「第十一話」火刑執行
『喉笛掻っ切って終いだ!』
(こいつ、生きて──)
咄嗟に腕を振るう。しかし中途半端な体勢から繰り出した拳は容易く受け止められ、勢いそのままに魔女の凶手が振るわれる。──ざしゅう。決して鋭くない爪が、力任せに俺の左肩を抉り切る。
『チィッ!』
「が、うっ……」
「フォルクトぉ!」
左腕で魔女の首を掴み、そのまま地面に叩きつける。骨と肉が潰れてめちゃくちゃになる感覚が伝わり……俺は、確かな手応えとともにこの魔女が死んでいることを確信した。
それでも、直感的な手応えはなかった。俺は、とうとうその場に片膝を着いてしまう。
「はぁ、はぁ……っぅ。アウニル、来るな……!」
「……動脈じゃない。止血すれば助かります!」
死体から離れても、俺は警戒を解かなかった。いいや解けなかった……今こうしている間にもこの魔女は生き返るかもしれない。殺したという事実が、死んだという事実が信用できなくなっている。
俺はこの魔女を合計三回殺した。──そしてこいつは、三度迎えた死の事象を生き返っている!
『何故私が【屍の魔女】を名乗るか教えてやろう』
左腕で潰した死体、ではない。
その奥に倒れている、地面に伏していた死体のうち一体がムクリと起き上がる。顔つきも体つきも、死体の性別までも違う……それでも俺は、目の前のゾンビが【屍の魔女】何だということが分かった。
『私は死体を喰うことで力を蓄え、肉を我が身とすることができる。そしてこのように……死んでも別の死体さえあれば生き返ることもできる。まぁ一種の不死身というやつだ……おっと失礼。正真正銘の不死者の前だったなぁ』
「っ……!」
アウニルの眉間に血管が浮かぶ。その怒り、滲み出る殺意はこの少女からは想像できないほど深く、粘着質で悍ましかった。
『さて、もう分かっているとは思うがな。この屋敷には大量の死体を仕込んである。正直私も数までは把握していないな……まぁ少なくとも、この食料庫の死体だけでもあと百回は私を殺す必要がありそうだぞ?』
マジかよ、と。俺は額を伝う汗を拭うことすら忘れ、死体を取り込みつつある【屍の魔女】を睨みつけていた。
『この屋敷に入ってきた時点で、貴様らの負けは確定していたのだ。──私を三度殺した罰だ。死体を喰い終わったら生きたままじわじわと焼き殺してやる』
「──やき、ころす────?」
アウニルが震えながら声を発する。
万事休すか、せめてこいつだけでも逃さなければ。
復讐の道半ばで倒れることに歯噛みしながらも、俺は覚悟を決める他に無かった。
「……死ぬ気ですか? フォルクト」
心を読んだのかと疑いたくなるようなタイミングだった。
「……それしかねぇだろ、お前だけでも」
「お前だけでも? 笑わせないでくださいよ、私は不死身です。あなたが命を懸けなくてもどうせ生きます」
アウニルは出血し続ける俺の左肩をハンカチで固く結び、止血してから言った。
「あなたにはまだ尊厳のある命が、死という終わりが定められた長い長い人生がある。私は大丈夫です。だから、どうかそんな勿体ないことをしないでください」
「──」
違う、と。
そういう考えをしないでほしいと言いたかった、死なないとか不死身とかそういうのは関係ないんだって……言いたかった。
「あなたにはまだ、やるべきことがある。そうでしょう?」
「──そうだな」
でも今は、そんな話をしている場合ではない。
俺は生きなければならない。生き延びてアイツを……【業火の魔女】をこの手で殺さなければならない。
「こんなゲロ臭い場所で死ぬなんざ、御免だからな」
剣を構え、俺は再び立ち上がる。
目の前には、死体を取り込み膨れ上がる【屍の魔女】の姿が。
「んで、どうする? アイツは死体を喰って回復する……アイツを完全に倒すには、まず死体をどうにかしなきゃならねぇ」
「ええ、分かってます。……っていうか、あなたももう何をすればいいか分かっているでしょう?」
ああ、クソッタレ。やっぱり”ああ”するしか無いのかよ。
「勘弁してくれよ、ったく。俺はお前と違って不死身じゃねぇんだぞ……?」
「魔女の一撃を腕一本で耐え切るような頑丈なあなたなら耐えれると思いますけどね。ちょっと焦げるかもしれませんが……まぁ、怖いならやめてもいいですが」
不敵な笑みを浮かべられ、俺はそれを鼻で笑った。
「冗談。派手にやってやろう」
「ふふっ、あなたならそう言ってくれると思ってました」
やれやれ、屋敷に入った時から何となくそうなる気がしてはいたが……まさか本当に、本当に屋敷ごと吹っ飛ばす羽目になるとは思わなんだ。
『さっきから、何をブツブツと話している? 作戦か?』
今にも殺しにかかってきそうな【屍の魔女】の苛ついた顔を見て、俺とアウニルは顔を見合わせた。
「……何って」
「それは、もちろん」
言い放つ。同時に、告げる。
「「火葬だよ」」
一瞬困惑した魔女の顔が、歪む。狂ったような表情で、俺に向かって腕を、肉壁を……ありとあらゆる手段を用いて殺しにかかってくる。──それよりも、俺が剣を石床に……石英で作られた床に擦り放つほうが早かった。
「──あばよ」
バチッ、バチッ。
目にも止まらぬ速度、摩擦する凄まじい力によって大きな火花が散り、宙へと弾き出され。
空気と触れ合い燃え広がり膨張し。
眩い光が周囲を覆い尽くし。
やがて。
爆炎と共に、屋敷全体を吹き飛ばすほどの威力として炸裂した。
〜二時間後〜
「……生きてる」
そりゃあ、ガス爆発ごときで死ぬほどヤワな鍛え方をしている覚えはないし、生き残るだろうなぁとはなんとなく思っていた。
だが結果はどうだ? 服の大半は吹き飛んだだけで、俺の身体には掠り傷や肉が少し削れているぐらい……ところどころ火傷のような痛みはあるものの、五体満足で骨は折れてすらいない。
(流石に丈夫すぎだろ、俺。これじゃあ人間ってより……)
「それは違いますよ、フォルクト」
声がした。途端に、俺はすごく安心した。
「あなたは人間です。誇りを以て今を生きている、人間なんです」
「……不死身ってのは伊達じゃねぇな。あう、に……るぅ?」
そこには、なんというか……生まれたままのアウニルが立っていた。
「よかった、本当に。生きててくれて……本当に、本当に!」
「っ、ぅ……! ちょっと待て!」
「ぱふぅ」
とりあえず近くにあった焦げた毛布をぶん投げ、俺は自分の両目を抉り出すような勢いで顔面を覆った。見ちゃった。全部見ちゃった。女の子の見ちゃいけないとこ……全部見ちゃった。
「ぷはっ、どうしたんですかフォルクト?」
「っ、服着ろ! 服!」
「服? ……──っ!!」
直後、またもや爆発。
今度は非常によく効く一撃が、グーではなくパーで俺の頬に突き刺さった。
「変態! 変態! 変態!」
「だーぁやめろやめろわざとじゃない! わざとじゃない!」
焼け爛れ、爆発によって吹き飛ばされ焼け爛れた屋敷……【屍の魔女】の墓標となった瓦礫の上。
痛いし、理不尽だし、俺は全然悪くないのに殴られて。
「やーめろって! ……悪かったよ!」
なのに、なのに。
ちらっと見えた鏡に写っていた俺は、困ったような顔で笑っていたと思う。
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