ドラゴンソウル ~悟人幻想〜 クラスごと異世界に迷い込んで二千年、気功を極め仙人となった俺は、教えを広めるために下界に降り立つ

こどもじ

プロローグ

鵬程万里


 大陸北東にある崑崙こんろん山の奥深く、霧けぶる深山幽谷の地に、"仙境"と呼ばれる場所があった。


 そこは読んで字のごとく仙人たちが住まう聖域であり、日々俗世を捨てた道人たちが修行に明け暮れ、人を越えて不老を得ようと研鑽を積み重ねていた。


 そんな場所で、俺はこれまでずっと暮らしてきた。


 元は日本という国の学生だった俺は、毎日授業を受け、ダラダラと特に目的もないまま日々を過ごしていた。


 しかし突如――そんな俺の人生が激変する瞬間が訪れた。


 微睡みながら授業を受けていると、突如として足元が凄まじく光を放ち始め、ぐにゃりと曲がる視界とともに俺の体がどこかに吸い込まれていく。


 気が付くと俺は、ここ仙境に学生服のまま迷い込み、右も左も分からぬまま放り出されていたのだ。


 ――だが、それももはや二千年も前の話。


 今や俺はこの仙境にすっかり馴染み、文明も何も無い過酷な環境に適合してしまっていた。


 長い修行の成果か不老を得て、今はさらなる高みを目指して日々修行中の見習い仙人であった。


「おや、リュウヤじゃないか。今日もあのろくでなしのために下界に買い出しか。毎日ご苦労なことじゃのう」


「……こんにちは、太乙真人たいいつしんじん様。そうは言っても師匠ですから……命令されたらそりゃ応じない訳にはいきませんよ。それに師匠は酒を飲んでるときは機嫌は悪くないですから」


 俺が角度のきつい峻険な岩場を軽やかに登っていると、立派な白髭を生やした羽衣をまとった老人が、雲に乗ったまま傍に寄って話しかけてきた。


 この方は崑崙十二仙の一柱で、天象を操るというとんでもない力を持つ仙人だ。仙境ではこんな神様みたいな人が、普通に隣近所の爺さんのように話しかけてくる。


 最初はそのあまりの異常さに面食らったが、今はもう慣れたものだった。


「ふ〜む……しかしのう、ワンの奴がこの仙境で最強の道士だったのはもはや千年も昔の話。酒色に溺れた今、その拳の切れ味も鈍っていよう。今はもうお主の方が強いのではないか? いつまでもそんな者を師匠などと崇めておく必要はないのだぞ?」


「いえいえ、俺なんて師匠に比べたらまだまだです。それに……ここに突然連れてこられて混乱していた俺を、面倒を見てくれたのは師匠ですから。今は少し疲れて休んでいるだけで、また元通りの師匠に戻ってくれますよ」


