辺境都市コーカンド②
「おおー、こりゃ確かに大都市だ」
無事検閲も抜けて都市の中に入った俺は、その人の多さと賑やかさに圧倒される。
そこかしこで呼び込みや激しく値段のやり取りをする会話が聞こえてくる。
ジェイルに教えられた通り、ここは交易が盛んな場所らしい。
ただし人が多く、それだけに柄の悪い人間も多くいる。
先ほどのジェイルのような、見た目と中身が釣り合っていないなんてのはレアケースで、実際悪人らしい見た目をしたやつはそのまま悪人である場合のほうが圧倒的に多い。
纏っている気も黒く濁って、魂の輝きもくすんでいる。
路地裏には腹を空かせた子供たちが、怨めしそうな目で大人たちを見上げていた。
「末期的だねえ」
俺はその光景を眺めながら、一人呟く。
なかなかこの街は骨が折れそうだ。ひとまず腹ごしらえといくか。
「こんな都市だとまともに食事を恵んでくれなさそうだなあ」
そうは言いつつも、俺は適当な家のドアを叩いて中に呼びかける。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」
「…………なんだい」
通りに面したそこらの民家の戸を叩くと、中からめん棒のようなものを握った、無愛想なおば様が半開きの戸から顔を覗かせる。
明らかにこちらを警戒している様子だ。
俺は相手を不快にさせないよう、出来るだけ明るい笑顔で言った。
「すいません、良ければご飯を恵んで頂けたりしませんかね? 代わりに、お家の面倒な家事を――」
「…………」
そう全てを言い終わらない内に、ピシャンとドアを閉められる。
俺は閉じられたドアの前でしばらく硬直したあと、はあ、と溜め息をついた。
「こりゃ先は長そうだ」
そんなことを呟きながら、俺は次々ドアを叩いていく。
「なんだァ、てめえ……」
「失せろ!」
「間に合ってるよ!」
何軒か回ったが、どの家も全て門前払いにされるか、酷い時は水をぶっかけられたり殴りかかられたりすることもあった。
悪い人たちではない。ただ、どうも他人に対する警戒心が強いようだ。
別に俺は本当に食うのに困っている訳ではない。ただ、飯をもらうのを口実に人の生活を助けたいだけだ。
俺たち仙人にとっては、人々から恵みを貰ってその恩義を十倍にして返すというのは大事な修行の一環である。
そうすることで、人々に誰かに親切にすると巡り巡って良いことが返ってくると伝えているのだ。
故に一方的に誰かに助けてもらうのではなく、誰かに親切を受けて返すという形式が必要なのだが、どうもこの辺りは人心が荒んでいるようだ。
「どうしたもんかね、これは」
俺は途方に暮れながら路上に座り込む。
ひとまず住人たちと交流を深めて、それから教えを広めて回ろうというところでこれでは取り付く島もない。
「……おい、兄ちゃん。そんなところに座ってると商売の邪魔だ。他所行っちゃくんねえか?」
「ん?」
そう言われてふと横に目を向けると、隣では襤褸を着たみすぼらしい男が、目の前に器を置いたまま座り込み、こちらを睨んでいた。
「ああ、ごめんごめん。おっちゃんはここで物乞いしてんのか?」
「そうだよ。お前みたいな身なりの良い若造がいたら俺がモグリだと疑われるだろうが。ここらは俺の縄張りだ。とっとと出てってくれ」
そうにべもなく追い払おうとする乞食の男に、俺はこう言った。
「そうしたいのは山々なんだけど腹が減ってな、少しの間休ませてくれないか? もしくはこの辺りで、旅人に飯を食わせてくれるような優しい家を教えてくれ」
「バカか。ここらじゃそんなお人好しは強盗に入られて殺されるか、物乞いに目を付けられて毎日たかられることになる。この街じゃ金が全てだ。貧乏人に親切にする奴なんざいねえ」
そう吐き捨てるように言う男に、俺はうんざりしながら溜め息をついた。
「どこもかしこも、金金金か。人が多く集まる場所はどうもそうなりがちだからなあ。しかたない、少しだけ稼ぐとするか」
俺はそう言うと、丹田に気を込めて一気にそれを口から吐き出す。
視線がこちらに集まるのを見計らって、俺は高らかにこう言った。
「さあさあ、ご通行人の皆さんよってらっしゃい見てらっしゃい! 楽しい楽しい見世物が始まるよっ!」
俺はそう宣言したあと、高らかに指笛を鳴らす。
そして、「"おいで"」と周囲にいる動物に言霊で呼び掛けた。
