「第十九話」背水の決意

 頭の中が真っ白になった。 

 それが事実かどうかは定かではない。魔女が俺の心をかき乱すためにでっち上げた嘘だと考えるほうが自然だし、普通ならその方向に思考は進み、俺は怒りのままに魔女にトドメを刺すのだろう。

 

 だが。

 

 「……あぁ、ぁぁぁぁあ……」


 俺にしがみつきながら、縋るように俺を掴んで離さないアウニルの涙で。

 この馬鹿げた嘘が真実だということを、俺はどうしようもなく察してしまった。


 『嘘はいつか真実という光の下に曝け出される運命にある。そんなこと、偽った時点で分かりきっていたことだろう?』


 拾った玩具を離すまいとするガキの如く、魔女はゆらゆらと血液と臓物を垂れ流しながら呪いをほざき続ける。


 『その涙は不自然だ、貴様がまず最初にやるべきことは謝罪だ、贖罪だ!』

 「……れよ」

 『可哀想なフォルクト! 信じていたはずの仲間から、友人に裏切られて……ああ、アウニルとか言ったかい? 君は、本当に、ひどいやつだ!』

 「だぁぁぁぁまぁぁぁぁれぇええええええええええええ!!!!!」


 掴んでいた剣を投げ放つ。受け止められ、しかし勢いを殺しきれず機関室の方へと吹き飛ばされ落ちていった。

 

 「……フォルクト、私。あの、その……」

 「アウニル」


 俺は怒りを抑えられなかった。

 だがそれは秘密の内容にでも、アウニルのこの態度にでもない。


 「俺は今からあいつを殺す。それから、この列車をどうにかして止める」


 あいつは、アウニルの覚悟を踏みにじった。

 自分から秘密を、自らの非を認めた上での告白を踏み躙った。彼女に許された唯一の贖罪を、罪悪感の増大を断ち切る唯一の方法をくだらない悪あがきのために利用した! 

 彼女の誇り高き覚悟は、あのクソ野郎の下衆な悪意によって殺された!


 「止めるって……無理ですよ! 今からブレーキを掛けても、急停止の反動で脱線します! そうすれば積まれている火薬に引火、爆発してどっちみち助かりません!」

 「ああ、だから……」


 許せない。その思いが、俺に覚悟を決めさせた。──アウニルのいる車両の屋根から、機関車後方に繋がる炭水車に飛び乗る。


 「こうする!」


 直後、連結器に拳を叩き込む。

 がこん、と。音を立てて客室車両と炭水車を繋ぐ連結器が外れ、客室車両の速度が少しずつ下がっていく。


 「なっ、何をしているんですかフォルクト!? 早くこっちに……」

 「まだ魔女が死んでない。それにこの機関車と炭水車だけでも、駅に突っ込めば相当な被害が出る!」

 「でも、それじゃあ……それじゃあ!」

 「待っててくれるよな!?」


 徐々に離れていく車両と機関車、俺とアウニル。

 ちゃんと聞こえるように、馬鹿デカい声を張り上げた。──俺は死なないぞ、と。その意思と、必ず帰るという背水の決意を示すために。


 「……はい……!」


 静かに、静かに彼女は屋根の上で泣き崩れた。

 どうして自分はあの少女の近くにいられないのだろう。どうして俺は、あの小さな背中を擦り、ちっこい頭を思う存分泣き止むまで撫でてやることができないのだろう。


 「……時間が無い。決着つけるぞ」

 『ぁぁぁああああああああ!!!!』


 後方から来たる左の拳。片手で受け止め、もう片手で右の拳も受け止める。

 それはつかみ合い、踏ん張り合いにもつれ込んだ。


 「お、れはぁ……っ!」

 

 魔女を引き剥がし、機関室の壁に叩きつける。

 

 「お前を殺す。それから機関車を止める! 俺は生きてこの列車を降りて、ニュアージュにいる【業火の魔女】を殺す!」


 そして、あいつと話をする。

 お互いの腹を割って、俺はあいつの心の奥に秘められていた秘密をゆっくりと聞くんだ。


 「さぁ、来いよ」


 そのためにも、今は。


 「お前のそのショボい復讐心、俺が真正面から踏み潰してやるから」




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