「はあ……そうやってお主が甘やかすのもよろしくない気がするがの。まあ良い、好きにいたせ。ワンの奴がまた何かやらかしたら、わしに相談しに来ても良いぞ」


「はい、ありがとうございます、太乙真人様」


 俺は胸の前に右拳を左手で包み込む抱拳礼をして、深々と頭を下げる。


 基本的に崑崙山の偉い仙人様たちは、あまり周りに干渉することはない。


 自分たちの力が大き過ぎて、下手に首を突っ込むと事態の収拾が付かなくなることを知っているからだ。


 しかし太乙真人様は、それを差し引いても俺のことを何かと気に掛けてくれる。


 ありがたいことだ。


 俺は太乙真人様が去った方にもう一度礼をしたあと、再び岩場を登り始めた。


 急峻な岩場を登り切ったあと、目の前には霧けぶる山野と、そこに打ち捨てられたように建てられたあばら家があった。


 元は何部屋もある立派な屋敷だったが、師匠が癇癪で壊したこともあり、今はところどころ穴が空いて隙間風が吹き込んでいた。


 そんな見慣れた我が家に足を踏み入れると、奥からツンときついアルコールの臭いが漂ってくる。


 ――そして、こちらに向かって勢いよく、飛んでくる何かが見え、俺はすかさず首を傾けてかわした。


 それはガシャン、と音を立てて破片を周りに飛び散らす。盃だ。白で出来た素焼きのそれは、師匠が酒を飲む時によく使っているものだ。


 実際はしょっちゅう投げて割ってしまうので、一番安いやつを俺が下界でまとめ買いしているのだが。


 ふと頬に痛みが走り手をやると、少しの血がついている。破片が飛び散って頬を掠めたのだろう。


 鋼より硬い仙人の体に傷をつけるには、"気"を使った一撃しか出来ない。


 雑に投げた盃の破片一つにもそんな気が籠もっている、こんな芸当ができるのは、俺には一人しか心当たりがなかった。


「遅えぞリュウヤぁ!! 一体どこをほっつき歩いてやがったァッ!!」


「……すいません、師匠。いつもの酒屋が閉まってて、隣の街まで走って買いに行ってました」


 目の前の髪の毛をボサボサに伸ばし、不気味に目をギラつかせた男に俺は深々と頭を下げる。


 そう、かつて大陸最強の気功師と呼ばれ、その功績から仙境に招かれて仙人となった我が師――ドラゴン・ワンの成れの果てである。


「言い訳してんじゃねえッ!」


「うぐっ!」


 すかさず師匠から蹴りが入り、俺は壁際にふっ飛ばされる。


 口の中の血の味と、腹に響く鈍痛に悶えていると、師匠は俺から酒の入った瓢箪を奪い取った。


「使えねえガキが」


 そうぺっ、と吐き捨てると、師匠はその場で酒を煽る。


「ねぇ〜え、まだぁ? 私もう体が火照っちゃって、待ち切れないの」


 そして家の奥から、鼻にかかったような甘ったるい声が響く。


 見るとそこには、肌の露出が多い服を着た女性が、柱に艶めかしく寄りかかっていた。


(また娼妓を連れ込んでいたのか……)


 それを見て、俺は暗澹たる気分になる。


 ここ最近、師匠は酒を飲んで女を抱いてばかりいる。


 しかもこんな山深くの仙境に普通の娼婦などいるはずがない。連れ込んでいるのは"女鬼"、男の精を食らって存在を永らえる妖魔の一種だ。


 大した力もないので師匠が負けるはずもないが、一度交わるだけで確実に精気を奪われ、仙人としての格が少しずつ落ちている。


 師匠もそれは分かっているはずだ。


「おう、悪いな。ちょっと馬鹿弟子を教育してたんだ」


 そう言って、上機嫌で部屋の奥に向かおうとする師匠を、俺はその裾を掴んで引き留めた。


「師匠……お願いします! もう酒はほどほどにして……そいつらと付き合うのもやめてください!」


「……ああ?」


 俺がそう懇願すると、師匠は殺気立った目を向けてくる。


 ――そして、俺の腹を思い切り蹴り上げた。


「黙れッ!!」


「ぐはっ!!」


 腹部に走る激痛にもんどり打って倒れたあと、更にその上から踏み付けるような蹴りが浴びせられる。


「てめえに何が分かるッ!! いきなり仙境に来て、右も左も分からねえガキだったてめえをここまで育ててやったのはこの俺だッ! てめえなんぞが、このドラゴン・ワンに意見してんじゃねえぞ!!」


