コーダ村にて⑤ 再来
「うわー! すごーいふさふさー!」
村の広場で、少女の甲高い声が響く。
「でっけー! なんだこれ! どうやって捕まえたの!?」
子供たちは俺の連れ込んだ
その様子を、大人たちがはらはらと見守っていた。
「き、キマイラだと……? しかも羽が生えてるから
「ほ、本当に大丈夫? うちの子、いきなり噛み付かれたりするんじゃ……」
「ははは、大丈夫ですよ。こいつと俺は心が通じ合ってますから。俺が噛むなと言った相手は絶対噛みません。だよな?」
「ガァ!」
俺の言葉に、饕餮は元気よく返事をする。
実際饕餮も、子供たちに纏わりつかれることは満更でもないようだ。明らかに自分より弱い子供には、攻撃性より保護欲の方が勝るのかも知れない。
前日の魔族の襲撃以降、ある程度村の住人たちの信頼を得た俺は、外で待機していた饕餮を内部まで呼び寄せることにした。
村長の顔は引きつっていたが、俺の言葉に必ず従うこと、いるだけで周りの危険な生き物退ける護衛にもなることを説得したら渋々ながらも受け入れてくれた。
今は村の広場で、住人たちを相手にお披露目の最中だった。
「かあいいね〜」
五歳くらいの少女、というより幼女が、饕餮の顔をペシペシと叩く。
そのすぐそばに人間などひと噛みで食いちぎってしまえそうな大口が広がっているが、饕餮はぐるぐると喉を鳴らしたあと、べろりと少女の顔を舐めた。
もはやすっかり馴染んでいるらしく、獰猛な獣であるにも関わらず、饕餮は完全にリラックス状態に入っていた。
「なあ兄ちゃん、俺に剣を教えてくれよ! 俺、王都に行って冒険者になりたいんだ!」
「俺も俺も! なんか必殺技とか教えてくれよっ!」
「分かった分かった! ほら、見てやるから構えてみろ」
俺も人のことが言えず、主にヤンチャ盛りの少年たちに囲まれて技を教えてくれとせがまれていた。
修行のある段階で殺傷技からは手を引いたが、それでも剣舞もそれなりには極めたので教えることは出来る。
親御さんたちからは子供の面倒を見てくれて助かると、よく食料の差し入れが届くので食うには困らなくなったのはありがたいが、これでは俺自身の修行の時間が取れそうにない。
まあ夜中に太極拳と瞑想でもやっときゃ十分だろう。
今更ながらに知ったのだが、この村は"コーダ村"と言うらしい。
かつての偉大な勇者が立ち寄ったというエピソードからその名前が付いたらしいが、今は寂れて勇者どころか行商人も滅多に立ち寄らない辺鄙な田舎らしい。
だがそれ故に魔族からもあまり相手にされてないので、被害は最小限に留まっているのだとか。
こういう長閑な雰囲気は嫌いではない。村人もお人好しが多いし、旅をする目的がなかったらしばらくここに留まってもいいくらいだ。
だが、そういう訳にもいかない。まだまだ世の中には苦しんで絶望している人は多いはず。
そういう人たちを救ったり、苦しみを乗り越える方法を伝え歩くのが俺の使命だ。
ここの次はどの方角に向かうべきか――俺が新たな旅路に思い巡らせていたその時、ふと遠くの方に、何か覚えのある気配を感じ取った。
あの時の気配と同じだ。メリザンドとかいう魔族だろう。
まだ目視できるほどの距離ではないので、今から隠れれば十分に間に合うだろう。
「—―皆さん、聞いてください!」
俺は和気あいあいと和む村人たちに声を掛ける。
「どうやら魔族が近づいているみたいです。恐らくあの時と同じ魔族でしょう。俺はこれから身を隠すので、住人の皆さんは今から対峙する心の準備をして下さい。決して恐怖や恨みの心を持たないことを忘れずに」
「…………!?」
俺の言葉に、大人たちの顔に一斉に緊張が走る。
恐れるなと言われても、魔族の恐怖が芯まで染みついた大人がそれを払しょくするのは時間がかかるだろう。
しかし子供たちはやってやるぞとすっかりやる気になっている。ひとまず大人たちの指示に従えと落ち着かせたが、彼らの働き次第で簡単に魔族を撃退できるはずだ。
「何かあればすぐに飛び出して間に入りますので安心してください。皆さんは安全ですから。……それと、饕餮はしばらく村の外で待機していてくれ。村の中にお前がいると、向こうが警戒して近付いてこない可能性がある」
「わ、分かりました」
「ガァ!」
その言葉にそれぞれ別の返事をしたあと、皆が一斉にバタバタと動き始める。
俺はその間、村の小屋の陰に潜んで、目を瞑って一切の気配を絶った。
状況は心眼でしっかり見れているので問題はない。これで準備はできた。あとはあちらが近付いてくるのを待つのみだ。
俺は全身のチャクラに気を巡らせながら、いざという時にすぐ動けるよう準備を整えた。
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