天変地異


 篠津川学園、2年B組委員長、鳴沢天音は今混乱の極致にあった。


 何故なら彼女はついさっきまで教室で授業を受けており、特に変化のない普通の学生生活を過ごしていたからだ。


 しかし何故か彼女は今、古城のような石造りの壁の室内におり、足元に幾何学模様が描き込まれた祭壇のような場所に据え置かれていた。


「な、なんだよこれ……」


「ちょっと! いきなり椅子なくなってマジ痛いんだけどっ!」


 天音の周りには、同じく混乱しているクラスメートたちがざわざわと騒いでおり、しきりに何事か尋ねている。


 そしてそんな彼らを他所に、祭壇の前で僧侶のような白いローブを着込んだ男が、大袈裟に両手を広げながら言った。


「はああ……! 大成功ですぞ姫様! これほどまで大勢の勇者を一斉に召喚出来たのは我が国の歴史上かつてないことです! これは大いなる吉兆となりましょう!」


 そう甲高い耳障りな声で話す男をよそに、後ろからたおやかな笑みを浮かべた美しい少女が、大勢の従者を引き連れて祭壇に近付いてくる。


 少女は天音と同じくらいの歳でありながら、上品なティアラを身に着け、豪華なドレスを身にまとっている。


 よくテレビで見る英国の王族のような、相当に高い身分であることが伺えた。


 金糸のような長いブロンドをなびかせながら、少女は高く透き通った声で言った。


「ご苦労さまでした、エルマン司教。あとはこちらにお任せください。――そしてようこそ、異境の勇者たち! 我が国は、あなたがたの来訪を心より歓迎致しますわ」


「…………は?」


 そうソプラノボイスでにこやかに言い放つ少女に、天音は思わず素っ頓狂な声を漏らした。


 

 * * *



 「ど、どういうことですか!? ここは異世界で勇者召喚!? 魔族との戦争!? わ、私たちはただの学生ですよ!?」


 一息ついたころ、そのまま説明を受ける生徒たちを代表して、天音自身も混乱しながらマルグリットに尋ねる。


 彼女が受けた説明は、自分たちが異世界に呼ばれたこと、魔族との戦いにおいて協力して欲しいということ、全て終われば元の世界に帰すということ、この三点だけだった。


「そのことについては大変申し訳なく思っております……。私たちの世界では、今魔族が猛威を振るっており、それに対抗するための手段として、どうしても皆さんの力が必要だったのです」


 少女はそう前置きしたあと、名乗りを上げる。


「――改めて自己紹介しますわ。わたくしはこのアルティメス王国の第一王女、マルグリット・バプテスト・ドゥ・アルティメシア。異境の勇者様たちにおかれましては、どうぞよしなに」


「…………!」


 そう言って優雅にお辞儀をする少女、マルグリットに、男子たちの方からおお、と声が上がる。


 その様を、女生徒たちは白けた顔で見ていた。


 だが、マルグリットは天音から見ても確かに美しい。透き通るような金色の髪に、傷一つない珠のような肌と青い瞳は、同じ女子でも見惚れるほどだ。


 しかし天音は、彼女のその美しい面皮の下に、どろりとした欲望じみたものも感じていた。


(嫌な子だな、私……マルグリットさんがキレイだからそんな風に思っちゃうのかな? でも、何かこの人……)


「そもそも、なんで僕たちなんですか? さっきも言った通り、僕たちはなんの力もないただの学生ですよ? 魔族だかなんだか知りませんが、戦うことなんて出来ません」


 そう自己嫌悪に陥る天音に代わり、同じくクラス委員を務める朽木陽道くちきはるみちが尋ねる。


「それに関してはご安心ください。異境から渡ってきた勇者の方々には、神々より恩恵ギフトという特別な力を与えられています。恩恵ギフトには様々なものがあり、生産性や技術を補助するものや、知識や学問を向上させるもの。中でも、戦闘に関連する恩恵ギフトに関しては、たった一人で千の兵力に匹敵するほどのものもあります」


