「第十八話」最高のタイミング
先手を打ったのは魔女側だった。
一気に間合いを詰められ、俺は振るわれる拳を剣で受け止める。
(重い!)
『ここで殺し合っては双方の目的が瓦解しかねないんでね。殺し合いなら上でやろうじゃないか』
殴り飛ばされた俺は宙を舞う。どうにかして屋根の上に着地しなければならないと、身を捻り不格好に足掻きながら、どうにか俺は屋根の上を転がった。
「っ、ぅ……」
『残念だよ、僕は今非常に残念に思っている』
嘆きに見せかけた言葉の裏には怒りが込められていた。それを証明するかのように、倒れ込んでいる俺の顔面に向け放たれた一撃には殺意が握り締められている。
「っ!」
受け止める。同時に腹辺りに蹴りを入れて投げ飛ばす。
しかしそれは当然のように着地され、魔女はすぐに構え直した。
「体術もイケるのかよ……」
『君という人間の友人が作れたと思ったら、ものの一瞬で絶交してしまうのだからね。いやぁなんとも……気分が悪いったらありゃしない」
参ったな、これは予想以上に強敵かもしれない。魔法を振り回してくるタイプかと山を張ってはいたが、まさかこれほどまでに対人体術に優れているとは思ってもみなかった。──しかもこいつ、達人級に強い。
『私は人間の歴史にも興味があってね』
(隣──!?)
側頭部に叩きつけられる一撃。倒れかけ揺らいだ姿勢に、追撃の蹴りが腹に突き刺さる。
「がっ、はぁ……」
『特にこの格闘術は素晴らしい』
下手に踏ん張ったのが不味かった。曲がった腰、殴りやすい位置にまで垂れ下がった頭部に右のフックが突き刺さる。脳が揺れ、意識がぼんやりとしたものになっていく。
『人が人を殺すために作り出され受け継がれてきたこの技術は、まさしく同族との競争を旨とする人間の象徴と言っても過言ではない』
次は左フック。
殴り返そうと出した半端な俺の拳は、的確に捌かれ反撃を脇下あたりにぶち込まれる。直後、項垂れた俺の顔面に直線上の蹴りが突き刺さった。
(飛ぶな、意識──!)
鼻っ柱に昇ってきた血を拭うことも忘れ、俺は無理矢理受け身を取って踏み留まる。もしも意識が飛んで身を翻せていなければ、今頃俺は屋根からずり落ち……線路の上で挽き肉になっていただろう。
「はぁ、はぁ……」
劣勢だということには何ら変わりない。
あいつは武器持ちの俺の攻撃を完璧に見切っている。適当な攻撃や誘い出しは、的確かつ一撃一撃が致命傷となり得る攻撃となって返ってくる。
だからといって待つのは絶対に駄目だ。既にこれだけの攻撃を受けた俺の身体では、あの素早く無駄のない攻撃を受け流すことなど到底不可能。──第一こいつの目的を考えるに、時間をたっぷりと使って戦う持久戦は論外なのだ。
(短期決戦。それしか、ない)
『どうした? 来ないのなら……』
消える。
いいや、違う。棒立ちの俺の足元に、既に姿勢を低くして接近している!
『こちらから行かせてもらうよ』
「──っ!」
後方へは飛べない、被弾覚悟で耐える!
