「第八話」招かれざる魔女狩り


 (何だ? 今の揺れ)


 屋敷の方からだった。地面が揺れるというよりは、屋敷自体が蠢いていたというか……どの道、あちら側にいるアウニルに何かあったのではないかと思わずにはいられない。──いや、今はそれよりも。


 「お前を、どうにかしなきゃならねぇよな」


 斬り捨てた屍の残骸が散乱する地面、その上に立つ最後の屍。

 見上げるほどの巨体は五メートルを軽く超えるほどだった。縦幅だけではない、横幅……型の幅も異常だ。肩幅だけで二メートルはあるだろう筋骨隆々に見えるその筋肉質な肉体は、丸太のような剛腕も相まって更に威圧感を増している。


 「……」


 よく見れば死体を繋ぎ合わせたツギハギのボロ人形だった。金具で繋がれた肉と肉、長さの違う右腕左腕……故に、だからこそ。目の前のフランケンシュタインもどきの怪物が醸し出す異常さ、未知の恐怖を煽るそれは増すばかりである。


 (力じゃギリ負ける。勝ったとしても図体に差がありすぎる……だが)


 剣を握り締め、俺は一気に怪物の背後に走り込む。


 「速ささえなけりゃ、ただの木偶の坊だ!」


 一撃。まずは右足に鋭い切れ込みを入れる。

 直後、バランスを大きく崩した怪物は右足の膝をついた。


 (思った通りだ。こんだけ図体がデカけりゃ、それを支えるそれぞれの足にも相応の負担がかかる……ちょっとでも傷が入れば、簡単にバランスを崩す)


 まぁ、これがツギハギのゾンビではなくただの生きた怪物であったのであれば、俺はまず間違いなく真正面からそいつと殴り合いをしなければならなかっただろう。素早く、一撃が重く、丈夫な体を持った正真正銘の化物と。


 俺は地面に突っ伏すしか無い化け物の死角から剣を構え、ただ一言安堵しながら呟いた。


 「……運がいいよな、俺も」


 ざしゅう。

 うなじあたりに入った深い切れ込みから血が吹き出し、そのまま怪物はぐったりと倒れ……動かなくなった。


 「……」


 死体、死体、死体。

 この場に立っているのは、もはや俺一人。

 邪魔する者は、誰もいない。


 「……待ってろよ、アウニル」


 無事でいてくれ、と。

 血のこびり付いた剣を背負い、俺は屋敷に向かって走る。


 意外にも追加でゾンビなどの化け物が襲ってくることはなく、張り詰めた警戒が杞憂に消えながら俺は屋敷の前に立った。──そして理解した。間違いなく、この屋敷の中に魔女はいる。


 なぜなら屋敷のどこを見ても門が……つまり、人を受け入れるための入口が存在しないからだ。既にこの屋敷は人の物ではなく、魔女が身を隠すための悪しき巣窟と化しているのである。──で、あれば。


 (ぶっ壊して入っても、依頼人からのお咎めは無い)


 背負った剣の柄を握り、フルスイングで壁に叩きつける。驚いたことに壁からは鮮血が溢れ出してきた……どくん、どくんと。まるで生きているかのように脈を打ち、傷口を塞ごうと蠢いている。


 「……」


 生きている。この石造りの屋敷は、血と肉が通った生物として生きている。

 何処から何処までがそうなっているのかは分からない。全てが生物なのか、部分的になのか……どちらにせよこの中に入るのであれば警戒は必須であり、そもそも入ること自体が自殺行為である。


 (……待ってろよ)


 正直、そんなことはどうでもいいと言い切れるほどには、俺はあの少女に対して思うところがあるらしい。俺は塞がりつつある傷口を乱暴にこじ開け、屋敷の体内に入っていった。


 「っ……」


 入口であり傷口であった風穴が塞がった瞬間、俺は呼吸をして絶句した。

 臭い。この屋敷の中は、鼻腔が痺れるような悪臭が充満している……そして俺は、この激臭の正体を知っている。


 (野郎……殺した人間の死体を屋敷中に敷き詰めてやがる)


 先程ぶち破った壁も、おそらく死体の肉や骨を魔法でどうこうして造ったものだろう。趣味が悪いとかそういう次元の話ではなく……まず、発想として人間の倫理を完全に逸脱し、善悪の概念よりも前に吐き気を催す嫌悪感が先に来る。そんな、度を越した外道だ。

 

 ひとまず、魔女への怒りは抑えよう。

 とにかくこれが死体の腐敗によるガスであるならば、そこまでの毒性は無いはずだ。まず一時間かそこらで死ぬようなことはないだろうし、あるとしても気分が悪くなる程度……根性でどうにでもできる範囲だ。


 そう、問題なのは。


 「……アウニル」


 一刻も早く、あの少女の側に行かなければならない。

 俺は、鼻をつまみながら屋敷の奥へと進もうとした。──進もうとして、その肉壁は行く手を阻んだ。


 「……へぇ」


 成る程、こういうこともできるのか。俺は少し感心しながら、そしてそれ以上に肉壁に埋もれた死体の顔面に対し怒りを煮やしながら……握り締めた拳を叩きつけ、肉壁を力ずくでこじ開け引き裂いた。


 「俺は客だぞ。この程度のもてなしで満足できるわけねぇだろうが」


 無数のゾンビ。

 圧死させようと上と下、右と左、前と後ろから迫る壁。

 それら全てを真正面から蹴散らしながら、俺は屋敷を片っ端からぶっ壊しまくった。

 


 

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