「第十七話」復讐への覚悟


 『人間は面白いねぇ』


 金属部品と人間の叡智の集合体、その権現たる蒸気機関制御室を見ながら女は笑う。


 『一昔前までは全身毛むくじゃらだったくせに、いつの間にか他の生物の能力を知恵で圧倒し、その住処の大半を奪うまでに実った』 


 私はこれを「成長」とは言わんがね、と。毒づくように言ってから振り向いてきた。


 『だがまぁ、君のそれは成長と言って差し支えないと僕は思うよ?』

 「褒められても嬉しくねぇよ、カス」


 睨みを効かせながら床に唾を吐き捨てると、魔女はにんまりと笑った。

 嘲りでも、余裕でもない。──興味。まるで、目の前に突然しゃぼん玉が飛んできて……それを楽しそうに見つめる子どものような、そんな不気味な笑み。


 『いやぁ、初めてだよ僕の魔法を破られたのは』 


 何故自分が今すぐに剣で斬りかからず、この魔女との睨み合いをするに留まっているのか。


 『申し遅れた、僕は【迷路の魔女】と呼ばれている者だ。今後会うことも話すことも無いとは思うが、まぁ覚えてあの世に行ってくれたまえ』


 そう聞かれれば俺はすぐに、たった一つの答えを導き出すだろう。気味が悪いから、何を考えているのか分からないから……と。

 こいつの話を聞いていると調子が狂う。──それに、やるなら今だ。


 『待ち給えよフォルクト。君はここがどこだか分かっているのかい?』

 「──っ」


 踏み出そうとして、俺は止まった。

 癪だが、こいつの言う通りだ。ここは機関車の制御室……もしもここが壊れれば列車の制御が効かなくなる。動かなくなるだけならまだいいが、最悪の場合爆発なんてことも十分あり得る。

 

 (クソっ、列車全体が人質かよ!)

 『そんな怖い顔をしないでくれ。これは君にとっても十分有益な話なんだから』

 「は?」

 『まぁ、知らないのも無理ないか』


 頭をボリボリと掻きながら、魔女は言う。


 『まぁなんだ、この列車はこの国の首都ニュアージュ行きなんだが……結論から言うと、あそこに【業火の魔女】が潜んでいるんだ』

 「──」


 体の奥が一気に熱くなっていくのを感じた。

 【魔女狩り】とか、こいつが魔女だということとか……そういう物を全て取っ払うぐらいには、俺はその魔女の名前に意識を持っていかれていた。


 『最初に言っておくが、私は人類の味方のつもりなんだ』


 魔女は俺の引きつった顔を見ながら、またあの気味の悪い笑みを浮かべていた。


 『見ていて面白い、食べて美味しい、実験材料にも最適。何よりそこらかしこにうじゃうじゃいるから代えが利く! こんな素敵な生物を、あのバカ魔女はぜーんぶ殺そうとしている』

 

 許せないだろう? 目の前の魔女は巧妙に、俺に共感してくる。


 『だから僕はこの地上が火の海になる前に、火種である【業火の魔女】を殺すことにしたのさ。──この列車を、アイツのいるニュアージュに突っ込ませることによってね』

 「……へぇ」


 なるほど、そういうことか。

 ここに来る途中で軍事用の火薬が大量に置かれている車両がいくつかあった。もともと積まれていたものかと疑問に思っていたが……こいつの話を聞いて全て納得した。


 「お前、この列車を巨大な爆弾にするつもりだろ」

 『大正解さ! さぁ、分かったらさっさとここから──』

 「俺にも手伝わせてくれよ」

 

 暫くの沈黙。


 『……は?』

 「だから、俺にも手伝わせてくれって言ってるんだよ。【業火の魔女】には恨みがあるんだ……どうせなら、俺がこの手で葬りたいんだ」 

 『……はは』


 魔女の笑みに、狂気が乗せられた。


 『ははっ、ははははははっははははははははぁああああああ!!!!?』


 狂気、豹変。

 過呼吸が入り混じった爆笑をぶち撒けながら、魔女は俺を指さしてきた。


 『イかれてるよ君ィ! 最ッ高だぁ! ……いいよ、気に入った。君は生かす、そしてこの列車の操縦権、そしてもしも【業火の魔女】が生きていた時には君にトドメをお願いすることにしよう!』

 「おう、任せな。……んで、一つ確認したいことがあるんだが」

 『なんだい? 君は面白い、なんでも答えてあげるさ』

 「アウニルを……そこのちっこい金髪を、どうするつもりだ?」


 そう言って、俺は血の付着した

 ぽかんとした顔をした魔女。


 『……そりゃあ、勿論殺すよ。細切れにして瓶詰めにして、世界のあちこちに隠す』


 それが当然だと、当たり前じゃないかと言いたげに。


 『こいつは【業火の魔女】が完全な生物になるための最後のパーツなのさ。不老不死のこいつを吸収すれば、あいつは魔女はおろか全ての生物が到達したことのない死の克服者になってしまう……そうなってしまう前に、火種を事前に潰しておくのは当たり前じゃないか』

 「そうか。そうだよな、普通……そうするよな」


 納得した。

 ああそうか、だから【業火の魔女】はアウニルを狙っていたんだ。


 『質問はこれぐらいかい? さぁ、そろそろ結界を張ろう。このまま呑気に話していたら、僕たちまで爆発に巻き込まれてしまうからね』

 「ああ、そうだな……そろそろ──」


 じゃあ、俺が取るべき行動は一つだよな。


 「お前の息の根を止めておかねぇと、間に合わねぇよな」

 『は?』


 隙だらけの背中に振るった刃。首を狙ったがギリギリ避けられ、一撃は肩を浅く斬っただけに留まった。


 『な、なんで……何故だフォルクト! 君は、【業火の魔女】に恨みがあるんじゃないのか!?』

 「あああるさ。今すぐにでもぶっ殺してやりてぇし、そのためなら誰が死のうが構わねぇさ」 

 

 けどな。俺は、燃え盛る復讐心……それを上回るほどの勢いで滾る何かを握りながら、目の前の魔女に言い放つ。


 「その誰かの中に俺は、俺の家族や友達を含んじゃいねぇんだよ」

 『……前言、撤回』


 覚悟は決めた。

 復讐はこの手で成し遂げる。


 『君やっぱ、つまんないよ』


 こんな……こんなクソみたいなやり方ではない。

 未来の自分に、俺の友達であり最高の相棒に誇れるようなやり方で。


 



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