「第十五話」死んでない

 目覚めて初めて感じたのは「熱さ」だった。焚き火の近くに座っている時の乾いた熱さ、それが全身をジリジリと蝕んでいた。


 「ここは、一体……?」


 起き上がって床に手をつくと、そこには滑らかな粘液があった。

 目を移すとそれは赤黒く、鼻腔の奥に鉄臭さを感じた瞬間、私はそれが血だということを理解した。──顔を上げるとそこには血まみれの胴体。更に顔を上げると、そこには。


 「おえっ、ううっ……うっ!」


 耐えられなかった。死んだことは数え切れないほどあるが、誰かの死体を見るのは何度経験しても慣れる気がしない……吐き出すものを全て吐き出し、私は気持ちをどうにかして切り替えた。


 冷静になれ、私。

 今の自分が置かれている状況を、冷静に分析するんだ。


 「……ここは、操縦席?」


 座っているのは機関士だろうか? 無残な殺され方だ。首から上が吹き飛んで機関室の壁にぶち撒けられている。

 

 さて、どうして私はここにいる? 

 冷静に思い出せ。私に何があって、どうして今こんな事になっているのかを。


 (……そうだ、私。トイレに入ったらすぐに殺されて)


 身体はずたずたにされたが意識だけは残っていたから覚えている。そうだ、私はトイレで殺されて……その後に車両の屋根の上からここに運ばれたんだ。──気配を覚えている。恐怖を覚えている。あれは、紛れもなく魔女だ。


 「フォルクトに伝えなくては……!」

 『【執行人】ならついさっき殺したよ』


 振り返るとそこには女が立っていた。白髪、高身長。白いコートに白いズボンに白いブーツ……赤い目以外の全てが真っ白のそれは、不敵に私に微笑みながらそう言った。


 「……」

 『聞こえなかったかな? 【執行人】のガキは、さっき僕が列車から突き落としたよ』

 「……ふ」

 『あーでも、あいつ【ヴァルプルギスの夜】を終わらせた英雄くんなんだっけ? じゃあ生きてるかもね、身体丈夫そうだし……まぁ、腕か足のどっちか吹き飛んでるんじゃないかな?』 

 「ふざけるなぁ!」


 懐からナイフを取り出す。私はそれを、真っ直ぐ魔女の方に向けて投げ放つ。


 『遅いなぁ、こんなんじゃ僕は殺せ……あれ?』

 「っ……!」


 浅い、首を落としきれなかった! 


 (もう、一発……!)

 『……まぁ、伊達に二百年生きてるわけじゃないよね』


 握り締めたナイフを振るうより前に、左の側頭部が地面に叩きつけられる。


 「が、っ」

 『忘れてたよ。君は、生きた年月だけなら僕達魔女に引けを取らないからね』

 

 肩が砕けた、脳が拉げた。再生まで何秒掛かる? くそっ、頭が回らない。どうにかして作戦を考えなきゃいけない、どうにかしてフォルクトを助けないといけないのに!


 『死なないのは面倒だなぁ。しょうがない、君はこうして……よし、これで動けないだろう?』

 「……っ、ぁ」


 完全に再生するよりも前に、私は太い鉄の管のようなものにロープで括り付けられた。動けない、解けない……ナイフも、二本しか持ってきていない。


 『君の不死性には興味がある。【業火の魔女】には悪いが、横から奪わせてもらうことにするよ』


 駄目だ、意識が朦朧としてきた。

 だがこれだけは言わなくてはならない。こいつには勿論、自分自身に言い聞かせるために。


 「……で、ない」

 『うん?』

 「フォルクトは、死んでない……!」


 呆れたような顔、嘲笑うような顔を向けられながら私の眼は閉じる。

 今のうちに笑ってろ。あと数分もしないうちに、あの人がお前の首を叩き落とすのだから。








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