 マルグリットはそう前置きしたあと、さらに続ける。


「実際に、過去に召喚によって呼び出された勇者様の中には、一人で何千もの魔族を討ち滅ぼして、英雄や一国の王となられた方もおられます。今は自覚がないかも知れませんが、後に調べればなんの恩恵かはっきりするでしょう。皆様にはその力を使って、ぜひ危機にある我が国を助けて欲しいのです」


 そう言ってマルグリットは、物憂げな顔で目元を拭った。


 その明らかに演技の入った動作に、天音以下女生徒たちは白けた目を向けていたが、男子たちはぐっと真剣な顔で話に聞き入っていた。


「お、うおおおおおーー!! き、きたきたぁぁぁぁッ!! 異世界転生!! これは勇者召喚モノかッ!? とうっとう、この俺の時代がきたぁぁぁッ!!」


 そんな中――その説明を受けて、突如として大声を上げる者が現れた。


 クラスの中でも若干浮いているオタク生徒、栖原久志ならはらひさしだった。


 俗に言うオタクで友達の少ない"カースト下位"の生徒なのだが、かといってオタクグループにも俗していない、孤立した存在だった。


 栖原自身は自身のことを孤高の存在と思っているが、なんのことはない。誰も積極的に関わりたがらないというのが実情だ。


 しかもテンションが上がると急に大声を出すという悪癖があるので、カースト上位の生徒たちからもかなり痛いやつとして嫌われていた。


「な、栖原くん、急に大きな声を出すのは……」


「うっせーぞ栖原!! 暑苦しい声で騒いでんじゃねーキモデブが!」


 注意する天音の上から被せるように、クラスの他の女子から鋭い罵声が響く。


 女子グループのリーダー格である岡梓おかあずさである。


 若干メッシュがかった茶髪にパーマをかけており、如何にもギャルでヤンキーと言った雰囲気の彼女は、クラスの中でも男女問わずに恐れられていた。


「あずっちやばw。めっちゃキレてんじゃん」


「ねー、マジ無理なんだけど! 椅子から落ちたときの衝撃で爪割れちゃったじゃん!」


「あーね? ってかやばない? あーしらなんかよく分かんない奴らと戦えとか言われてるっぽいんだけど?」


「わたし弟が好きだったから知ってる〜。なんか"イセカイテンセー"で"チートスキル"って奴だよね〜?」


「キッショ、なにそれ? てか戦うとかないわ」


 そう言って梓率いるギャルグループは、周りの空気などそっちのけで好き勝手に話し始めている。


 天音はそれにはあ、とため息をつきながら、改めて問い掛ける。


「ですが……いくらなんでもいきなり戦えというのは無茶です。私たちは戦争なんて全く無縁の世界からやってきたんです。特別な力があるとはいえ、知りもしない敵と戦えだなんて……」


「ふふふ、もちろん。皆様に対しての支援を惜しむつもりはありません。最高の装備と、最高峰の魔術や剣術の講師を付けて、皆様が効率的に成長できるようにこちらも最大限手を尽くします。もちろん、それでも戦いたくないという方は裏方に回って頂いても構いません。我々からお願いする以上、強制することは出来ませんので」


「? 戦いを拒否してもいいんですか?」


 天音は意外だったのか、思わず聞き返す。


 強制的にこちらに呼び出したくらいなのだから、枷をかけてでも言うことを聞かせると思ったが、思ったよりも融通が効くようだ。


「ええ、もちろん。我々としては皆様と敵対するのは避けたいのですよ。……それに、わざわざ強制せずとも皆様の意思によってご協力頂けるものと考えております。何故なら皆様が元の世界に帰るには、魔族側の領地にある帰還のポータルを通らなければなりませんから」


「…………!?」


 その言葉に、天音ははっとする。


「わ、私たちのことを騙したんですか!? 戦いが終われば、全員元の世界に帰すと……」


「騙してなどおりません。戦いが終わるということは、魔族は全て滅されたということ。そうなれば魔族の領地にある帰還のポータルは自由に扱うことが出来ます。残念ながらこちらの召喚のポータルは呼び出すことしか出来ません」


