「第十三話」言えない秘密
首都ニュアージュまではかなりの距離がある。
それは馬車だろうが車だろうが、どちらにしろ丸一日掛かるのは変わらない。
「……んで、列車ってわけか」
まだ朝が始まったばかりだというのに、列車内には空いている席が殆ど無かった。人、人、人……新聞を読んでいたり、腕時計を忙しく見ていたり、とにかくいっぱいいた。
ガタンガタン、線路を走る列車の車両が揺れる音。
ざわざわ、乗客たちの話し声などの雑音。
ああ、やっぱり騒がしい。
それから平和だ。ここは、あまりにも生温い日常が染み込んでしまっている。こんなところにいつまでもいたら、俺はあっという間に腑抜けてしまうだろう。
「……」
ふと、ちらりと隣の席を見る。
そこにはやはり何処か気まずそうで、なんだかあまりこっちを見てくれないアウニルがいた。
(やっぱ俺、気に障るようなこと言ってたのかな)
話題を探していた。
何か、何か、あらゆる後ろめたさや気遣いをしなくてもいいような。そんな無敵の話題を、話しかけるための動機を探していたのだ。
何やってるんだろうな、俺。
これから仕事、もしかしなくても死ぬかもしれない【魔女狩り】だってのに。
「フォルクト、聞いてますか?」
「……えっ?」
声が出てから、俺は自分が深く深い考え事の意識の底に落ちていたことを悟った。
そしてその間にも、アウニルが何度も何度も俺に声を掛けてきていたことも。
「悪い、ちょっと考え事してた」
「大丈夫ですか? なんだか顔色が優れてないような気が……」
「平気だ」
「……そう、ですか」
少し強めに言ってしまったからか、アウニルはまた黙って俯いてしまった。
何をやってるんだ馬鹿野郎、と。俺は自分をぶん殴りたくなった。せっかくアウニルの方から話しかけてくれたのに、そのチャンスを真正面から無駄にしてしまった。
「あの、フォルクト」
「う、ん?」
やけに畏まった態度、縮こまった声の音程に俺は思わず萎縮した。
言うか言わないか、わかりやすく迷いながら横目で俺をちらりちらりと見たり見なかったりを繰り返している。
「……ニュアージュまで、あとどのぐらいで着くんですかね?」
苦笑い。
なんだか、不自然に口角がつり上がっている。
「あっ、いやその。私、列車に乗るのって初めてで……馬車や車よりも早いというのはエメットさんから聞いてはいるんですが、どのぐらい早いのかうまく想像できなくって」
「何か隠してるだろ、お前」
疑問が浮かぶと同時に、俺の口は強く動いていた。
そして理解した。俺がこいつに、アウニルに抱いていた絶妙な違和感。
それは即ち、疑いだったのだ。
「朝のことを気にしてるだけかと思ったが、そうじゃねんだろ? 列車に乗る前から態度がよそよそしいっていうか、全体的に後ろめたい感じがしてたからな」
「それは……」
「答えろ、アウニル。お前は俺に何を隠してる? なんでそんなに、何に対して負い目を感じてる?」
徐々に集まる他の乗客の視線や注目など気にも留めず、俺はアウニルを問い詰めた。
俺自身、こいつ一人にここまでするのには驚いていた。怒りでも敵としての排除でもなく、ただ単にこの少女との純粋な信頼関係、人間関係を良好な状態に保っていたいという切実な願いの元、今の俺は声を荒げている。
「……私は」
言いかけて、アウニルは口をつぐんだ。
「すみません。やっぱり、言えません」
「なんでだ? 俺に言えないほどのことなのか? なぁ」
「時間が欲しいんです!」
ぎゅっ、と。
膝の上で二つの握り拳を作り、アウニルもまた声を荒げた。男の俺の声を掻き消すほど大きな声を、周囲の乗客の迷惑など一切考えていないような叫びだった。
「……お願いします。私に頭の中を整理する時間をください」
「アウニル……」
「約束します。今日が終わるまでには話します……だから」
お願いします。
切実に頭を下げられ、俺は困惑しながらも”分かった”と返事をした。するしか、無かった。
「……すみません」
そう言ってすぐに、アウニルは”お手洗いに行きます”と言って席を立った。
俺の隣には今誰もいない。ただただ、先程までここに座っていた少女の残した温もりがあるだけ……やっぱりそこには誰もいないし、ましてや話しかけて返事が来るはずもない。
だからこそ、俺は小さくぼやいた。
「……仲間じゃねぇのかよ」
返事はない。当然だ、そこには誰もいないのだから。
俺はその当たり前の事実に、分かりきっていた結果に……虚空に消えた言葉に対する返事がないことに、安心した。──そして安心している自分に、嫌気が差した。
その後も、列車は線路の上を走り続けた。
到着予定時刻よりも二時間以上速い速度を保ちながら、ずっと……ずーっと。
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