コーダ村にて④ 敵を哀れと思う心にぞ


 「皆さん、お集まり頂きどうもありがとうございます!」


 俺は崩れた井戸の残骸の前に立ちながら、集まった村人たちの前で言った。


「俺の名前は"龍華真人"、東の大陸から来た仙人――まあつまりは修行を経て人を超越した存在と思って頂いて結構です。ちなみにお家の妖精ブラウニーではありませんのであしからず」


 その言葉に、村人の何人かはざわざわと顔を見合わせる。


 何度か俺の仙術で家事をやってもらって、常人とは違う能力を持っていることを知っているのだろう。


「そうですね。まあ……俺がどういう存在かまだ知らない人もいると思いますので、一つ見せておきましょうか」


 俺はそう宣言すると、崩れた井戸の残骸に向かって手をかざす。


 そして目を閉じて、精神を集中させる。


 頭の中で先程見た風景を再現しながら、そのひとつひとつのものに、自分の神経が通っているように想像する。


 そして――それらを自らの頭の中で自由に動かした。


「ほいっと」


 俺がそう軽い掛け声でくるっと腕を返すと、井戸を埋め尽くしていた屋根の瓦礫がふっ、と独りでに浮き上がる。


「おおおっ!?」


 その光景に驚きの声を上げる村人たちを他所に、俺は瓦礫を空中で運びながら、そのまま邪魔にならなそうな村の隅っこの方に綺麗に並べておいた。


「ま、こんなもんです」


「おおおおっ!」


 村人たちは大喝采で今の俺の技を讃える。


 これは"虚空摂物こくうせつぶつ"という武功の奥義の一つだ。


 物体に気を通し、手で触れずとも動かすことができる念動力のようなものだ。


 気が届く範囲なら、かなり重いものや一度に大量のものも運ぶことが出来るので建築にはかなり便利な技術と言えるだろう。


 ちなみに馬屋の掃除はこれを使って彼方に馬糞をぶん投げたあと、浄化しただけで軽く終わらせた形だ。


「まあこれは俺の力の一端ではありますが、これから伝えることに多少は説得力が増すかと思い披露しました」


「すげー! 兄ちゃん、他に何が出来るの!?」


 最前列に座っている少年や少女たちが、目をキラキラさせながら聞いてくる。


「まあ待て待て。後で色々見せてやるから……。それで最初にお伝えした通り、これから皆さんに魔族に対する対処法を教えたいと思います」


「ちょ、ちょっといいですかの……」


 そう言って手を上げたのは、もう齢八十以上にもなろうかというおじいさんだった。ま、俺のほうが年上だけどね。


「なんでしょう?」


「わしはこの村の村長をやっておりますが……見ての通りもうジジイ、他にもこの村は、若者が次々と出ていって、残ってるのは女子供か非力な老人ばかりじゃ。そんな者たちに、魔族と対峙しろと言われてもできますかいの?」


「出来ます。やろうと思えば子供だって勝てますよ。奴らは精神に依存する存在ですからね」


「せ、精神に?」


 俺の言葉が腑に落ちなかったのか、村長は聞き返す。


「はい。魔族は俺たち人間の精神を食ってその存在を永らえ、力を増大させているのです。魔族が人を喰うのは、その血肉が必要だからではありません。そうすることで、皆さんに恐怖を与えるためです。皆さんも子供の頃から刷り込まれたのではないでしょうか? 魔族にあったら逃げろ、魔族は恐ろしい、悪いことをすると魔族に喰われるぞ、と」


「た、確かに……」


 俺の言葉に思い至る事があったのか、村人たちが頷く。


「それこそが魔族たちの思う壺なのです。魔族は人に恐怖を与え、その恐怖を喰らうことで力を何十倍にも強化することが出来る。……しかしその反面、恐怖を全く感じない人間の前ではとてつもなく弱体化します。彼らは人の血肉を喰らうことで恐怖を与え、残虐な行為をすることで人に憎しみや絶望を植え付けて、その負の感情を食って強くなるのです。なので魔族を恐れたり、恨んだり強く憎んでも駄目です」