「そ、そんな……!」


 その絶望的な事実を突きつけられ、天音は思わず脱力する。


 つまりは、自分たちが帰るには、どうあっても魔族というよく分からない敵と戦う他ないということだ。


「無論、皆様が最大限力を発揮できるようこちらも支援いたします。待遇も不自由がないよう出来る限りのものをご用意させていただきます。……ただし、どんな形であれ戦いに成果を上げた方と、そうでない方には、貢献度によって待遇に相応の格差を設けさせていただくつもりです」


「……はぁ? ウッザ」


「なにアイツ、あーしらを上から評価するって言ってんの?」


 マルグリットの言葉に、クラスのギャルグループから露骨な不満が上がる。


「申し訳ございません。ですが……今我が国は戦時中。使える物資にも限りがあります。いくら呼び出された勇者様とはいえ、戦いに貢献しない者が好き勝手に贅沢するのは末端の兵士たちの怒りを買うでしょう。格差をつけるのは、皆様を余計な悪意に晒さぬ為に必要な処置と思って頂きたいのです」


「そんな……」


 その言葉に、天音は何も言えずに黙り込む。


 言ってしまえば向こうの理屈を押し付けられているだけだが、こちらの世界の常識など何も知らない天音には、それに反論する言葉を持たなかった。


「鳴沢さん、もういいよ」


「朽木くん!?」


「ここで押し問答しても埒が明かない。どちらにせよ、僕たちが元の世界に帰るには、ここにいる人たちの指示に従う他ないんだろう?」


「それは、そうかも知れないけど……」


 釈然としないながらも、天音には陽道の言葉を否定するほどの材料がなかった。


「ふふふ、物分かりのよい方がいて助かりますわ。私たちとて皆さんを無闇に苦しめたい訳では無いのです。こちらに従って頂けるなら、決して悪いようには致しませんから」


「そうですか。え〜と……マルグリットさん、でいいんですかね?」


「…………! 貴様、姫様の御名を軽々しく……!」


 そういきり立って剣を抜こうとする従者を、マルグリットは片手で制する。


「――よいのですよ。この方たちは我が世界の民ではありません。わたくしに頭を下げる道理もないでしょう。どうぞマルグリットとお呼びください、勇者様。ええと――」


「朽木陽道と申します。朽木が家名で、陽道が名前です」


「そうですか、では勇者ハルミチ様。何か仰りたいことがおありでしょうか?」


「そうですね……出来ればでいいんですが、戦いは男子の担当にして、女子は裏方に徹して頂くように出来ませんかね? 戦うのは男子の仕事ですし、女子の負担分を男子が担って、待遇も同等にしてもらうような形で……」


 そう口にした瞬間、男子から盛大なブーイングが飛び交う。


「おい、ふざけんな朽木! テメーが勝手に男子の総意決めてんじゃねえよッ!」


「また自分だけいい格好しやがって……。そんだけ言うならお前だけそうすりゃいいだろ!」


「うっわぁ、男のくせにダッサ。あんたら、ちょっとは朽木みたいにカッコイイことが言えないワケ?」


「委員長に従いなさいよ! だからあんたたちはモテないのよ!」


「ざけんな! 今は男女ビョードーだろうが! こんな時だけ男のくせにとか都合の良いこと抜かしやがってッ!」


 そう一斉に男女で別れて喧嘩が始まるのを見て、天音は思わず頭を抱える。


 天音と同じクラス委員長である朽木にはある欠点があった。


 それは、女子だけを過剰に甘やかして優遇しすぎる点だ。


 クラス行事での面倒な雑用や地味な力仕事は全部男子生徒にやらせて、女子には簡単な軽作業や楽しくて目立つ仕事ばかり割り振ってしまう。


 そのおかげか朽木の一部の女子からの評価はすこぶる高いが、逆に男子からは蛇蝎のごとく嫌われている。


 本人に悪気はなく、自分としては正しいことをしているつもりなのが一層たちが悪かった。


 天音としても、大事にされていると言うよりむしろ下に見られているような気がして、朽木の過剰な女子優遇はあまり好きになれなかった。


「朽木くん、それは違うと思うわ。女子だってちゃんと教えてもらえれば戦えるし、負担は平等にすべきよ。それに、ちゃんと戦いの訓練もしておかないと、いざという時に何もできないまま死んでしまうことだってあり得るわ」


