跳梁跋扈


 「して、どんな様子だ? 今回呼び出した勇者たちは」


 アルティメス王国14代国王、バルト三世は、玉座の上で横柄に見下ろしながら、かしずく娘に対して問い掛けた。


 長い下顎の髭を生やした、恰幅の良い王は、隣国から"凡庸ながらも堅実な王"として一定の評価を得ていた。


「はい。現在大広間でパーティを開き、皆それなりに楽しんではいるようです。一名だけ行方不明という思わぬ事故が起きたものの、全員一応こちらへの協力姿勢を見せております」


「うむ。あまり締め付けすぎず、適度に緩めて上手く操縦するのだぞ。我が国に帰属意識を抱かせ、自ら戦いに志願するよう仕向けるのだ。お前には難しい舵取りを要求することになるが、よろしく頼むぞ」


「はい。陛下の御意のままに。必ずやご期待に応えてみせます」


(そんな回りくどいことをせずとも、隷属の魔術で無理やり言うことをきかせられるのに……何故そうしないのかしら?)


 マルグリットは恭しくかしずきながらも、内心ではそう首を傾げていた。


 実際、人の自由意志を奪う隷属の魔術というものは存在する。


 主に敵兵や重犯罪者に行うものだが、あの呼び出した異世界の勇者たちが混乱している内に上手く言いくるめて、隷属の術式を刻み込んでしまえば良い。


 非情に見えるが、国家国民を守る為に少数を犠牲にするのはよくあることだ。


 ましてや相手は国民でもない異世界人。ここまで配慮をする意味が、根っからの王族であるマルグリットにはよく分からなかった。


「無理にでも言うことを聞かせられるのに、何故そうしないのかという顔をしているな、王女よ」


「いえ、そのようなことは……」


 そう王に指摘され、マルグリットは慌てて頭を下げる。


「隠さずともよい。最初は余もそう考えたが……考えてもみよ。隷属や洗脳、思考誘導といった人心を操る術は、我ら人間族より魔族の方が遥かに進んでおる」


「それは……確かにそうですね」


「ならば我らが仮に勇者たちを隷属させて操作したところで、魔族側にその術式が解析されて、簡単に乗っ取られてしまう恐れがある。そうなったらどうなる?」


「…………!? 確かに、勇者たちがこちら側の敵になってしまうでしょう」


 その可能性は思い当たらなかったのか、マルグリットは目を見開く。


「そうだ。ならば最初から下手な小細工などせぬ方が心証も悪くなかろう。それに、召喚した勇者を隷属させて戦わせるなど、我が国の旧王族派の貴族どもが黙っておるまい」


「コーダ公爵家ですか……」


「そうだ。彼奴らはそもそも勇者召喚自体に批判的な立場だからな。厄介なことだが……旧王族派の影響力は侮れん。この状況下で国を二つに割るわけにはいかんのだ」


「なるほど……陛下のご英断を支持いたしますわ」


 その説明にある程度納得したのか、マルグリットは優雅に頭を下げる。


 実際、ポータルを持って他国に対し優位に立っているアルティメス王国も複雑な内情を抱えていた。


 現在の王族は、元々建国者から連なる一族とはなんの関係もないただの一地方領主であった。


 しかし、百年ほど前に起きた他国との戦争に乗じてかつての王族を追い落とし、時勢に上手く乗ったことで玉座にまで上り詰めたのだ。


 ただ失脚したとはいえ建国者の一族。追い出す訳にもいかず、国を一つにまとめるために、継承権を放棄する代わりに公爵位を与えて取引したのである。

 

