辺境都市コーカンド④


 「兄さん、勝負するのは良いんだが、チップを買ってもらわなきゃならねえ。種銭はどれくらいあるんだ?」


 親役の男が、カードをシャッフルしながらそう尋ねる。


「そうだな……これくらいか?」


 俺がそう言ってテーブルの上に大道芸で稼いだ硬貨を置く。


 しかし、それを見て親役の男は失笑を漏らし、背後からも落胆のため息が聞こえてくる。


「そ、それだけ……そんな額じゃ、勝負出来ても1、2回くらいしか……。み、店が……!」


「そうか? まあ勝てば問題ないでしょ」


「くっくっく……そうさ。勝てばなんの問題もねえ。勝ちさえすれば元手が小さくても一夜で大金持ちになれるのがうちの売りでね。ほら、これがその分のチップさ」


 そう言って、親役は種銭と引き換えに俺の前にチップを差し出す。


 チップは精々20枚と言ったところ。


 心許ないが、元々イカサマ前提の勝負なので元手がどれだけあろうとなかろうと同じことだ。


 要は負けなければいいのである。


「じゃあカードを配るぜ」


 そう言って親役の男は自分含め四人にカードを一枚ずつ配り始める。


 最初は様子見のつもりなのか、特に怪しい動きもなく普通にカード配っていく。


 そして十枚の最初の手札が配られたあと、俺は裏返していたカードを開いた。


「ああ……」


 背後からまた絶望的な声が漏れる。


 おいおい、おっさん……それ、普通だったらめちゃくちゃ怒られるやつだぞ。相手側に表情で手札の情報を与えている。


 まあ、俺は別に気にしないが。


 配られた手札はバラバラもいいところだ。常人ならこの手は放棄して次に賭けるだろう。


 ――しかし運気の流れが見える俺には、この手からよい気を感じ取っていた。


「じゃ、とりあえず全部賭けようかな」


「!? お、おい!」


 俺がチップを全部前に突き出したのを見て、後ろの男が大声を上げる。


「な、何やってるんだ兄さん!? そ、そんなゴミ手でオールインなんて……! チップ一枚払うだけで降りられるのに、なんで……!」


「ああ、思い付かなかったよ。ま、いいだろ? 博打なんてその場の勢いだ。  運を捕まえるにはそれなりの無茶もしないとな」


「かかか! どうやら兄さんはまだルールが良くわかってねえらしいな! だからといって今更降りるなんて認められねえ。一度賭けた以上はちゃんと勝負してもらうぜ」


 親役の男は、そう言って山札をテーブルの真ん中に置く。


「お、終わりだ……せっかく店を取り戻すチャンスだと思ったのに……」


 そう言って、後ろの男は、勝手に諦めて落ち込みながら項垂れた。


 俺はそれを他所に、淡々と山札を引いて手札を整えていく。


 先程から引く札引く札、全てが手札に吸い込まれるように取り入れられていく。


 不揃いだった手札は徐々にその形を現し始め、全て青一色に統一されていく。


 そして、わずか四巡で一手も無駄なくあと一枚というところにこぎつけた。


「ちっ……」


 トントン拍子で手が進む俺とは裏腹に、他三人の顔は冴えない。


 最初は小手調べのつもりなのか、イカサマも一切なしで単純に勝負するようだ。


 そもそも俺のことを完全なド素人と侮って警戒すらしていないのかもしれない。


 だが――


(張ったな……)


 俺は、最後の一枚で純白のワイルドカードを引いて、手役にリーチがかかる。


 同色の数字の並びが三組揃ってるので、いわゆるスリーランという基本役だ。


 しかし全部同色で揃えた場合はどうなるんだ?


 ちょっと聞いてみるか。


「なあおっちゃん、この役なんだけど」


「え? うおっ……!?」


 俺がすっかり諦めて項垂れている男に、手役をチラリと見せると、ギョッとした顔で硬直する。


 だから表情に出過ぎだ。今ので完全にこっちに注意が向いてしまった。


「なんだ? コソコソしやがって……まさかイカサマでもやってんじゃねえだろうな?」


 そう軽口を叩きながら、親役の男は特に警戒もせずに青の八番のカードを捨てる。


「これは?」


「…………!」


 俺がそう尋ねると、男は口元を抑えながら何度もコクコクと頷いた。


「―― どうやらそれみたいだ。役の宣言は代わりに頼むよ」


 そう言って俺がパッと手役を開くと、全員の視線が一斉にそちらに向かう。


純血ピュアブラッドのスリーラン……ろ、六倍付けだ!」


「なっ……!?」

 