 そう怒鳴りながら、師匠は何度も何度も俺を蹴りつける。


「ぐっ……!」


 教えてもらった硬気功を使い、背中を丸めて防御するも、師匠の蹴りは体の芯まで響いてくる。


 流石だと思うと同時に、これほどまでの力がありながら何故、というやるせない気持ちも湧いてくる。


 師匠は間違いなく強かった。俺の憧れで、目標だった。


 この蹴りが打てるなら、まだ師匠は終わってない。


 今はただ少し休んでるだけだ、俺が頑張れば、また元の師匠に戻ってくれるはず――。


 そう思い、必死に蹴りに耐えていた、その時――


 バサッ


 という音を立てて、師匠の懐から小さな革袋が取り落とされる。


 それは蹲った俺の目の前に落ちて、中から白い粉が溢れだしていた。


「これは……?」


「!?」


 俺がそれを手に取ろうとすると、師匠はすかさずそれを拾って、慌てて懐にしまい込んだ。


 その挙動不審な様子と、そして床に溢れた粉から漂ってくる独特の臭いに、俺はそれが何であるか即座に察した。


「師匠……それはまさか、"魔薬"ですか!? そんな、阿片にまで手を出すなんて!」


 俺がそう詰め寄ると、師匠は「うるせえ!」と言って、俺の顔を殴り付ける。


「俺が何をしようが俺の勝手だ! てめえに一体なんの関係があるッ!」


「…………!」


 そう言い放つ師匠に、俺は心のなかで何かがぶち、と切れるような音を聞いた。


 人の心を狂わす魔の薬と書いて魔薬という。


 仙人は基本的には"薬毒不侵"、どんな毒も薬も効かないのだが、師匠ほど仙人として堕落してしまっているとその限りではない。


 魔薬に依存してしまえば、今度こそ師匠は仙人として、武術家としても終わりだ。


 恐らく、こちらを見てニヤニヤ笑っている、あの女鬼辺りから与えられたものだろう。妖魔は仙人を喰らえば、その力を経て大妖や魔神へと変化することもあると聞く。


 心を病んでいる師匠に取り入って、あわよくば魂ごと喰らい尽くすつもりなのだ。


「太乙真人様の言う通りだった……」


「……ああ?」


 俺がそうボソリと呟きながら立ち上がると、師匠は怪訝な声を上げる。


「俺が師匠を駄目にしていたんだ……。今はこうでも、いつかは元の師匠に戻ってくれるって。俺がしっかり支えれば、師匠はきっといつかあの頃のように真面目に修行に向き合ってくれると、そう思っていた」


「何を訳のわからねえことを!」


 そう言って、再び振り下ろされた拳を――俺は片手でパシっ、と簡単に受け止めた。


「師匠。……いや、ワン。俺はあんたに憧れていた。昔のあんたは乱暴だったが、他人や弱者に対する思いやりがあった。口では傲慢だったが、鍛錬だけは決して欠かさなかった。俺はあんたに助けられた口だ。右も左も分からねえガキだった俺を、あんたはなんだかんだ文句言いつつも最後まで面倒見てくれて、一端の仙人まで育ててくれた」


「なっ……て、てめえ、放しやがれッ!」


「だからあんたがどんだけクズになっても、ついていこうと思ったんだ。恩返しにはそれしかないと思っていた。――だが、どうやらそれは俺の独りよがりだったみたいだ」


 その瞬間――俺は押し留めていたワンの拳を、ぐり、と逆に捻じる。


「がぁ!?」


「気付かなかったのか? 俺はもうあんたより強いよ。五百年くらい前から伸び悩んだあんたが鍛錬を怠り始め、酒に溺れている間も、俺は修練を積み続けた。太乙真人様から直弟子になれと誘われたこともある。あんたはその間、何をやっていたんだ?」


「…………! ガァッ!!」


 その言葉に激昂したワンは、開いている右足で猛烈な蹴りを放つ。


 ――しかし俺は、それを片手一本で受け止めた。


「なっ……!?」


「軽いなあ……あんたの蹴り。昔はこんなもんじゃなかっただろ。あんなにおっかなくて、俺じゃ絶対敵わないと思っていたのに……」


 俺はやるせない気持ちになりながら、師匠の蹴りを押し返す。


「あんたがいつか教えてくれただろ。……蹴りは殺気を込めて、こうやって打つんだッ!!」


「がはァっ!?」


 そう言って俺が右足を振り抜いた瞬間――師匠の脇腹に蹴り足が突き刺さり、そのまま壁を突き破って吹き飛ばす。


 この家も仙境の木材を使っているだけにかなり頑丈なのだが、仙人同士の戦いではあっさりと壊れてしまう。


 俺は、崩れた瓦礫を踏みしめながらゆっくり師匠が吹っ飛んでいった方に歩いていく。


「あんたがそうなってしまったのは、半分は俺のせいだ。俺が支えれば、俺さえ我慢すれば、いつかは師匠も分かってくれるはず。そう信じてたが……信じるだけじゃ駄目だったんだな」