 いわば国の中に二つの王族がいるようなものであり、未だに現王族派と旧王族派に分かれている。王としても頭の痛いことであった。


「……ところで、勇者たちの恩恵ギフトについてはどうだ? めぼしいものはあったか」


 王は話題を変えるようにマルグリットに尋ねる。


「はい、まず戦闘向きの恩恵ギフトに関してですが……ハルミチ・クチキの天馬騎士ペガサスナイト、ウルハ・サイオンジの剣聖ソードマスター、ツカサ・アリマの魔法闘士バトルメイジ、アリエル・フクダの精霊使いスピリットマスター、ヒサシ・ナラハラの賢者ビショップなどが有力候補です。そして中でも――」


「――"勇者"か。現れるのは千年ぶりだな」


 マルグリットの言葉に被せるように、王は答えた。


「……はい。アマネ・ナルサワは我がアルティメスの建国王ハルノブと同じ、純正の"勇者ブレイブ"です。この事実を他国に大々的に喧伝すれば、我が国を中心とした連合国を築く大きな後押しとなるでしょう」


「ふ、ははは! かつての帝国の再興か! 勇者と聞いて旧王族連中が活気付くのは気に食わんが……それを補って余りある成果だ。あの時、お前が数百年分の溜まった魔力を前借りして、大規模な勇者召喚を実行すると言った時には正気を疑ったが……どうやら賭けはお前の勝ちだったようだな」


「恐れ入ります」


 王の言葉に、マルグリットは恭しく頭を下げる。


 これで王宮内で自分の重要度が更に上がるだろうと、マルグリットは内心でほくそ笑む。


 女性ながらにマルグリットは野心家であった。


 彼女は兄と十個下の弟に次いで王位継承権三位。弟はまだ言葉もおぼつかないほど幼く、兄は政務もろくに出来ない無能。


 有能で、なおかつ王からの信任も厚いマルグリットは十分に玉座を狙える位置にあった。


 しかしその時――王はこんなことを口にした。


「――して王女よ。そなたももう17歳。そろそろ婚ぎ先について真剣に考える時期ではないか?」


「…………は?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまったのを、マルグリットは慌てて取り繕った。


「何も意外なことではあるまい? お主ももう婚姻してもおかしくはない歳だ。むしろ、今の今まで許婚の一人もいない方がおかしかったくらいだ」


「そ、それは、幼少の頃からの許婚であった、グリプス王国のアルノー王子が戦死し、そのままだっただけで……」


「うむ、だがもう彼の王子が戦死してから四年も経つ。その訃報を聞いた直後で、まだ傷心が癒えていない内に次の婚約話を持ってくるのは控えておったが……さすがにもう良いのではないか? あまり時間をかけすぎて、行き遅れなどと陰口を叩かれるのも面白くはなかろう」


「わ、わたくしはそのようなことは気にいたしませぬ。国に仕えることこそ我が身の喜びなれば」


 マルグリットは、背中に冷や汗を流しながら、必死に受け答える。


(冗談じゃないわ! ここで他国に降嫁されるくらいなら、一体何のために今まで必死に手柄を立ててきたというの!)


 マルグリットは内心でほぞを噛む。


 彼女は王族に産まれたからといって、国家の犠牲になれなどという殊勝な考えは持ち合わせていなかった。


 むしろ自分のような美しく、高貴で知性のある者こそ国家の頂点に立つべきと考えていた。


「まあそう言うな。実は良い縁談話が入ってきたのだ。相手はケープ王国の第二王子、ルドヴァン殿下だ。先方が是非にとお前を要望してきてな。かなり好待遇で迎えてくれるそうだ。どうだ? ひとまず会ってみるだけでも」