 その宣言と同時に、親役の男は驚いた顔で立ち上がる。


「どういうことだ!? ゴミ手って話じゃなかったのか!?」


「さあ? どうやら運が味方してくれたらしいな。初心者には幸運の女神も優しくしてくれるみたいだ」


 俺がそう答えると、親役の男は苦々しい顔で言った。


「ああ、そうかい。そういうことか。俺としたことがすっかりハメられちまったぜ。お前ら、元々そのつもりで来たんだろ?」


「へ?」


 その言葉に、無言で肩を竦める俺を他所に、おっちゃんはキョトンとした顔で首を傾げる。


 どうやら俺とこのカモられたおっちゃんが、コンビで賭場荒らしに来たと勘違いしているようだ。


 そんなことあるわけ無いのはこのおっちゃんの間抜け面を見れば分かりそうなものだが、まあ勘違いしているならさせておけばいいだろう。


 相手が変に深読みしてくれるのは大歓迎だ。


「そっちがそのつもりなら遠慮はしねえ。しっかり丸裸で帰ってもらうぜ」


 そう宣言すると同時に、親役の男は鮮やかな手付きでカードを配っていく。


 配っている中で明らかに袖口から別のカードを混ぜているのが見える。


 つまりこっからはイカサマありきということだろう。


 俺はそう分析しながら、伏せていた手札を開く。


「おおっ……!」


 すると、背後から感嘆したような声が聞こえてくる。


 だから顔に出過ぎだって……。よくこんな体たらくで対人ギャンブルをしようと思ったものだ。


 相手はさぞや手札が読みやすかっただろう。


 俺の初期手札はもうほとんど完成しているような様子であった。


 同数同色三枚組のセルが二つ、二枚組のペアが一つ、あと一枚でも有効なカードが入れば、あっさり上がれるような理想的な軽い手役。


 だが、これは明らかに"見せ札"だ。


 簡単に上がれるように見せかけて、不要になったカードの一枚で、親役のこの男が上がる算段なのだろう。


 単純なイカサマだが、種が割れてしまえば避けるのは容易い。


「今回も全部賭けるよ。流れが来てるみたいだしね」


「おっ、いいねえ兄さん! そういう景気のいい賭け方は好きだよ。やっぱ男はドカンと一攫千金を狙ってこそだよなあ」


 そう嘲笑混じりに言いながら、親役の男はカードを捨てる。


 俺はそれには何も答えず、淡々と山札を引いた。


「おっと」


 最初の一枚目で張ってしまった。


 恐らくこの余った白の六番が親の当たり札なのだろう。


 余りにも露骨過ぎて笑ってしまいそうになるが、俺は無表情のまま――既に完成していた三枚組のセルを崩し始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 それを見かねたおっちゃんが、慌てて声を上げる。


「に、兄さんそれはないよ! い、今ので張ってたじゃないか! なんでそんな……」


 おっちゃんは小声で言ってるつもりらしいが、恐らく周りに丸聞こえだ。


「そうか? ちょっと手役が気に入らなくてな。一から作り直そうと思ってるんだ」


「き、気に入らないって……!」


 俺の言葉に唖然とする。


 しかし、おっちゃんは気付いてないようだが、正面に座る親役の男も、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んでいた。


「一体いつから気付いてやがった……!?」


「なんのことだか。さあ、どんどん行こうじゃないか。まだお楽しみは始まったばかりだからね」


 そう言うと、俺は自分の順番になってから更にもう一枚引く。


 相手のイカサマを逆手に取って無効化してしまえば、強制的に運と運のめくり合いにならざるを得ない。


 ――そして、運気を目で見て意図的に操れる俺に、運で勝てる奴などまずいないのだ。


 証拠もない上に対策も出来ない、ある意味最強のイカサマと言えるかも知れない。


 これが真っ当な賭場ならそこそこ勝ったくらいで手を引くつもりだったが、元々不当なイカサマで人を破滅に追いやる連中だ。


 全てを奪われる痛みを教え、これ以上誰も傷付けないようにしてやるのが、仙人として俺から出来る最大限の救済である。


「ちっ、手が進まねえな……」


 そう舌打ちをする親役の男の手から、乱雑にカードが投げ捨てられる。


 俺はその捨てられたカードを、指先でトントンと軽く叩きながら言った。


「それだ」


「あ?」


「上がりだと言ったんだ。役は代わりにこの人が言ってくれるさ」


 俺がそう言って指名すると、おっちゃんは慌てて手札を覗き込んで、驚きつつも言った。


「す、スリーセル……い、いや違う。こ、これは全色の同数が揃ってるから……三色混合スクランブル、また六倍付けだ!」


「はっ、まだ5巡目だぞ!? わざわざ遠回りした手役を、どうやってこんな早くに……!」


 もはや語るに落ちたのか、親役の男は自らイカサマを自供するようなことを言いながら抗議した。


「さあ? 三枚組捨てたらまた新しい三枚組が入ってきたんでね。それでたまたま役が揃っちゃったんだ。運が良かったんだな、要は」


「てめえ、まさか……!」


 親役の男は、俺がイカサマをやっていると思ったのか、こちらに怒りの眼差しを向ける。


 自分のやったイカサマは棚に上げといてなんとも都合のいい話だ。


「おいおい、やめとけよ。証拠でもあるのか? 疑ってるだけならまだしも、口に出したら負けを認めたも同然だぜそれは」


「くっ……」


 俺はあえてそう挑発的に言う。


 こうすることで、奴は俺のイカサマをなんとしても見破ってやろうと躍起になるだろう。


 しかし実際には、俺は目に見えることは何もしていないのでそれは完全なる徒労に終わる。


 奴は俺のイカサマという存在しない幻影に気を払いながら、カードを配らなければならない。自身も手の込んだイカサマはし辛くなるだろう。


 まさに自縄自縛だ。


「――さあ、場も温まってきたし次にいこう。大丈夫、勝ち逃げするつもりはないよ。夜が明けるまでとことんまでやろうじゃないか」

 

 俺はそう宣言したあと、受け取ったチップを更に上に積み上げた。

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