「ガァァァァァッ!!」


 しかし次の瞬間――師匠が瓦礫を吹き飛ばして、獣のような咆哮を上げながら立ち上がる。


 そのまなじりは釣り上がり、膨れ上がった全身の筋肉に太い血管が浮き上がり、体から赤黒い闘気を立ち上らせていた。


「"逆血魔功"!? まさか切羽詰まって魔功にまで手を出すとは……いいですよ。こうなったらとことんまでお付き合いします」


「グガアァァァァッ!!」


 師匠はすっかり正気を失ってしまったのか、もはや人語を発することすらせずにこちらに殴りかかってくる。


 逆血魔功とは、身体中の気を暴走させて力と速さが増大する代わりに、技や思考力などを犠牲にする諸刃の剣だ。


 普段の師匠なら絶対に選ばない。つまりはそれをやらなければ到底俺には勝てないと判断したのだろう。


「技を捨てちまったあんたなんか怖くもなんともない! 力だけで押し通せるほど二千年ってのは軽くねえ! そんなことも分からなくなっちまったのかよォッ!!」


 俺はそう叫びながら、師匠の拳の一撃を軽く受け流す。そして――その丹田に目掛けて掌打を撃ち込んだ。


「グボァッ!?」


「――"丹田封撃ほうげき"。あんたのチャクラの流れを封じさせてもらった。もうあんたは、気を練ることが出来ない普通の人間と同じだ」


 師匠は下腹部を押さえながら、地面にげぇげぇと胃の中身を吐き散らしている。


 俺はそのさまを見下ろしながら、淡々とこう続けた。


「そして、体内で陽の気を爆発させて、陰気を全て追い払った。一週間はこれまで飲んだ酒精やクスリを吐き戻しながらのたうち回るだろうが、それらが全て抜けたら、頭も体もスッキリするだろう」


「ガハッ! てめえ……! 師に向かって……!」


 師匠は地面に胃液を吐き散らしながら、俺に憎悪のこもった眼差しを向ける。


「あんたのことを尊敬してたさ、ドラゴン・ワン。これは本当だ。だからこそ、今のあんたは見ちゃいられない。もう一度只人から功夫をやり直せ。そうすれば見えてくるものがあるだろう。あんたなら十年足らずで元の境地に至れるはずだ」


「リュウヤァァァァァッ!!」


 俺は絶叫する師匠のこめかみを打ち抜いて意識を刈り取る。


 そして、その様を見下ろしながら大きく息をついた。


「はあ……これで元の師匠に戻ってくれるといいんだけど」


「ほっほっほ! いや見事なり。衰えたとはいえ、あのドラゴン・ワンをまるで子供扱いとはのう」


 俺がそう一人呟くと、背後からそんな声が聞こえてきた。


「太乙真人様! これは恥ずかしいところをお見せ致しました」


「いやなに、お主が恥じるところは何もなかろう。この愚か者にはあろうがな」


 太乙真人様はそう言って、寝ている師匠の額を杖でポクリと叩く。


「……しかしお主、これからどうするつもりじゃ? もはやワンとは共に暮らせぬだろう。こやつはお主のことを逆恨みしておるぞ」


「それは……しかし力を失った師匠をこのまま放って置く訳には……」


 俺はそう言って、半ば崩れ落ちた屋敷の方を見やる。


 その柱の影では件の女鬼が、ジッとこちらを不気味に見やり、口元にニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。


 幸い俺が睨みつけると慌てて逃げていったものの、またいずれ戻ってくることは明白だ。今の師匠では、あの女鬼程度すらまともに追い払うことは出来ないはず。


「そこは案ずるな。こやつのことならわしが面倒を見てやろう。完全に下っ端として扱い、わしの見習いの弟子たちと一緒に雑巾がけからやり直させてやる。お主はこのまま仙境を出て、下界に降りよ」


「下界に?」


 俺は、太乙真人様の提案に聞き返す。


「そうじゃ。お主はもうこの仙境で学ぶこともなかろう。下界に降り、多くの人を救い、ここで学んだ教えを広めて歩くが良い。わしからお主に"龍華りゅうげ真人"の名を与えよう」


「…………! 俺みたいな未熟者に真人号を?」


 思わずそう聞き返す。真人号とは仙人の中でも最上級、半神と見做される階級である。


 弟子を取って自分の流派を開くことはもちろん、一万年以上修行した仙人がようやく辿り着く境地であり、とても俺のような青二才が名乗ってよい名ではなかった。


「何を言う。お主は既に"化境"の極みの境地に達しておる。実力は申し分ない。また数百年間に渡り自らの師を立てて、忠を尽くそうとしたその心や見事。"龍華りゅうげ"とは、清き水ではなく汚泥の中から大輪を咲かせる花じゃ。お主も同様に、苦難の中から大いなる悟りの道を得た。既にお主は人から習うのではなく、教え導く立場にあるのだよ」


