「第六話」亡者たちの襲撃


 馬車の外に漂う空気を吸って、俺は瞬時に”しまった”と後悔した。

 充満する不快感、身の毛もよだつような異質さ。それは既に俺達を取り囲むように渦を巻いている……丁度、俺達を中心に円を描くかのように。


 (こんだけ濃い魔力だ。本体が近くにいるのは間違いねぇ……だが、くそっ)


 一度退くべきか、それともこのまま一か八か屋敷まで馬ごと突っ込むか。

 どちらにせよ選択を吟味する時間は無い。どういうわけか向こうも未だに仕掛けてこない……今ここで、今すぐこの場で決めなければ何が起きるか分からない。──足裏。地面が下から押し上げられるような感覚。


 (……しまっ)


 足を上げようとしたが反応が一瞬遅れた。直後、地面を突き破って出てきた一本の手が、俺の足をしっかりと掴んできたのだ。

 

 「は、なっ、せぇっ!!」


 振り解こうと足に力を込めると、そのまま地面から生えてきた手は引き千切られた。断面から嫌な匂いが、蛆が湧くような腐敗臭が漂い……地面から生えていた腕の根本は、恨めしそうにゆっくりと地面に潜り戻っていった。


 なんだ、今のは。

 明らかに人間ではなかった。いいや生物というのも烏滸がましいような存在だった。腐っていた。生物としての全てが終わっているのに動いていた。──死んでいるのに生きている。これじゃあまるで、本当に。


 (いや、そんなことよりも)


 もう駄目だ、ここにいたら殺される。

 俺だけならなんとかなるかもしれない。だが、ここには今アウニルがいる。彼女を守りながら襲撃に備え、戦い続けるのは無理だ……魔女を殺すどころか、今日一日生き残ることすらままならないだろう。


 逃げよう。俺は、馬車の扉に手をかけた。 ──ヒッヒィィイィイイイイィンンンンッッ!!!!


 「っぅ!?」


 振り落とされるなんて生易しいものではなく、脇腹の辺りをぶん殴られたような衝撃と共にぶっ飛ばされた。受け身を取って起き上がると、既に馬車はものすごい速度で猛進していた。


 「フォルクト!!」

 「っ」


 馬車の窓から顔を出し、アウニルがこちらに手を伸ばしながら叫んでいる。やばい。早く、一刻も早く追わなくては……だが、足元。いいや、周囲! そこには既に、地面を突き破り起き上がり、涎を垂らしながらこちらへと近づいてくる腐敗した亡者共の、ゾンビの群れが!


 (畜生……!)


 背負った剣を握り、目の前のゾンビを殴り切る。次に背後の一体を蹴り飛ばし奥の二体を巻き込み……ああ、足りない。圧倒的に手数が足りない! 殺すことも生き残ることも造作もない……なのに、いつまで経ってもあの馬車へと走れない!


 間違いなく足止めされている。つまり相手の……魔女の狙いはアウニル! 

 

 「どけっ! くそっ……くそっ、アウニル!」


 こうなっては走っても追いつけない。

 俺は歯噛みし、無理難題を叫んだ。


 「屋敷で待ってろ! 絶対、絶対死ぬなよ!」

 「違います! うし──」 


 遠すぎて声がぼやけて、何も聞こえなかった。

 一刻も早く、一刻も早く屋敷に向かわなくてはならない。俺は群がるゾンビ共を薙ぎ倒し踏み倒し、吹き出す怒りを抑えようともせずこの身を駆動し続けた。

 

 「退けぇえええええええええええええ!!!!」


 一体一体は大したこともないし足も遅い! ある程度蹴散らしたらどうってことのないただの雑兵! 数だけだ、こいつらにあるのはただ圧倒的な数!

 フルスイングで前方のゾンビ共を纏めてぶっ飛ばす。道が拓いた、これならまだ走って追いつける!


 「アウ──」


 風を切る音。向かってくる、無機質な殺意。


 「──っ!?」


 それは背後からだった。

 視界を埋め尽くすような、巨岩を彷彿とさせるような拳だった。



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