コーダ村にて②


 そこから三時間ほど、休憩を交えつつ進んでいると、前方の小高い丘の向こうに小さな村らしき建物の群れが見えた。


 思ったより遠くなくてホッとした。三日くらいは進み続けるかもと覚悟していたところだ。


 村は周辺を木の柵で囲んでおり、粗末な木枠を出入り口として、衛兵が一人だけポツンと立っていた。


 その奥では古びた木製の建物がいくつか立ち並び、どことなく寂れた空気を醸し出していた。


 こっちの大陸の建築物はよく分からないが、崑崙山の麓の村でももっと立派だったのでかなりの田舎なのだろう。


 まあ、最初に向かうにはちょうどいい塩梅だ。いきなり大きな街に行っても、俺の話を聞いてくれるか不安だしな。


 今の目的は、こちらに来たクラスメートを探し出すこと、そして色んな人に俺が崑崙山で学んだことを教え広め、困っている人を助けることだ。


 どちらが優先ということはない。ただ俺は風の導きに従うのみ。


 進むべき道は自然が教えてくれる。いずれその時が来れば、適切なタイミングで皆と道が交わることもあるだろう。


「よし、この辺でいいよ」


「ガァウ!」


 俺は饕餮の背中をポンポンと叩いて停止させる。


 これ以上近付いたら、向こうの衛兵に気付かれる。俺一人ならともかく、饕餮の姿を見られたら確実に大騒ぎになるはずだ。


「しばらくこの辺りで、人に見つからないように過ごしてくれるかい? 村での用事が終わったらまた呼ぶから」


「ガァ!!」


 俺の言葉に饕餮は元気よく返事したあと、勢いよく駆けて近くの茂みに入る。


 まあ饕餮なら万が一にも狩られることもないだろう。足も速いし、あれより強い生き物が近くにいるとも思えない。


 それよりも今は人里に入ることを優先しよう。


 俺は右手を振りながら、衛兵に近づいていく。


「おーい、こんにちは! 今日はいい天気ですね」


「あ、ああ……。なああんた、さっき妙に大きな影が一瞬横切らなかったか? 確かあんたが歩いてきた方に見えた気がするんだが……」


「さあ? 俺は何も見てないんで分かりませんね。それより村の中に入りたいんですが構いませんか? 見ての通り着のみ着のままの旅人でして、今夜の宿を借りたいんです」


 俺がしらばっくれてそう言うと、衛兵はジロジロと俺の姿を上から下まで眺めながら言った。


「……変わった装束だな。それにその黒い髪、ここらの生まれじゃないな?」


「ええ、実は俺、東の大陸の方から来まして。こっちには修行と見聞を広めるために、身一つで旅に出てきたんです」


「東の大陸から!? そ、それはまた随分と遠くからきたもんだ。何か身分を証明できるものは持ってないのか?」


「いえ何も。こっちの大陸に来たばかりですし。強いて言うならこの服は地元では知らない者がいないので、一目でどこの所属か通るんですが、こちらでは通用しませんかねえ」


 俺は仙境の道士服の裾をはたはたとはためかせながら言った。


「それは難しいな……そんな妙な服は見たことがない。何も身分を証明できるものはないとなると、入市税で銀貨一枚を支払ってもらうことになるぞ? これも決まりなんでな、悪く思うなよ」


「それは困ったな……金目のものは何も持ってないですし……。あっ、そうだ。なら一つ面白い芸をやりますので、銀貨一枚分負けてもらえませんか?」


「芸だと?」


 そう提案すると、衛兵は妙な顔をする。


「修行者ですが芸事も得意なんですよ。お代は見てのお帰りってことで」


「ふ〜む……そういうことなら構わんぞ。だが、面白くなければ本当に銅貨一枚も払わんからな」


「ええ、もちろん。――じゃあ、"皆おいで"」


 俺が中空に呼びかけると、茂みに潜んだり周囲を飛び回っていた小鳥たちが、俺めがけて一斉に飛んで集まってくる。


 その数は百羽近くにもなり、青やら紫やら茶色やら、様々な色の小鳥たちを何羽も体に乗せて羽毛の塊のようになった俺を見て、衛兵はポカンと口を開けていた。


「"飛んで、回って"」


 そう言って上に手を振りかざすと、鳥たちは再び一斉に飛び上がり、俺の上げた手の先を中心に、ぐるぐると上空を旋回し始める。


 群れでもない、種類がバラバラの鳥たちが何かに統率されているかのように一斉に飛び回る様は、自然界では起こり得ない異常な風景だろう。


「お、おおお!?」


「"並んで、大きく回って"」


 今度は全羽横一列に並びながら、大きく空を旋回する。


 衛兵もその光景に目を丸くしながら、口をあんぐりと開けている。


 最後にパチン、と指を鳴らすと言霊が解けて、全羽が一斉にバラバラな方向に飛び去って、後には静寂が残った。


「どうでしょう? 楽しんでいただけましたか?」


「お、おお! す、凄いな。あんなものを見たのは初めてだ。東の大陸の人間は皆あんなことが出来るのか!?」


 衛兵は未だに興奮冷めやらずと言った様子でそう尋ねる。


「いえ、出来る人もいますけど。基本的には少ないですね。まあ俺も多少は修行してますから。それで、銀貨一枚にはまだ足りませんかね?」


「いや、確かに素晴らしいものを見せてもらった。通って良し! だが、くれぐれも余計な問題を起こしてくれるなよ?」


「もちろんです。ありがとう」


 俺は衛兵に軽く礼を言うと、門を通って村の中に足を踏み入れる。


 村の中は閑散としており、今の鳥たちの騒ぎにも気付いていないようだ。


 俺は静寂が支配する村の中を歩きながら、さてこれからどうやって村の人たちと関わっていくか思いを巡らせた。

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