「第一章」人食いの館

「第四話」アウニルのお願い


 「──なるほど、事情は分かった」


 俺の話を全部聞いたエメットは、そう言って口の中に噛みタバコを放り込む。


 「それで、どうするつもりだ?」

 「色々言っちまったんだ、通せるとこまで筋は通すつもりだ」

 「そうじゃない、お前はそのアウニルとやらをどうしたいんだ?」


 しばらく俺は返答に困った。勿論口から出せる答えはあるものの、それは正直自分の口から言うことは物凄く憚られる……正直、言いたくなかった。


 「……アイツを誘き寄せるための、餌にする」


 だが、言わねばならない。


 「【業火の魔女】は生きてる。あいつが証拠だ。呪いも魔法なんだ……本人が生きてなきゃとっくに効力が切れてるはずなんだ。──それに、もうとっくのとうに調べたんだろ?」

 「……ああ」


 そう言ってエメットは、洒落た装飾の施された虫眼鏡のような物を取り出した。

 これは彼女が現役の【魔女狩り】だった頃、【眼の魔女】の二つ名を持つ魔女から奪い取った魔道具だ。あのレンズから物を覗けば、それについての知りたい情報が何でも得られるという優れモノである。


 「お前の言う通り、あの呪いは【業火の魔女】によるものだ。弱っているどころか、あの日よりも数段強くなっている」

 「……」

 「止めても、無駄なんだろうな。お前は死ぬか、奴を殺すまで変わらない」


 それが吐き捨てるような、噛み潰すような声をしていたことを、多分俺はしばらく忘れないだろう。


 「だがこれだけは聞くぞフォルクト。お前は、アウニルをどうするつもりだ?」

 

 結局お前はなにがしたいんだ、と。

 エメットはコップ一杯の水を差し出してきた。


 この人の言葉の裏には、俺への十二年間もの疑問が全て込められているように思えた。魔女が仕掛けた戦争を力ずくで終わらせ、平和になったらわざわざ探してまで魔女を殺し続けている俺に対しての、裏表のない問いが。


 「……あいつを」


 だから、ありのまま答えた。


 「【業火の魔女】を、殺す」


 握り締めた硝子と水が、俺の血と混じって滴り流れ落ちていく。


 「……そうか、分かった」


 エメットはそう言って、俺の目の前に二つの皿を並べてきた。両方とも、目玉焼きが乗ったパンが数枚のレタスとベーコンと共に乗せられている。


 「片方はお前の分だ。それを食ったらテネブルの森に行ってくれ」

 「テネブル? 随分と遠出だな、なんでだよ」

 「依頼だ」


 血の流れが早くなっていくのを、感じた。

 ああ、やはり俺は……あいつらを殺したくてたまらないのだろう。これが高揚で、自分が今物凄く暗く笑っているのが、鏡を覗かなくても分かる。

 

 「あの辺りに古い屋敷があるのは知っているな?」

 「……『人食いの館』か」


 あの石造りの屋敷のことは、俺も何度か耳にしたことがある。


 『人食いの館』


 それはテネブルの森の向こう側に建てられている、一軒の石造りの屋敷を指す。誰もいないはずなのに物音がする、話し声がする……そんな、そんな奇妙な現象が度々起きているんだとか。

 それだけではない。その屋敷の中に入った人間は……入ってからどれだけの時間が経っても戻ってこない。噂の中では、屋敷が中に入った人間を食ったのではないかと噂されているほどだ。


 「十中八九魔女の仕業だろう。──油断するなよ。今回の相手は、少なくとも十人以上の【魔女狩り】を殺しているんだ」

 「分かった」


 俺は頷き、出された食パンやら目玉焼きやらを適当に噛んで飲み込んだ。


 「うし、じゃあ行ってくる」

 

 立ち上がろうとして、ふとした疑問が浮かんだ。


 「なぁ、エメット」

 「なんだ?」

 「どうしてアウニルをここに置くこと、あっさりOKしてくれたんだ? 俺はてっきり、安全とかそういう理由で断られるもんだと思ってたんだが」

 「なぁに、簡単な話さ」


 エメットは珍しく表情筋を緩め、こう言った。


 「愛しい息子がやりたいと言うんだ。だったら、それを受け入れてやるのが親というものだろう?」


 それが優しい笑みを浮かべていることに、俺はちょっと時間が経ってから気づいた。そしてやがて、その笑顔がいつもどおりの無表情にしぼんでいく様も見た。


 「……すまない、忘れてくれ」


 そう言ってエメットは数枚、銀貨を俺の目の前に置いてきた。

 依頼人からの前金だろう。どうやら、今回の依頼は相当に危険らしい。


 「開店まであと一時間だ。なるべく早く、寄り道しないで帰ってこい」


 そう言って、エメットはいつもより大きな音を立てて階段を登った。


 「親、か」


 守ってくれて、毎日三食の飯や服や住む場所をくれて、そんな彼女とはなんだかんだ十二年間一緒に同じ屋根の下で過ごしてはきたが。

 俺はまだ、彼女がどうして煙草を急にやめた理由すら知らない。

 

 (違う)


 知ろうとして、やっぱりやめていたんだ。


 「フォルクト。どうしたんですか?」


 突っ伏していた顔を上げると、隣にはアウニルが座っていた。既に彼女の分の朝食は皿の上から消えており、彼女の頬にはパンくずがちょこちょこ付いていた。


 「エメットさんと喧嘩でもしたんですか? もしそれなら私が話しますが」

 「……違う違う、ぜんぜん違うよ大丈夫だ。ちょっとな、考え事してたんだ」


 ふう、と。

 らしくないと思いながらも目を瞑ってため息を付き、心を落ち着かせたあとに再び目を開ける。


 「俺はこれから仕事で首都に行くことになった」

 「仕事って、【魔女狩り】ですか?」

 

 まるで咎められているような気分になった。仕事に行く前の父親というものは、毎朝毎朝こんな思いをしているのだろうか。……まぁ俺はこの少女の父親でも家族でもないのだが。


 「ああ、そうだ」


 口を動かすだけでもなんだか辛かった。


 「そう、ですか。そうですよね、それがフォルクトのお仕事ですよね」

 「お前は俺が帰ってくるまでここにいろよ? ここにいれば、この世で一番強い人が守ってくれるから」

 「……あの、一つお願いがあるんですけど」

 「お願い?」


 こくり、と。小さく頷いてから、アウニルは俺の目をまっすぐ見た。


 「私に、【魔女狩り】の手伝いをさせてはいただけませんか?」



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