「しかし、他の方々は……」


「他の真人たちも、お主なら反対はせぬだろう。それよりお主のような者が仙境で燻っておる方が問題じゃ。お主はもっと広く、世のために尽くすべき人物じゃ」


 その言葉に、俺はぐっと体に力が入るのを感じた。


 太乙真人様ほどの方にそこまで言って頂いて、意気に感じぬことがあるだろうか。


「太乙真人様、そこまで……分かりました。この"望月竜哉もちづきりゅうや"、謹んで龍華真人の名を賜ります」


 俺がそう答えて恭しく抱拳礼をすると、太乙真人様は満足げに目を細めたあとこう続けた。


「既にこの東の大陸には我らの教えが広く伝えられておる。今更お主が降り立ったところで、教えを広める余地は無いかもしれん。よってお主にはまだ教えが広がっていない、西の大陸に向かって貰おう。そこにはお主と共に渡ってきた同郷の者たちも多く居るようだしのう」


「共に渡ってきた同郷……つまり、一緒に転移してきたクラスメートってことですか!? しかし、俺がこの世界に来たのはもう二千年も前の話ですよ?」


 そう尋ねる。確か日本からこっちに転移してきた時に見た、あの光――あれに他のクラスメートたちも巻き込まれていた気がする。


 もしかしたら皆もこっちの世界に来ているかも、と二千年の内に何度か考えたが、百年経った頃にはどうせ皆も寿命で死んでいるだろうと再会することも遥か昔に諦めていた。


「ほっほ、何を言う。この仙境は外の世界とは時間の流れが隔絶されておる。ここで何千年過ごそうとも、外では一年も経過しておらん。お主は何度もワンの命令で下界に酒を買いに行っておったようだが、その間街並みがまるで変わってないことをおかしいとは思わなんだのか?」


「…………!」


 その言葉に、俺は思わず目を見開く。


 確かに、二千年も経てば外の世界は技術も多少進歩しそうなものである。


 街並みも変わって少なからず人の入れ替えも起きるはずだ。


 師匠に言われて酒を買いに行く店も全く変化なく、毎回同じ人が受け付けしてくれていた。


 代替わりしていたのかと思ったが、あれは普通に同一人物だったらしい。


「呆れたのう……その顔、お主本当に気付いておらんかったのか? 変なところで鈍いやつじゃ。まあそれ故に、周りに目移りすることなく今の境地に至れたのかも知れんが……」


「め、面目次第もございません」


 俺は恥じ入って頭を下げる。


 確かにこれに気付かないのは我ながら馬鹿すぎる……。ずっと修行ばかりで、あまり下界人と関わってこなかったとはいえ、これはひどいと言わざるを得ない。


「まあよい。……ともかく、お主と共にこちらに来た異境の者たちはまだ生きておるぞ。西の大陸からお主と似たような気配がいくつもしておる。せっかくじゃ、二千年ぶりの旧友たちとの再会を喜ぶのもよかろう」


「は、はあ……もう顔もあまり覚えてませんが……」


「それでもじゃ。人と人の繋がりというのはそう簡単に消えるものではない。もしその者たちがお主と同様、着のみ着のままこちらに飛ばされてきたと言うのなら、さぞかし難儀しておることだろう。手を貸してやるのが道人というものぞ」


「…………! 確かに。ありがとうございます、太乙真人様! 同郷の者たちを見付けて、皆のことを助けて回ります!」


 その言葉に鷹揚に頷いたあと、太乙真人様は俺の額に杖をかざす。


「うむ、では行けい。西の大陸まではわしの觔斗きんとで送ってやる」


「えっ?」


 その瞬間――俺の足元にふわりと柔らかいものが触れ、ぐいっと体が持ち上がる。


 太乙真人様が乗っている雲だ。まさか俺も乗せてもらえるとは……。


 そう感激する間もなく、雲は凄まじい勢いで上空に浮き上がり、一気に地平線を見渡せる高さになった。


「うおおおお!?」


「――では行って参れ。あちらでも達者でやるのだぞ」


 そう太乙真人様の言葉を背に、俺は風よりも速い勢いで西の大陸に向かっていく。


 目まぐるしく変わる景色と、眼下に広がる広大な風景に、俺はこの世界のことをまだ何も知らなかったんだなあと今更ながらに思い至る。


 そして俺は二千年目にして初めて見る広大な世界を前に、大きく胸を膨らませたのであった。




※とりあえずプロトタイプで武侠小説の読み切りを書いてみました。

好評でしたら続きを書こうかと

追記:ありがとうございます。ある程度ご好評を頂けたと感じましたので続きを書いていきたいと思います。

更に追記:ある程度まとまった話数が書けましたので、9/14 0:00より投稿開始いたします。

読んでいただけたら幸いです

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