的に戦う構えを見せる。
その余りの迫力に、子供たちも怯えながら後退る。
どうやらよほど知られたくない何かがあるらしい。
「君は他ならぬ恩人だから、素直に言うことを聞いてあげたいところなんだけど……ここに住んでるこの子たちはそうも行かないだろう? もし何か困ってることがあるなら力になるけど」
「手を貸してもらうことなんざ一つもねえ、とっとと――」
「お、お兄ちゃん……喧嘩は……」
ジェイルがそう言って俺らを追い払おうとすると――その背後から、弱々しい少女の声が響く。
見るとその先には――布に包まった銀髪の幼い少女が、微かに震えながらこちらを心細そうに見つめていた。
「バカ、顔を出すな!」
「おや? この子も君らの仲間か?」
「し、知らねえよ! 俺等の中に女なんかいねえ!」
そう答えるロイを他所に、その少女はゲホゲホと激しく咳き込む。
「ミーシャ!」
ジェイルがそう名を呼ぶと同時に、剣を引いて駆け寄る。
そのミーシャと呼ばれた少女の口元には、薄っすらと血が滲んでおり、青白い顔色で弱い呼吸を繰り返していた。
「お兄ちゃん……喧嘩はダメ……」
「もういい! もう喋るな!」
「あらら、肺をちょっと病んでるようだね。気の淀みが見える」
俺がそう言うと、ジェイルは、ハッとこちらを振り向く。
「分かるのか? だが、分かったところで……」
「まあちょっと看せてみなよ。こういうのは
そう言うと俺はジェイルをその場から退かして、少女の直ぐ側で片膝をついた。
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