辺境都市コーカンド①


 そのまま更に先へと進むと、高い石の囲いに覆われた街が見えた。


 結構栄えている街らしく、頻繁に馬車が行き来しているのが遠目に見えた。


「悪いな、饕餮。どうやらお前はここまでだ。またどこかで時間を潰しててくれるかい?」


「ガァウ!」


 俺がそう言って背中をさすると、饕餮は元気よく返事をしたあと、またどこかの茂みに消えていった。


 足に使っているようで少し申し訳ないが、饕餮を連れて大勢人のいる場所に行く訳にはいかない。


 どうやら饕餮はこっちでは"キマイラ"と呼ばれ、相当危険な魔獣と認識されているようだ。


 連れて歩いたら大騒ぎになりそうだが、どうにかして手懐けたということで連れていきたい気持ちもある。

 

 とりあえず、街の様子を見て判断するか。


 俺はそんなことを考えつつ、その石造りの街へと向かった。


 街の入り口には長い行列ができており、衛兵に一人ひとり検閲を受けながら入場していく。


 俺はその最後尾に並びながら、前方の様子を伺う。


「すいません、ちょっと聞いていいですか?」


「あァ?」


 前に並ぶ立派な剣を腰に差した柄の悪い男にそう尋ねると、男は不機嫌そうに振り返った。


 一般人ならその悪人面と迫力に怯え竦み上がるだろうが、俺には分かる。この男多分、普通に善人だ。


 俺は人の纏う気の流れや魂の輝きで、大体のその人となりや性格が分かる。


 いわゆるオーラ診断のようなものだ。


 多くの人間を傷付けた者や、人格の歪んだ者の気は、大体黒く濁って淀んでいる。


 この男、顔や態度では悪ぶっているが根はかなり真っ直ぐで清浄な気を放っている。


 それでいて、かなりの量の気を纏っていることから、結構な実力者のようだ。


 わざと悪ぶっているのは周りに舐められない為だろう。助けを求めるにはうってつけの人物かも知れない。


「いや、実は俺はこの辺の事情には疎くて……。もしよければこの街について色々教えてくれませんかね?」


「チッ……めんどくせえな。まあいい、列が捌けるまでの暇潰しだ。何が聞きてえんだ?」


「ありがとうございます。まずこの街の名前は――」


 そう言って、俺はその男を質問攻めにする。


 その様子を周りは何やらどよめきながら見守っていた。


「おい、あの兄さん"灰髪のジェイル"と話してるぞ……」


「なんて命知らずな……あいつぶっ殺されるぜ」


「前に灰髪と敵対してた冒険者、ダンジョンの奥地で行方不明になって死体も見つかってねえって話だぞ……」


 そんなヒソヒソ声が俺の耳に伝わってくる。


 どうやら目の前の彼はジェイルという名で、相当市井の評判が悪いらしい。


 まあ舐められるよりも悪評が立った方が何かと生きやすいのかも知れない。


「……で、今はその検問の真っ最中って訳だ。他に聞きたいことは?」


「あ、それなんですけどね。もしかしたら、入る時に入市税とか必要だったりします? 前行った村では銅貨一枚取られたんですけど」


 俺はそう尋ねる。コーダ村に入る時は鳥を使った芸でお茶を濁して入ったが、流石にこんな大都市ではそのやり方は通用しないだろう。


「はあ? 当たり前だろうが。今時分どこに入るにしても金は取られる。特にコーカンドは交易で栄えている都市だ。住人以外は入市税で銀貨一枚必要だ」


「そうですか。うーん、困ったなあ、今持ち合わせが……」


 俺はそう言ってポケットの中を探る。


 もちろん演技だ。ビタ一文持ってないことは俺が一番知っている。


 そして、目の前の男は、そういう人間を放っておけるたちではないということは把握している。


「チッ……ほらよ!」


「おっと」


 そう言うやいなや、ジェイルは俺に向かって銀貨を投げ捨てる。


 俺はそれをすかさずキャッチした。


「いやあ……これはご親切に。催促したみたいでなんだか申し訳ないですね」


「最初からそのつもりだったくせによく言うぜ。お前、この俺からタカろうだなんて随分と良い度胸だな」


 ジェイルは俺の胸ぐらを掴み上げながら言った。


「おっとっと」


「……いいか、一つ忠告しといてやる。どんな田舎から出てきたか知らねえが……この街では話しかける奴は選ぶ事だな。でなきゃ、次からはてめえのそのお気楽な頭は真っ二つだ。名前も知らねえ余所者が一人殺されたところで衛兵も気にかけやしねえ、そういう場所だぜ、ここは」


 そう強面で凄むも、これも彼なりの優しさなのかも知れない。なんだかんだで心配はしてくれているのだろう。


「いやあ、なるほど。ご忠告感謝します。自分で言うのもなんですが、これで結構人を見る目に自信はあるんですよね」


「チッ……てめえみてえなやつは長生き出来ねえよ、馬鹿が」


 そう言って、吐き捨てるようにジェイルは俺の胸ぐらを突き離す。


 そして、順番が回ってきた時に、俺をおいてさっさと衛兵の方に向かう。


「連れか?」


「いや、知らねえ奴さ」


 俺をおいて衛兵と話すジェイルは、手続きを済ませるとさっさと中に入ってしまう。


 その去り際、背中越しに声をかけた。


「俺の名は"龍華真人りゅうげしんじん"、望月竜哉だ。ありがとう、ジェイルさん。この銀貨一枚分の恩義はいつか必ず返すよ」


「ふん」


 その言葉にジェイルはなんの返答もせぬまま、人混みの中に消えていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る