――すると、路地裏から野良猫の群れが、ぞろぞろと通行人の足元を縫って俺の元に集結し始める。
「うおお! なんだなんだ!?」
「の、野良猫どもが……!?」
普段は統率など望むべくもない野良猫集団が、俺の号令のもとに一点に集うさまは、通行人を驚かせるに充分なインパクトがあったようだ。
――しかし、まだ終わりではない。
俺は十匹以上の柄や種類の違う野良猫たちを足元に集結させたあと、集まった観衆たちに言った。
「さあ、皆さん! これから始まるのは可愛い動物たちの劇だ! 楽しめたらこの器の中にお金を入れてってくれ!」
「お、おい!」
勝手に隣の乞食のおっちゃんから器を借りたあと、俺はそう宣言する。
そして、猫たちに指示を出して、即興のアニマルショーを開始した。
* * *
「あはは! いやあ、ウケたなあ」
俺はご満悦で器の中に溜まったお金をジャラジャラと鳴らす。
やはり動物の可愛さというのは人々の心を癒す効果がある。
街ゆく人々は動物のショーで心癒され、俺はお捻りで懐が癒される。
猫たちにはあとで肉屋で安いお肉を買ってあげよう。協力者なのだから、ちゃんとお礼はしなきゃな。
これぞ三方一両得と言ったところだろう。
「に、兄さん、あんたそんな真似ができたんだな……!」
大きめの白い欠けた器の中にぎっしりと詰められた硬貨を凝視しながら、物乞いのおっさんはゴクリと喉を鳴らす。
「ああ、ちょっとした特技でね。俺は動物たちと話せるんだ。……それと、そんな物欲しげな目で見なくても、この器の半分はあんたにあげるよ」
「!? ほ、ほんとか!? で、でもいいのか!? 俺は見てただけでほとんどなんもやってねえぞ!?」
物乞いのおっちゃんは目を輝かせつつも、遠慮してそう聞き返す。
「この器の借り賃だよ。それと……おっちゃんは始めに金も何も持ってねえ俺に話し掛けて、この街の実情を教えてくれただろ? その礼と思ってくれればいいさ」
「そ、その程度のことでそんな大金を……?」
物乞いのおっちゃんは、俺の言葉に困惑しながら聞き返す。
「十分だ。お金なんていつでもいくらでも簡単に稼ぐ事ができる。それより見返りなく人に親切にできる心にどれだけ価値があることか。たまには金がない奴に優しくするやつがいてもいい、そう思うだろ?」
俺はそう言って、きっちり半分に分けた硬貨の入った器を、おっちゃんに押し付ける。
「もらい過ぎだと思うなら、今後何かに困ってる人がいたら、出来る限り親切にしてやってくれ。その心を忘れなきゃ、あんたのその器はいつだって中身が一杯だ」
「お、おお……」
おっちゃんはよろめきながら器を受け取ったあと、器の中を眺めながら呆然と佇む。
俺は後ろ手に手を振りながらその場を立ち去った。
さて、今度は金を増やしますか。
俺は小銭をジャラジャラ鳴らしながら、辺りを散策する。
金を稼ぐのなんて本当に簡単だ。
世の人々はやれ苦労しなきゃ金は手に入らないだとか、一部の限られた才能を持つ人間しか手に入れられないだとか、やれ金を持ちすぎると不幸になるとか卑しいだとか、そういう余計な先入観を抱えて自ら金持ちになる道を閉ざしている。
本当は金なんてどこにでも落ちている。そこらの石ころとなんら変わらない。
金もいわば"気"の一種なのだ。他者に対する感謝の念、愛、喜びといった陽気な心のエネルギーが形を成したのが金というものだ。
つまりはそう言った陽気な心の状態を常に保っていれば、がむしゃらに努力したり、人から奪ったり搾取しなくても、金の方から自然に寄ってくるようになる。
本当は簡単に稼げるのに、金のために他者を苦しめて魂を腐らせる人々の何たる哀れなことか。
悪人こそ哀れむべきだ。彼らは、自分の首を絞めていることすら理解していない。
仙人として気を操るようになってから、俺は"運気"と言うものもある程度操作できるようになっている。
そうなってくると、金を増やすのに最も効率の良い方法と言えば考えるまでもなかった。
「――やっぱ賭場か。これだけ元手があれば一勝負出来るな。それを何度か勝ちを繰り返せば……まあ百倍くらいには出来るか?」
俺はそんな皮算用をしながら、都合よく近くを歩いていた、如何にも裏社会と関わりのありそうな柄の悪い男に話しかけた。
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