コーダ村にて⑦ エピローグ

 

 その日の晩――


 コーダ村ではささやかだが宴が開かれていた。


 名目は魔族を初めて撃退した記念、そして俺の歓迎会も兼ねているらしい。


 俺がこの地に来てから一週間、ヨルダ村の雰囲気もだいぶ明るくなったと思う。


 最初来たときは魔族を恐れてか、ろくに外出している人もいない暗い雰囲気の村だったが、これからは何はばかることなく外に出ることも出来るだろう。


 壊された建物の残骸も俺が虚空接物で退けておいた。


 流石に建てるまではしなかったが、まあこれからは平和な時代が続くのだから、住人たちだけでも時間を掛ければ再建出来るだろう。




 俺の役目は終わった。




 それを確認した俺は、宴で湧き上がる村人たちを背にその場を後にする。


 皆酒が入っているので、一人抜けたところで気付かないだろう。


 まだまた世の中助けを求めている人が多い。引き留められない内にさっさと去るのが粋と言うものだ。


「ギャッ!!」


 俺が立ち去るのを事前に察知していたのか、饕餮が建物の陰から姿を現した。


 どうやら待機していたらしい。それほど長い付き合いでもないのだが、もう既に長年来の相棒のような信頼関係が出来ていた。


「よし、行こうか」


 俺がそう言って饕餮の背中に跨ろうしたその時――突如として背後から声をかけられた。


「兄ちゃんっ!」

 

 そう言って駆け寄ってきたのは、先程魔族と対峙する時に、最前列に居た少年だった。


 いつも木の枝で作った聖剣を振り回している、ヤンチャ坊主だ。


「もう行っちゃうのか!? おれ、まだ剣教えて貰ってないよ!」


「悪いな。俺は一箇所に長くとどまるつもりはないんだ。この地上にはまだ、多くの苦しんでいる人たちがいる。その人たちを助けたり、時に困難を乗り越えるために道を示してあげるのが俺の役目だ。ここに長居するつもりはない」


「だ、だったらおれもついて行く! おれを兄ちゃんの弟子にしてくれよ!」


 そう必死に頼み込んでくる少年に、俺は笑いながら首を横に振る。


「ははは! そりゃダメだろ。お父さんやお母さんはどう言ってるんだ? ご両親の許可もなしに、勝手に子供を連れ出せる訳ないだろ?」


「父ちゃんも母ちゃんも魔族に殺されたぞ! 家には俺一人だ!」


「あー……そうか。なんというかそれは、悪かったな」


 俺は不味いことを聞いてしまったと思い、謝罪する。


「なんでだ? 俺は産まれたときから家に一人だから、別に気にしてないぞ! それに友だちもいるし村の皆も良くしてくれるしな」


 少年は屈託のない笑顔で答える。


 どうやら村でも大事にされてきたのか、両親がいなくてもそれなりに幸せだったようだ。


「だったらなおのこと……村に残ったほうが良い。この村はこの先長い平和と繁栄の時代が続く。毎日お腹いっぱい食べられて、友だちと遊んで、安心して寝床につくことができる。そんな贅沢な場所を離れて、わざわざ命の危険がある辛い旅に出ることはないだろ?」


「平気だ! だっておれは、強くならなきゃいけないから、兄ちゃんの弟子にして鍛えてくれよ!」


 少年は即答する。


 その勢いに多少押されたものの、俺は改めて問い掛けた。


「う〜ん、そうか……。お前、名前は?」


「アルモンド!」


「なるほど……じゃあ、アル。なんでお前は強くなりたいんだ?」


 俺は重ねて問い掛ける。


 これが両親の仇を取るとかなら断るつもりだ。事情はどうあれ、誰かを傷つけるための武術を教えるつもりはない。


 生きるため、身を守るため以外の殺生は自然の摂理に反する。仙人としてはご法度だ。


 しかし俺の懸念を他所に、アルは真っ直ぐな目で答えた。


「おれの父ちゃんは冒険者だったから……皆を守るために前に出て、村の人たちを庇って魔族に殺されちまったんだ。だったらおれはもっと強くなって、魔族を追い払って皆も守れるような凄い冒険者になってやるんだ!」


「ふーむ……」


 それを聞いて、俺は顎に手をやって考え込む。


 動機としては不純ではない。嘘をついている様子もないが……もう少し揺さぶってみるか。


「……言っておくが、旅は何十年もかかるかも知れないぞ? 途中で死ぬことだってあり得るし、友達にも会えなくなる。二度とこの村に帰ってこれないかも知れないけど、その覚悟はあるのか?」