「…………!」


 そう尋ねる王に、マルグリットは平伏しながら、ぐっと唇を噛みしめる。


 会えば即ちその場で婚姻が確定も同然だ。


 王族同士の見合いで、会ってから断るなどと許されるはずがない。そんなことをすれば、相手が侮辱されたと感じ、二国間の外交問題になりかねない。


 なんとかして会わずに済ませたい、だが――今のマルグリットに、これを断るほどの発言権などなかった。


「わ、かりました……では、一度だけでも、お会いしてみます」


「おお、そうか! ならばさっそく先方にそう伝えよう」


 マルグリットの言葉に、王は膝を叩いて上機嫌に頷いた。


「で、ですがお待ち下さい! 今はあの勇者たちの事業を立ち上げたばかり、婚姻を進めるには少しばかり時期が悪うございます!」


 だが彼女は、慌てて王に対してそう答える。


「分かっておる。何もすぐにという訳では無い。いきなりお前が抜けると、我が国の政務に穴が空いてしまう。そうだな……一年間、一年の間だけ、お主が今の事業を継続せよ。それが過ぎたら宰相のフロンメルに事業を引き渡し、ケープ王国に向かうのだ。分かったな?」


「は、い……わ、分かりました……」


 その有無を言わさぬ口調に、マルグリットは抗弁すら出来ずに受け入れる。


「うむ、では下がるがよい」


 その後王から退出を命じられ、マルグリットは幽鬼のような顔でふらふらと謁見の間を後にする。


 そのただならぬ雰囲気に兵士たちは緊張しながら道を開けていく。


 そして私室に入るや否や――マルグリットは調度品の花瓶を思い切り床に叩きつけた。


「ふ、ざけるんじゃないわよッ! わたくしがどれだけこの国に貢献してきたと思ってるの!? 無能な長男や幼い弟たちに代わって、政務を取り仕切ってきたのは全部わたくしじゃない! それを用が済んだらケープのような北部の田舎に島流しにするだなんて……!」


 マルグリットはその美しい顔を歪めて、怒りを露わにしながらそう叫ぶ。


 彼女の怒声は外にまで漏れ聞こえているが、王族の勘気に触れたいものなどいるはずもなく、皆震え上がりながら我関せずを決め込んでいた。


 しばらくして落ち着きを取り戻すと、マルグリットは大きく深呼吸をして、その優秀な頭脳を働かせる。


(……第一王子派のフロンメルが事業を引き継ぐということは、即ちレグルス兄様の功績になるのと同じこと……つまり、わたくしがこれまで立てた手柄は、全て無能な兄を滞りなく立太子するための踏み台だったということね)


「ふ、ふふふ……」


 マルグリットは、その余りの理不尽さに笑いを漏らす。


 彼女も元々は、そこまで政務に積極的に携わるつもりはなかった。


 許婚もおり、当初は他国で婚姻することが決まっていた彼女は、この国に残るつもりがなかったからである。


 許婚のアルノー王子が戦死した知らせも届いたことをきっかけに、他国に嫁ぐ線も消えて、政務の中枢に携わるようになったのだ。


 長兄であるレグルスがろくに政務も出来ず国費を使い込む無能で、国民からの評判も悪いのに比べて、彼女は優秀でなおかつ、類まれな美姫として国民からの人気も高かった。


 マルグリットは実質後継者のような扱いを受け、そして彼女自身も、将来は自身が女王として国を継ぐものとすっかりその気になっていた。


 しかし、今更になって失態もないのに急にその梯子を外されたのだ。


「許さない……!」


 マルグリットは、艷やかな唇をかみしめながら怒りの炎を滾らせる。


 優秀で常に努力を怠らず、成果を上げ続けてきた彼女の功績を奪い、長子というだけであの無能なろくでなしが玉座に座る。


 そんなことが許されて良いはずがない。


 王である父がそう命じたということは、既に父の中でもレグルスが後継者で固まっているのだろう。


 しかし彼女は、唯々諾々とその決定に従うつもりは毛頭なかった。


 最悪は父親を玉座から引きずり降ろす形になっても、彼女は権力の座を目指す覚悟を決めた。


「そちらがその気なら、わたくしも好きにさせて頂きます。あの勇者たちを懐柔して、わたくしの駒として利用出来れば――!」


 マルグリットは内心に大きな企みを秘めながら、今後の勇者たちとの関わり方に思考を巡らせるのであった。




――――

次回からようやく主人公回です


 

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