「恨むのも駄目とは……で、ではどういう風に奴らと対峙すれば……?」


 その問い掛けに、俺ははっきりと答えた。


「"哀れみ"です。彼らと対峙するときは、彼らに寛容と哀れみを持って接するのが一番効果があるでしょう」


「ま、魔族を哀れと……?」


「実際彼らは哀れな存在なのです。かつて裏切られて奪われ、世界に絶望して自分しか信じられなくなり、力に依存して魔に変じてしまった魂の成れの果て。それが魔族や妖魔といった魔性の存在なのです。心の持つ光に気付けず、いつまでも真の強さにたどり着けない、哀れな輪廻の迷い人と言えるでしょう」


「で、ですが実際に魔族に対峙すると、とてもそうは……」


「それは皆さんが"自分たちは何も出来ない弱者だ"、と思い込んでいることが原因でしょう。本当は皆さんのほうが強いのです。魔に変じてしまった者より、苦しみの中に耐えている皆さんのほうが遥かに強い輝きを秘めている。……だというのに、皆さん自身が自分たちを狩られる側、喰われる側だと思い込み、本当の力を制限してしまえば、どうして勝つことが出来るでしょうか?」


 俺はそう言ったあと、更にこう続ける。


「特別な何かがなくとも、人は誰しも勇者になる力を秘めています。魔と対峙するのに物理的な強さはあまり関係ないのです。次魔族が現れたら、決して恐れず、怒りや憎しみを持たず、彼らも迷い人であることを思い出し、哀れんでやってください。そして『去れ』と一言命じるだけで、彼らは皆さんに何も出来ずにスゴスゴと帰ることになるでしょう」


 そう締めくくる。


「……俺達の方が強いだって? 本当にそんなことがありえるのか?」


「いや、だがさっきの力を見ただろ? あんなことができる御方が言ってるんだ、案外本当かも知れんぞ」


 村人たちの反応は半信半疑と言ったところだが、多少腑に落ちた部分もあったのか、それぞれ何やら話し合っている。


「おお! 俺、やるよ! 俺が魔族追い払って勇者になる!」


「お、その意気だ! いいぞ!」


 俺は最前列に座っている、ヤンチャそうな男の子にそう声を掛ける。


 こう言うことはむしろ、大人より子供のほうがすんなり受け入れてくれるのかも知れない。


「魔族って本当は可哀想なひとなの?」


 人形を抱いた女の子がそう尋ねてくる。


「そうだ。彼らは本当は、人間のことが羨ましくて仕方がないんだ。自分たちが遠い昔に捨ててしまった魂の輝き、無限の可能性を君たちは持っている。それが眩しくて、羨ましくてつい引き寄せられてしまう。だから魔族は人間を目の敵にして、人間を苦しめて、惑わして、絶望させて、自分たちの元まで引きずり込もうとしている。自分たちの方が優れていると必死に思い込もうとしてる、哀れで、愚かで、悲しい人たちなんだよ」


「そうなんだ……なんか可哀想ね」


 女の子は本当に哀れむように言った。


 この感じなら、村の子供たちの中で教えが浸透するのも遠くないだろう。


 案外、子供たちがこの村を守ってくれるかも知れない。


「村長さん」


「は、はい」


 俺が呼びかけると、先程のおじいさんが慌ててこちらに寄ってくる。


「恐らく魔族はまた近々やってくるでしょう。俺はその時までこの村に滞在します。……しかし、次来た時は俺は姿を隠して、魔族と対峙するのは皆さんにお任せします」


「なんと!?」


 その言葉に、村長は驚いたように言う。


「俺が出るのは、あくまで皆さんが恐慌状態に陥り、魔族を増長させてしまった場合の保険です。だけど対峙するのはあくまで皆さんだけでやってもらいます。そうでなければ皆さんの為になりませんので」


「わ、分かりました……」


 俺の言葉に、村長は不安げにしながらも引き下がる。


「俺やるよ! 魔族なんかこの聖剣でコテンパンにしてやる!」


 そう言って、ヤンチャそうな少年が木の枝で作った聖剣をかざした。


「いいぞ、その意気だ。だけど、あまり魔族をいじめては駄目だぞ。それをやると彼らと一緒になってしまうからね」


「分かった!」


 そう素直に頷く少年に、俺は笑顔でポンポンと頭を叩く。


 この調子ならそう悪い結果にならないだろう。

 

 俺はそう確信しながら、この村でしばらくきたるその日を待つことに決めた。

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