一撃、二撃。全身の力を腹部辺りに込め、食らうダメージを最小限に抑える。
『受けてばかりじゃ、どうにもならないよ!?』
「っ、くぅ、っ……ぅ!」
どうにかしてカウンターを入れ込む。一瞬の隙を、痛みを堪えながらも探す。
だが、徐々に、じわじわと。
俺の両腕を交差させたガードは、構えは解かれてこじ開けられ。
(しまっ──)
『はい、トドメ』
鳩尾。メキメキと音を立てながら、魔女の拳が丸ごとめり込む。
「がっ……あっ」
呼吸ができない。灰の中の空気を全部押し出され、痛みで横隔膜が全く動かない。
動けない。戦えない。苦しい。
『【処刑人】フォルクト。今から僕は、君を殺す』
胸ぐらを掴まれ、掲げられた拳が俺の脳天を捉えている。呼吸すらままならないこの状態で、俺がこの攻撃をどうにかするのは不可能だろう。
『だから遺言を聞こう。まだそれぐらいの時間があるし、僕は君が最後に何を言うのかも気になる』
「……」
『なんでもいいさ。恨み言でも、大切な人への謝罪とか、感謝とかでもいい』
人間ってそういうロマンチックな最後を好むだろう? まるで芸術を語る素人のような浅はかな言葉の一つ一つを、俺は鼻で笑う体力すらなかった。
「……そう、だな」
だが、まぁ。
「タイミング最高だぜ、アウニル」
『は? 何言って──ッ!?』
魔女が振り返る。
直後、後方から投げ放たれたナイフが、魔女の眼球を貫き脳漿に突き刺さった。
『ぎゃぁぁぁああぁぁぁ!?!?!?!??』
悶え苦しむ魔女。俺は呼吸を整えながら、剣を握り締める。
『なっ……何故、お前がここに。お前は確かに縄で……』
「縛り方が甘いんですよ! あの程度、私なら骨を砕けば抜けられます!」
魔女は怒った。冷静かつ柔軟だったあの面影はどこにもなく、今すぐにでもアウニルを殺そうと突っ込んでいく。──そうこいつは、たった今、俺に背を向けた!
『しまっ──』
真上から振り下ろす刃。即座に振り返り、魔女は刃を受け止めようと腕を振るう。
だが不安定な姿勢、攻撃を食らったことによる焦り、脳を損傷したことにより少なからず鈍っていた感覚が、それを中途半端なものにした。
つまり、だ。
「くたばれぇええええぇぇぇえええっッ!!!!!!!!!」
防御に回された右腕、中途半端に引っ込められた左手首を斬り落とし。
それでもなお勢いを失わなかった刃が、魔女の右肩から腰辺りまでを袈裟斬りにしたのだ。
「はぁ、はぁ……ううっ」
「フォルクト!」
片手にナイフを握りしめたアウニルが俺のもとへ駆け寄る。顔面は蒼白、着ていた服はボロボロになっていて……その柔肌も可愛らしい服も全てが真っ赤に染まっていた。
「大丈夫ですか!? 骨が折れたような音がしてましたが、内臓を痛めたり……えっ、フォルクト!? ちょ、いきなり何を」
「信じてた……」
こんなに、こんなに痛めつけられても。
「助けに来てくれるって、信じてた。……信じてた、はずなのに」
助けに来てくれた。
俺が疑っていることも、秘密を明かさないことを露骨に怒っていることも知りながら。
「ごめん。……ごめん」
「……私、こそ」
ああ、泣いて欲しくない。
悪いのは俺なのに、お前を信じられなかった俺なのに。
「ごめんなさい……言えなくて、ずっと。ずっと、言うのが辛くて……言い出せなくて」
「……じゃあ、お互い様だ」
都合がいいとは思う。俺にとって、あまりにも都合が良すぎると思う。
でも、俺はまたこいつを信じたい。そして、こいつに信じられたい。
「教えてくれ、お前の秘密を。俺はお前の友達として、相棒として……お前のことを知りたいんだ」
「……分かりました」
アウニルは俺の背中を擦りながら、ゆっくり……ゆっくりと呼吸した。
落ち着いてから話すのだろうか。なんにせよ、俺にとってもこの時間はありがたい。
「……フォルクト。実は、私──」
『そうか、それが……君が【業火の魔女】を殺さない理由か』
背後。
そこには、腹が破れるほどの傷口から大量の血を垂れ流し……それでもなお立っている魔女がいた。
「……殺さない理由? どういうことだ、お前は何を言っているんだ?」
『知らないのか? ……そうか知らないのか、いいや言っていないのかアウニルとやら!』
アウニルの顔が曇る。青ざめ、怯えている。
『いいだろう、フォルクト。僕が代わりに君に教えてあげよう……その少女は、その不死の少女が持つ秘密は──』
「やめて……」
やめんよ。
そう言って、魔女は嗤う。
「──【業火の魔女】が死ねば、その少女も死ぬ。ただ、それだけのことさ」
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