全体訓練2
2ーBのクラスの者たちと共に訓練を受けることで、信用を勝ち取る。
そして内部からクラスを牛耳って、自分の手勢として自由に動かせるようにする。
そこまではマルグリットの考えは間違ってはいなかった。少なくとも、人心掌握術としては非常に有効と言えるものであった。
――しかし、彼女には唯一の誤算があった。
「ぜぇっ……ぜひゅっ……ぜぇっ……」
「あと三周! 王女殿下、周りから大幅に遅れております! いかに王族といえど、命じられたからには特別扱いは出来ませんぞ!」
「わ、わかっ……」
分かっております、と言おうとするも舌がもつれて言葉すらまともに発することが出来ない。
彼女は今、動きやすい運動着に着替えたあと、クラスの皆とともに練兵場を走っていた。
しかしあまりの苦しさに目がかすみ、足がもつれてコケそうになる。肺が押し潰されるような痛みに、彼女は自分はこのまま死ぬのではないかとすら思った。
マルグリットは、致命的な運動音痴であった。
才色兼備にして国民からの人気も高い彼女の唯一の欠点と言えるものが、産まれてこの方一度もまともな運動をしたことがないということであった。
姫君として玉のように大切に扱われた彼女は、怪我をさせてはならないという理由から、身体を使う運動といったものから徹底的に遠ざけられて育ってきた。
王子のように戦場に出る訳でもないので、剣術をしたこともなく、英才教育の中で体育に該当する項目もなかった。
故に彼女は自分が運動音痴という自覚がなく、これまで何でも上手くやってきた自分が、たかが体を動かす程度のことで躓くはずがないと慢心していた。
「やっば、お姫様マジで死にそうじゃん」
「がんばれ〜」
その横を、生徒たちがくすくすと笑いながら通り過ぎていく。
当然、周回遅れである。
生徒たちは元々体育の授業や部活などである程度体力も鍛えていたことと、異世界に渡った恩恵として、ちょっとした身体強化と、言語能力の向上なども与えられていた。
故に、前の世界で運動音痴だった生徒ですらも、マルグリットとは体力の開きがあった。
「てかさ、ここ200メートルトラックくらいじゃん。部活に比べれば5周くらい余裕じゃない?」
「ウザい顧問もいないからマジ楽勝だよね〜。普段はこの5倍くらい走らされるし……」
青息吐息なマルグリットの横を、部活経験者の女子生徒たちが和やかに談笑しながら楽々駆け抜けていく。
(うぐぐ……なんて屈辱……!)
マルグリットはとてつもない敗北感に見舞われながら、必死に付いていこうと足を動かす。
男子生徒はもうほとんどが5周を終えてゴールしており、残っているのは栖原などの運動が苦手な生徒くらいであった。
そして、その栖原すら今まさにゴールしようとしていた。
「うおおお! 我はとうとうたどり着いたぞ〜! 称えよ愚民ども!」
「バーカ、遅えよオタデブ。お前ほとんど最下位じゃねえか」
「ノロマ過ぎんだろ。女子小学生の方がまだ速いんじゃねえの?」
「お、おい、やめとけよ。まだ走ってんだから……」
そう言って栖原を弄る男子たちも、トラックに唯一残っているマルグリットを見て、「あ、やべ」といった感じで目を逸らす。
「姫様、あと一周ですぞ!」
「…………!」
ようやく終わったかと思った所に、無常の宣告が為される。
この教官役の男は、ジェフリー騎士総長という、厳しいながらも情に厚く公平で、部下からの信望も高い今回の適任者であった。
最初から彼に教官を任せる予定であったが、以前から第一王子派ではないかと怪しんでいたマイアーがわざわざ志願してきたこともあり、尻尾を出させる意味でもあえて任せてみたのである。
案の定、尻尾を出したマイアーを追い落とすことには成功したが、まさか代わりに信頼していたジェフリーに苦しめられるとは思いもよらなかった。
彼は王国に忠実かつ真面目であり、公平である。それ故にマルグリットにも一切容赦や温情は許さなかった。
あと一周……その距離がどれだけ長いことか。
既に自分以外の生徒たちは全員ゴールして、全員でマルグリットの様子を見守っている。
(こ、こんなはずでは……!)
彼女の計算では、ここで自分が颯爽と実力を見せつけて、クラスの中で尊敬を勝ち取って自分の手勢にするはずだった。
しかし向けられているのは尊敬ではなく憐憫の眼差し。これまで全てに勝利し続けてきた彼女にとって、それはとてつもない屈辱であった。
しかし、その時――
「お、おーい、がんばれー!」
見かねた男子生徒の一人が、未だ半周にも到達していないマルグリットに声援を向ける。
「ほら、頑張って〜!」
「あと少し、あと少し〜!」
それに呼応して、女子生徒たちからも声援が上がる。
全員で死にそうな顔で走るマルグリットに声援を送る、最後尾を応援するマラソン大会のような生暖かい空気にその場が包まれる。
そして、全員に出迎えられながら、マルグリットはようやくゴールを果たした。
「うお〜! 痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」
「まー、箱入りお姫様の割りには頑張ったじゃん」
「大丈夫? お水飲む?」
「は、はひ……ありがとうごじゃいまひゅ……」
当初の予定とは全く違うが、何故かクラスに受け入れられている現状に、マルグリットは困惑しながらも水を受け取る。
「うむ……これも青春であるな」
「な、なんなのこれ、一体何があったの!?」
そう満足げに頷くジェフリーを余所に、治療を終えた天音が何とも奇妙なことになっている練兵場に、困惑しながら姿を現した。
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