「第十話」執行人

『しぃぃいいねぇえええええっっっ!!!』


 魔女の汚い声が部屋中に響き渡ると、突如右側の石壁が内側から崩れた。出てきたのは腐肉の塊、いいや巨大な腕だった。首からぶら下がった死体を巻き込みながら、肉塊は横薙ぎに迫る。


 「──フォルクト!」


 直撃。

 私の叫びも虚しく。攻撃は、構えていたフォルクトにぶち当たった。──しかし舞い上がる粉塵の中で、彼は変わらず不動だった。


 「へぇ、見た目の割には素早いんだな」

 『腕、一本……!?』


 先程魔女に食い千切られようとしていた右腕は、今もなお鮮血を滴らせている。にも関わらず、そんな負傷した腕一本で……建物一つを吹き飛ばせるほどの威力と質量を持った一撃を受け止めている。その場から、一歩も動かされること無く。


 『貴様、本当に人間か!? いいやそんな事この際どうでもいいっ……!』


 怯えるような声を出した肉の怪物は、今度は反対側の壁から巨大な腕を出現させた。それはそのままフォルクトの左腕へと向かっていく。


 (こいつ、フォルクトを押し潰す気だ!)


 なんとかしなければ、と。私が動こうとしたその瞬間だった。


 「任せろって言ったろ?」


 ぐるん、と。手首を返し、握り締めた剣の刃を……そのまま向かってくる肉腕へと振り下ろす! ずどん、ぶちぃ。硬い繊維が千切れ引き裂かれるような音が響き、腐った血液がドロドロと吹き出す。


 『くぁっ……!』

 「ちょっとぐらい信用してくれてもいいと思うんだけど……なっ!」


 その瞬間、力が緩んで離れたもう片方の肉の腕を、フォルクトはすかさず脇で締め上げるかのようにガッチリと掴んだ。そのまま彼は片足を後方へとずらし。


 「ウォおおぁあああああああああああっ!!!!」


 雄叫びと共に引っ張り、大きく体を捻り……なんと肉の怪物から引っこ抜いてしまったのである。これまたドロドロとした血液が吹き出し、彼はそれを真正面から浴びた。


 ほとんどその場から動かず、しかし終始魔女を圧倒する彼の姿。

 思わず私は、語彙力の無い驚きを口に出していた。


 「強い……!」


 強い、あまりにも強すぎる。

 これが【魔女狩り】。いいやフォルクトと云う男なのか。魔法という圧倒的な超常を持ちながら、それでもやはり魔女共はこの人に手も足も出ない。


 彼がやることはただ一つ。あらゆる魔法、小細工を真正面から踏みにじり、確実に殺す。

 それはまさしく、罪人に対して刑を執行する【執行人】の姿そのものだった。

 

 『くっ、そがぁ……人間如きに私が……この【屍の魔女】がぁ……!』

 「屍、ねぇ」


 蠢く肉の怪物に刃を振るう。肉が削ぎ落とされ、中にいる魔女の本体らしき肉体が丸見えになる。


 『ひぃ、っ』

 「祈りは済んだか?」


 圧倒的だった。大人が子供を殺すのと同じ、まるで虐めのような一方的な暴力がそこにはあった。──だが、それは私の勝手な思い違いだったようだ。


 『……ふ、ふふ。お前では私を殺せな

 

 べしゃぁ。

 床の染みとして最後を迎えた魔女は、ぐったりとその場に伏した。剣の先端で頭を潰され即死……文字通り、【屍の魔女】は魔女の死体に成り下がった。


 「……アウニル」


 するべき事を済ましたフォルクトは、ゆっくりと私の方を振り返る。


 「大丈夫か?」

 『お前では私を殺せないと言っただろう間抜けで愚かな人間風情が』


 振り返る。だが、既に手遅れだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る