辺境都市コーカンド③ 鉄火場
「ここだ」
そう言って案内役の男に誘われた先には、うらぶれた路地裏にある、古ぼけた廃屋のような建物があった。
入り口のところには顔に入れ墨の入った柄の悪い大男が立っており、威圧的にこちらを見下ろしていた。
「誰だそいつは?」
「客です。少ねえ金でドカンと稼げる場所を探してるそうで」
「へっ」
見張り役の男は、俺の方を見て一瞬嘲るような笑みを浮かべたあと、ドアを開けて中へと誘う。
「入んな」
「やあ、ありがとう」
俺は見張り役の男に軽く礼を言いながら、そのドアの奥へと進む。
中は埃っぽくて薄暗く、掃除も行き届いていない。
如何にも非合法といった感じの賭場だなと思いつつ、案内役の男に付き従った。
「おい、言っておくが……くれぐれも中でイカサマなんてバカな真似はするなよ。そんなことしてもしバレたら、明日の朝日は川底で拝むことになるぜ」
「はいはい」
俺は凄む案内役の男の話を軽く流したあと、とあるドアの前まで誘われる。
無言で促されて中に入ると――そこでは、大きなテーブルを四人で囲って、鬱屈とした空気の中でカード遊びに興じていた。
しかし到底その雰囲気は和気あいあいとは言えず、大金が掛かった緊張感と、どことなく陰惨な空気が漂っていた。
「どうやら今満席みたいだ。お前、カード遊びは出来るのか?」
「いいや?」
「ちっ……後でアヤつけられても面倒だ。仕方がねえから簡単に説明してやるよ。あとは見て覚えるんだな」
そう言って、案内役の男は渋々ながらルール説明する。
ルールを掻い摘んで言うとこうだ。
カードは全部で二十八種類。
1から9までの数字の入った赤青白のカードと、何も書かれていない余白のカード。
余白のカードは全部の数字、全部の色に対応している、いわば"ワイルド"のようなものだ。
カードは1から9までの赤青白がそれぞれ三枚ずつ、ワイルドも三枚で合計八十四枚。
それらを使って、親から配られたカードを捨てたり、新たに山札から引いたりしてそれぞれ対応した役を作っていくのがゲームの基本となる。
なんのことはない、いわば"ドンジャラ"である。
「す、す、"スリーラン"だ! は、早くチップをくれ!」
「お客さん早いねえ。今日はツイてるんじゃない?」
「よ、よーし、次はこの勝った分も上乗せだ!」
追い詰められた雰囲気のような男が、カードを出してそう宣言する。
胴元らしき男が、ニヤニヤと笑いながら勝った分のチップを渡していた。
ちなみにスリーランとは234、567、678と言った並んだ数列を三つ作って、最後に同数同色の二枚組を作る最も基本的な役らしい。
チップは元手の倍付け。勝負は基本的に親と子の1対1であり、子同士でのチップのやり取りはない。
ちなみに今勝てたのは親がカードを配る際にイカサマしたからだろう。
他の人は誤魔化せても、カードを配るときに一瞬袖口から別のカードを出して、本来のカードからすり替えたことはしっかり見えている。
最初は勝たせて気分を上げておいて、後で賭け金を釣り上げて奈落に叩き落とすつもりなのだろう。悪辣なことだ。
そして再びカードが配られる――。
上がるには山札から引くか、もしくは相手が捨てたカードから直接上がるかの二択だ。
親は自分以外の三人の子と戦うことになるが、代わりに親が山札から引いて上がると、三人の子全員からチップを奪うこともできる。
一見条件は対等だが、イカサマをやっているなら親が一方的に有利なルールだろう。
「おっと、上がりだ。スリーセル、四倍付けだね」
親役の男が、山札を引くと同時にカードを出して役を宣言する。
ちなみにスリーセルとは、同色同数のカードを三枚揃えたものを三組作る役である。
基本的に同色の並んだ数字の三枚組をラン、同色同数の三枚組をセルと呼ぶ。そして同色同数の二枚組をペア。