「ふふふ、女性に優しいのは結構なことですが……その約束は出来かねます。恩恵ギフトの中には、広範囲にわたって魔族を一度に焼き払うようなものもあり、そう言った強大な力の前では男女の差などあまり意味を持ちません。強力な恩恵ギフトを得た方には、男女問わず戦いに出て頂きたいというのが私たちの本音です」


 マルグリットにも反対されたことで、陽道は「そう、ですか……」とすごすごと引き下がる。


 納得はしてないが逆らっても無駄だと思ったのだろう。


 それと入れ替わるように、天音が前に出て毅然と言った。


「とりあえず……戦いに出ない人でも、最低限一日に三食、一日一回の入浴と清潔な着替え、具合が悪い人がいたら必ず医師に見せることを約束してください。あとは、私たちに対して脅しや暴力を使って、意思に反するような要求をするのはやめて下さい。これらの約束が守られなかったら、私たちはすぐにこの国から出て行きます」


「ええ、いいでしょう。元々それくらいはさせていただくつもりではありましたから。他に何かご要望は?」


「それと……今後、私たちの扱いや待遇について、定期的に交渉できる場を設置していただきたいです。期間は要相談ということで」


「ふふふ、抜け目がありませんね。良いでしょう。では二ヶ月に一度、互いの代表者を交えて話し合いをしましょう。それで構いませんか?」


「……はい、それでお願いします」


 天音の言葉にマルグリットはにこりと満足げに微笑んだあと、全員に向かって改めて言った。


「――それでは、これから皆様が与えられた恩恵ギフトを確認して参りますわ。皆様順番にこの"天啓の宝珠"に手をかざして頂けますか? そうすれば、皆様に与えられた力が自ずと分かるようになりますので」


「ふおおぉーー! チ、チートスキル授与式きたぁぁぁぁッ!! ここでSSランク以上を引けなきゃモブ確定ですぞ! ……いや、昨今は逆にゴミスキルから成り上がるルートの方がアツいか!?」


「っせーんだよキモデブ!! 一人で騒いでんじゃねー!」


 テンションが上ってまた騒ぎ始める栖原に、梓の鋭い罵声が響く。


「お、おい、俺らも行ってみねえ?」


「ああ、なんか面白そうだしな」


「お前らわりーな、俺が先に英雄になっちまってよ。ま、出世しても付き人くらいにはしてやるからよ!」


「言ってろ、バカ。ホラゲも一人で出来ねえビビリのくせしやがってよ」


「英雄になるのはどう見ても俺だろ! 見ろこの美しい筋肉を!」


 そう騷ぎつつ、男子たちを中心に天啓の宝珠の前に人集りが出来る。


 今はまだ現実感がなく、状況を受け止めきれてないのか、それとも両親や家族たちと会えない不安を打ち消そうとしているのか、生徒たちは必要以上にはしゃぎながら自分たちの能力を鑑定していく。


 その様子を、マルグリットはにこにこと微笑みながら見守っていた。


「ふふふ、皆様元気があって大変結構なことですわ。二十八名もの勇者様が我が国に集うとなると、魔族たちもおいそれと手出し出来なくなるでしょう。皆様のご活躍次第で、この地上に平和が戻る日もそう遠くはないですね」