「…………!? あ、ある!」


 俺がそう尋ねると、少年は一瞬躊躇ったが力強く答えた。


 少し揺らいだが、だいぶ決意は固いようだ。


 それなら――


「……よし、いいだろう。一緒に連れて行ってやる」


「ほんと!?」


「ああ、だが"五年後"にだ。正直今のお前じゃ旅には耐えられない。途中で力尽きて引き返すのがオチだ。それにまだ、村に未練があるようだしな」


「うっ……」


 俺の言葉に、少年はばつが悪そうに口を閉ざす。


「別に結論を急ぐ必要はない。ある程度大人になって、まだ俺に弟子入する気があるならその時は受け入れてやる。それまでに少し課題を出そう」


「課題?」


「ああ。……まずは旅に耐える足腰を鍛えるため、これから毎日村の周囲を十周走って回ること。最初は歩きながらでもいい。そして一日一回、大自然の中で瞑想を行え。大きな木の下や草場、岩場の影でもいい。座りながらじっと目を瞑り、頭の中を空っぽにして何も考えない時間を作れ」


 俺の指示に、アルは変な顔をしながら言った。


「走るのは分かったけど……座ってじっとしてるだけ? そんなの意味があるのか?」


「それが一番大事なんだ。自然と同調し、その意思を読み取る修行だ。これは絶対にサボるなよ。天気が悪いなら家の中でもいいから、毎日欠かさずやれ、いいな?」


「う、うん」


 そう強く言い含めると、アルは若干引きつつもコクコクと頷く。


 実際瞑想は仙人に至るまでに非常に大事な修行だ。


 人を超えた存在である仙人になるには、まずは余分な自我や思考を手放して、自然や宇宙と一体化する必要がある。


 頭を空にする瞑想はその為に最適な修行法なのだ。


 極めれば、自然の息吹に身を任せるだけで、武術のための最適な動きが出来るようになる。


 最強になるのにきつい鍛錬や命を削る修行は必要ない。ただ、流れるままに体を動かせばいい。


 俺はそれに気付くまで七十年近くの月日費やした。後に続く者にできればそんな遠回りはして欲しくない。


「そして最後に……村の手伝いをきっちりすること。修行を言い訳に周りのことを疎かにするやつを俺は信用しない。弟子になりたいなら、まず人の役に立ちたい気持ちを行動で示し続けることだ。……以上、その三つの修行を五年間きっちりこなし、なおも気持ちが変わってないのなら弟子にしてやる」


「は、はい!」


 俺の言葉に、アルは勢いよく頷く。


 まだ子供なだけに性格が素直だ。これなら、教えたら教えた分だけ伸びることだろう。


 最後に少しだけサービスしてやるか。


「よし――お前がやる気を失わないよう、最後に少しだけ俺の力を見せてやる。一度しかやらないからよく見ておけよ」


「えっ?」


 その言葉に困惑するアルをよそに、俺はじっと目を閉じて息を吐く。


 精神を統一して研ぎ澄ませる。心を空にして、自然の息吹と自らの意識を同調させる。


 大地から流れ込んでくる莫大なエネルギーを体の中のチャクラに通し、右掌に集約させる。


 ――そして、ずん、と地面にクレーターが出来るほどに大きく踏み込むと同時に、空に向かって掌打を突き放った。


「"天驚衝波てんきょうしょうは"」


 パァァァン! と空気が張り裂けるような爆音とと共に、大地に流れる莫大な気が上空に向かって放たれる。


 放たれた気は空に向かって放射状に広がり、夜空に浮かぶ薄雲を押し退けて、ぽっかりと天蓋に穴を開ける。


 雲に隠されていた満天の星空が月夜とともに姿を現し、地面を淡く照らし始めた。


「す、すげえ……!」


 アルは空を見上げながら、ぽかんと口を開けて言った。


「アルもこうなりたきゃサボらずしっかりやることだ。五年後にまた迎えに来る。それまで、しっかり俺との約束を守るんだぞ」


「は、はい、師匠!」


 なんとも気が早い名で俺を呼びながら、アルは目をキラキラ輝かせる。


「な、なんだ? 急に空が……!」


「あっちで何やらすごい音がしたぞ!」


「そう言えば、真人先生が見当たらんのう」


 村の広場の方から、ざわざわと何人かが会話しながらこちらに近付いてくる。


「ま、そりゃバレるよな。じゃあ俺はもういくぞ。村の人たちによろしくな」


「はい!」


 そう見送るアルを背に、俺は饕餮に跨って颯爽と村を立ち去った。


 若干後ろ髪を引かれる思いもあるが、あまりズルズル長居しても、引き留められて去りずらくなる。


 ならスパッと消える方が後腐れがなくていい。


 自然の導きに従おう。俺はただそう"在る"のみだ。


 そう考えたその時――夜空にきらりと流れ星が光り、北に向かって落ちていった。


「おっ? どうやら次はあっちの方らしいな。饕餮、北の方に向かってくれるか?」


「ギャオッ!」


 俺がポンポンと背中を叩いて指示を出すと、饕餮は北に向かって颯爽と走り出す。


 空には大きな雲の穴と、そこから覗く満天の星空。


 俺は前途に大きな希望を抱きながら、次の街へと駆けていった。

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