ランかセルの三枚組を三つ、二枚組のペアを一つ作るのがゲームの基本的な流れのようだ。
「ぐっ、そ、そんな……! 賭け金を上げた途端に……」
「悪いねえ。勝負は時の運ってやつさ。もう種銭も尽きた頃だろ? 今日はそろそろ――」
「ま、待ってくれ! 今日こそはいくらか持って帰らねえとかかあに出ていかれちまう! これでもうひと勝負だけさせてくれ!」
そう言って、負けが込んでいた男は懐から一枚の紙を取り出す。
「あん? なんだいこりゃあ……」
「み、店の権利書だ……! 小さな雑貨屋だが、売ればいくらか金になる! これを元手にいくらか金を融通してくれ!」
「へえ……まあいいぜ。おい、いくらかチップ追加で出してやんなよ」
「…………」
親役の男がそう言うと、後ろに控えていた屈強な大男が、無言でテーブルの上にチップを並べる。
そして、チリンチリンと鈴を鳴らしたあと、親役の男が言った。
「さあさあ! 皆様方どうぞご覧あれ! こちらの旦那の一世一代の大勝負だ! 負ければ一家離散の路上生活! 勝てば一財産の大儲けってな」
「ぐっ……茶化すな! 早く配ってくれ……!」
からかうような口調の親役とは裏腹に、負けが込んでいる男は、余裕のない口ぶりで言う。
俺はあーあ、と思いながら、その一連の流れを見守っていた。
「はいはい、そんじゃ配りますよっと」
そう言って、親役の男がカードをディールする。
次々と出来上がっていく自分の手札に、最初は必死な顔をしていた男も、どんどんと顔が綻んでくる。
逆転の手が入ったと思ったのだろう。実際、男の手札は上がりまであと二枚、ほぼ完成形まできていた。
「お、オールインだ! 手持ちのチップを全部賭ける!」
「おや? よっぽどいい手が入ったみたいだなぁ、怖い怖い……」
「勝負の邪魔しちゃ悪いからな。今回俺は降りるとするよ」
「わしも降りる。さすがにこの二人の間には入れんわい」
そう言って、他の客二人も降りて、勝負は親と先程の男の一対一となる。
無関係なふりをしているが、恐らくはこの他の客二人も仕掛け人だろう。
真ん中の男だけがカモで、後の二人はカモがもし上がりそうになった時に、安手で上がって場を流す役割なのだ。
その二人が手を引いたということは、この手役は最初から上がれないよう仕組まれているのだろう。
――そして、真ん中の男が山札を引いた途端にゴクリと息を呑んだ。
張ったが――恐らくそれは罠だろう、と俺は直感的に理解する。
手を進めるのに必然的に不要な一枚を捨てなければならないが、そのカードから嫌な気が漂ってきている。
恐らく捨てた瞬間に、そのカードで親役の男が上がって、この男は身包みを剥がされる。
「それはやめたほうがいい」
「……!?」
俺は、カモ役の男が唯一不要な赤の7番に手を掛けるのを見て、思わずそうボソリと口に出す。
しかし、親役にジロリと睨み付けられて、その先を塞がれた。
「お客さん、困りますねえ。外野が口出ししてたんじゃ勝負も興ざめだ。これは俺と旦那の一対一の勝負、そうだろう?」
「あ、ああ、そうだな……」
そう言って、男はちらりと俺の方を見たものの、そのまま再び自分の手札に視線を戻す。
そして、俺の制止も虚しく男は赤の7番を捨ててしまった。
「いやあ……残念ながらそれなんだわ。スリーランにストレートの四倍付け。しめてチップ百二十枚頂くよ。おっと、もう足りねえみたいだな」
「あ、ああ……う、嘘だ。そ、そんな……!」
そう言ってチップを回収していく親役に、男は絶望したような表情を浮かべながら体を震わせる。
そして、テーブルの上に突っ伏したあと、頭を抱えてうめき始める。
「う、ぐぅぅぅ! い、いやだ、こんなのは夢だ! こんなはずじゃあ……!」