「…………!? ちょ、ちょっと待ってください、今、二十八名って言いましたか?」


「? はい、その通りですが、それが何か?」


 慌てた様子で聞き返す天音に、マルグリットは先程までの貼り付けたような笑顔ではなく、素の声でそう答える。


「う、うちのクラスは二十九人です! 二十八では一人足りません! 一体誰が……!?」


 天音は慌ててクラスメートの人数を数え直しながら、顔ぶれを見回す。


 ――そして、ある人物の顔が見えないことに気付いた。


「望月くんがいない? 私たちと一緒にいたはずなのに、なんで!?」


「そんなはずは……エルマン司教!」


「はっ!」


 マルグリットの号令に、先程の聖職者風の男が慌てて駆け寄ってくる。


「いますぐポータルの履歴を調べて、何人分召喚したか、また何処に呼び出したかも含めて調べてください」


「ははっ! ただちに!」


 そう命令を受けて、エルマンははしゃぐ生徒たちを尻目に慌ててポータルの端末を操作して調べ始める。


 そしてしばらくして、小走りで慌ててマルグリットの方に駆け寄ってきた。


「も、申し上げます! 確かに履歴では二十九人分の召喚を行った記録が残されています! で、ですがほとんどの勇者が通常通りここに呼び出されている中で、約一名だけ全く無関係な場所に飛ばされているようです!」


「まあ、そうですの……それがどこかは分かりますか?」


「いえ、残念ながら……どうやら一度に負荷をかけすぎて、内部の記憶領域が壊れてしまっているようです。このポータルは余りに謎が多く、教会我らの知識でもほとんど解析出来ておりません。追跡するのは現実的ではないかと……」


「そ、そんな、望月くんが……!」


 ショックを受ける天音を他所に、マルグリットは淡々とした様子で言った。


「そうですか、ならば仕方ありませんね。捜索は諦めて、現状の二十八名で戦力を構築する方向で行くしかないでしょう」


「…………!? ま、待ってください! 彼を見捨てるんですか!?」


 慌ててそう抗弁する天音に、マルグリットははぁ、とため息混じりに答えた。


「大変申し上げにくいことですが……ご友人は既に亡くなられている可能性が非常に高いのです。ここにおられる皆さんは素晴らしい力をお持ちですが、それを自覚する前ではただの子供も同じ。そこらの盗賊や野の獣に襲われた程度でもあっさり命を落としてしまうでしょう。ましてやもし海の真ん中や魔族の領地などにいれば、その痕跡すら探し出すことは不可能です。生きている可能性が極めて低い者のために、兵を割いて捜索するほど今は余裕がありません。どうかご理解下さい」


「…………!」


 そう言って頭を下げるマルグリットに、天音は愕然とした表情で言葉を失う。


 クラスメートが死んだ――そう告げられた時、天音は今更ながらにこれが漫画やアニメではなく、実態を伴ったリアルなのだと思い知った。


「おい、なんか望月のやつ死んだらしいぞ……」


「マジかよ。あいつと仲いいの誰だっけ……?」


「分かんね。あいつ影薄かったし……普通に話したことはあるけど……」


 男子生徒たちが動揺してざわめき立つ。


 人間関係が希薄だった竜哉は、クラスメートたちから良い印象も悪い印象も持たれていない。


 かといって特定の仲の良い友達もいない、いわゆる"虚無キャラ"という存在だった。


 しかしそれでも死んだという情報は、クラスメート全員に大きな衝撃を与えた。


 場の雰囲気が一気に重苦しくなったのを、マルグリットがパン、と手を叩いてその空気を散らした。


「……落ち着いてください、皆様。わたくしは亡くなられた可能性が高いとは申しましたが、まだそうと決まった訳ではありません。案外何処かで上手く生き延びて、皆様を探している頃かも知れません。だとしたらなおのこと、魔族を討伐して世に平和をもたらして、皆様の名を大陸中に響かせれば、ご友人の方も味方に気付いて合流しやすくなるのではないでしょうか?」


「おお……」


 その言葉に納得したのか、先程まで騒いでいた男子たちも落ち着きを取り戻す。


「…………」


 それはただの気休めだ。都合の良い希望的観測を口にして、体よく自分たちの目的に皆を誘導しているに過ぎない。


 天音はそう感じたが、現状マルグリットの言葉を受け入れる他なかった。


(ごめんね、望月くん……でも今は……落ち着いたら必ず探すから……)


 天音は心の中で竜哉に謝罪しながら、ぐっと拳を握りしめる。


 そしてもう二度と――自分たちのクラスから行方不明者や犠牲者は出さないと、そう強く心に誓ったのであった。





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