「あーあ、旦那。そんなこと言っても結果は覆らねえって。ほら、さっさとお帰りよ。足腰立たねえなら手伝ってやるからさ」
親役がそう言うや否や、負けた男の両側を屈強な男たちが固めて、両腕を持って無理やり立ち上がらせる。
そして、力付くて部屋の外まで引きずっていく。
「あ、ああああ! た、頼む! 権利書だけは返してくれ! 返してください! もう二度とこんなことしません! お金も働いて真面目に返すから! それがないと、嫁やうちの娘までも路頭に迷っちまう!」
「駄目だ駄目だ。そんなものまで賭けたあんたが悪いのさ。娘さんが若くて年頃なら住み込みの働き先を紹介してやってもいいぜ? もっとも、あんたの娘じゃ顔も期待できねえだろうがな」
「そ、そんな……!」
「やれやれ」
そう言って、無理やり連れて行かれようとしている男に代わって、俺が真ん中の席に座る。
そして、親役の男に向かって言った。
「なあ、ちょっとあのおっちゃんを追い出すのは待ってもらっていいか?」
「ああ?」
「……へ?」
俺がそう口にしたことで、その場の空気が一瞬凍り付く。
それにも構わず、俺は先を続けた。
「いや実は俺、まだカード遊びの素人でね。どの役がどの点数とか、まだそこまで把握してないんだよ。それで、あのおっちゃんに俺の代わりに点数計算してもらおうと思ってね」
「ほう、それならわしが代わりにしてやろうか? 若い衆を導いてやるのも年長者の務めじゃて」
左側の席に座る爺さんの客が、好々爺然とした笑みを浮かべながら言う。
それは却下だ。明らかに敵側の人間に教えを請うほど馬鹿ではない。
「悪いが俺は用心深くてね。初対面の人間は基本信用しないことにしてるんだ。だけどそのおっちゃんは別だ。身ぐるみ剥がされて、無一文で放り出されそうになってる人間が誰かと結託してるなんてあり得ない話だからな」
「ほう……ではわしらがグルだとでも言いたいのか?」
「みなまで言う必要あるのか? 俺の目を見て、はっきり違うと言ってみろ」
「…………!?」
そう言って、俺はその爺さんの目を覗き込む。
仙人の淨眼はその人間の魂や感情、気の流れを映し出す。
そしてその反面、見られた側には心の奥底を覗かれたような心理的な恐怖や不安感を与えることになる。
特に後ろめたい隠し事がある者や、これまで悪事を働いて無意識に罪悪感を抱えている者などは、心臓を鷲掴みされたような恐怖を感じるはずだ。
「い、いや……」
結果、爺さんは若干顔を青ざめさせながら目を逸らす。
淨眼の前で嘘を付くことは、己の魂に嘘を付くことになる。人にはペラペラ嘘をつくことができても、自分の魂に嘘をつける者はいない。
とはいえ、虐めるのはこれくらいにしておこうか。
「あはは! 冗談だよ、冗談。しかし勝負する相手じゃないとは言え、同じ卓に付いてる人間から教えてもらうのも公平じゃない。だから、あの部外者のおっちゃんに手伝って貰おうと思ったのさ。別に良いだろう?」
「あ、ああ……わしは構わんが」
「好きにしたらいいさ」
その言葉に、客二人も認める。
親役の男も、ちっ、と舌打ちしながら言った。
「……おい、離してやれ」
「うぐっ」
そう言って、突如として両腕を離されて、先程カモにされた男は床に尻もちをつく。
そして、俺の方を不思議そうに見ながら首を傾げた。
「お、俺は一体なにをすれば……?」
「とりあえず俺の横で助言してくれればいいさ。上手くいったら分け前をあげるよ。もしかしたら店も取り戻せるかもね」
「……!? わ、分かった……!」
俺がそう言うと、男は俄然やる気を出したのか、鼻息荒く立ち上がる。
それを横目に、俺は欲望に濁った目をした連中とテーブルを挟んで対峙した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます