「第三話」雀の涙ほどの善行


 まるで、自分が上だと思っていそうな傲慢な魔女の眼の前に……俺は椅子を蹴って突っ込んだ。


 「死ね」


 一撃で決める。

 全力の殺意と飛び込み、背中にぶら下げた剣を遠心力を以て振り下ろす。──直撃。魔法を使わせるような隙も暇も与えず、俺は魔女を店の外へと叩き出した。


 地面を転がり叩きつけられ、魔女の体は吹き飛んでいく。民家の壁に身体を叩きつけられ、力なく崩れ落ちていくそれへ……俺はゆっくり、ゆっくりと迫っていた。……のだが 、彼女は何事も無かったかのように立ち上がる。


『全く躾のなっていない猿だな。いや、猿と言うのもおこがましいくらいか』


 死んでいない。

 常人ならば即死であろう斬撃をモロに受けておきながら、その魔女は衣服の土埃を払っていた。そこには初撃で叩き込んだ斬撃の痕も、傷も無い。


 『【執行人】よ、お前は私が殺してきた【魔女狩り】の中で最も獰猛で獣臭い』


 間違いなく、歴戦の魔女だ。

 生きてきた年数はまず百年を超えているだろう。魔力も、魔法の質も、戦ってきた経験や殺してきた数も桁違い。


 『やれやれ、私はせっかく話し合いをしにきたというのにな』

 「あ?」

 『言っただろう? あの少女をこちらに渡せ、そうすれば命だけは助けてやる……と』

 「……あー」


 ああ、なるほどそういうことか。

 

 「そうかそうか、お前はこう言いたいわけだ……『お前じゃ私には敵わない。無様に殺されたくなければ言うことを聞け』って」

 『その通りだよ。理解が早い君にご褒美だ、もう一度チャンs

 「断る」


 剣を握り締め、ふらついた姿勢の魔女に斬りかかる。──虚空、何か見えないものに防がれる。


 「無駄だ!」

 『ぬがぁっ!?』


 展開された結界は剣に対するもの。ならば剣以外で攻める、入れ込む、押し込む! 

 弾かれると同時に放った蹴りが、無防備に余裕ぶっていた顔面に突き刺さる。着地、同時に中指をおっ立てる。


 「その長い鼻はピノキオのコスプレか? あんまりにも似合わねぇから思わず折っちまったよ」

 『お、のれぇ……』


 思ったよりも弱い。こいつ、魔法の質は高いが実践経験はそこまで積んでいない。


 (……アウニル)


 どうして、こんなにも雑念があるのだろう。

 あれだけ渇望して、あれだけ殺したかった生物が目の前にいるというのに。まるで俺は、そんなことはどうでもいいと言いたげにあの少女の安否を脳の片隅に置き続けている。


 どうせ死なない、すぐに生き返る。

 そんな事実では消しきれないぐらいには、俺にもそういう常識が残っていたのだろうか。


 事実、あの初撃で俺は勝っているはずだったのに。殺せていたはずなのに。

 それは煩わしく、俺の太刀筋を鈍らせている。


 「……俺らしくねぇな」


 なんにせよ、やることは変わらない。

 俺は前を向き、迫りくる先程と同様の攻撃……空弾に対して構えた。


 迫る。

 迫る。

 その上で、俺の隣をすり抜ける。


 「……は?」


 なにか聞こえた。肉を潰すような音が、貫かれた誰かの悲痛な声が。

 

 「……アウニル」


 そこには重症を負って動けないはずのアウニルが、鳩尾をしっかりと撃ち抜かれていた。


 「……ぁ」

 「アウニル!」


 踵を返し走ってから、俺はなにをやっているんだと驚いていた。敵に背を向け、たかが魔女を誘き寄せるための餌である少女、しかも死なない化け物の安否に動揺を抑えられていない……俺は、血反吐を吐きながら痙攣するアウニルのもとに駆け寄った。


 「おい、しっかり……」

 「……だい、じょうぶです。言ったでしょう? 私、ほら……」


 アウニルがそう言い終わる頃には、彼女の腹の傷は塞がりきっていた。あの魔女よりも、今まで殺してきたどんな魔女よりも早い再生。──ああ、やはりこいつは不死身なんだ。


 『そうだ、そのガキは魔女じゃない。それ以上の化け物だ』


 見るとそこには、鼻元を抑えながら眉間に皺を寄せている魔女がいた。


 「……どういうことだよ」

 『簡単に言ってやろうか。そいつは不死身だ、死なない老いない朽ちない……我ら魔女が追い求める永遠を手にした化け物だ』

 「っ……」


 アウニルが俯く。


 『まさか、まさか? おいおい嘘だろ……まさか自分のことを人間だと、私達魔女よりか弱い存在として説明したのか?』

 「……」

 『当ててやろう。お前そいつに守ってもらおうとしてたんだろ、自分は被害者だと……一点の穢れもない哀れな子羊だと。──やっぱり、お前もこっち側なんだなぁ』

 

 頭を抱えながら蹲るアウニル。対象的に笑いながら昂る魔女は、先程とは比べ物にならないほどに周囲の空気をピリつかせる……即ち、魔力を放っていた。


 『我らが追い求める秘術、不老不死の禁術!! それの行使に必要な触媒は、血の繋がった四の魂!!! これが意味するものは即ち、その餓鬼は永遠の命のために家族を四人殺したということだ!』

 「う、うううっぅつ……!」

 

 アウニルが呻き、髪を掻き毟る。まるで気が狂ったかのような声を上げながら、震えながら。


 『病気か? 死にたくなかったか? 生きるためか? そのためならば自分の行いが正当化されるとでも? ──結局のところお前は私達と同じく、自分のために他者を踏み台にしただけじゃないかぁ?』


 魔女の高笑いが響く。

 何かを踏みにじった事による快感を、愉悦を見せつけるように感じている。


 『……というわけだ、小僧。その餓鬼はお前が思っているようなか弱き存在でも罪なき存在でもない。お前が善意やらなんやらで助ける義理も守る義理もない……互いに利のある取引だと思うのだが、どうだろうか、うん?』

 「……そうだな」


 まぁ、全く気づかなかったといえば嘘になるだろう。

 なんとなく人間離れしている雰囲気というか、でも魔女ではなかったから無視をしていた。だからこんな真実を知ったとしても、さほど驚くわけではなかった。


 『さぁ、そこを退くがいい。──最も、私はお前ごと殺すがな!』


 周囲の空気がピリつく。──直後、放たれる圧縮された魔力と空気の弾。

 避けれる。俺だけなら、まだ。

 そうだ、こいつは実質的には魔女と同じだ……人間じゃないし、人を殺してるし、その動機だって身勝手なもので、許されるものではないし。


 だから、と。

 

 「──ざっけんな、クソ」


 俺は、この少女を見捨てることなんてできなかった。


 「らぁあああああああああああ!!!!!」


 握り締めた剣を掲げ、振り下ろす。自らの骨や肉が軋む音、痛み……しかし、それらは力によるダメ押しゴリ押しによって吹き飛ばす。


 『なっ……!?』

 「隙だらけだ、クソ野郎」


 飛びかかり、鈍重な剣を首筋に押し当てる。


 「死にたくねぇだろ?」


 命乞い、絶望、それら全てを涙と共に零している。──それでも容赦なく、斬り潰す。


 「だから、俺達は他を踏み躙るんだよ」


 宙を舞う生首。 

 霧散していくそれは、最後の最後まで涙を流しながら俺を睨んでいるようにも見える。恨めしく、憎い許さないと血眼を向けながら。


 それでいい。

 俺はそう呟いて、剣にこびりついた血を払った。


 「魔女も人間も、どんなに言葉で着飾ろうが強くなろうが……死ぬときはみんな一緒なんだ。そこに綺麗も汚いもありゃしねぇ……生きたいんじゃねぇ、死にたくないだけ。俺等生き物なんて、所詮そんなもんだ」


 魔女の死体が完全に霧散するのを見届けてから、俺は踵を返す。そこには、何がなんだかわからないという顔で泣いているアウニルがいた。


 「……あの、その」

 「俺は気にしない」


 え? もっと困惑した顔を向けてくるアウニル。


 「俺もさ、魔女をいっぱい殺したんだよ。復讐のためとか、生きるためとか……とにかく、殺して殺して殺しまくった」

 「……でも、それは」

 「俺達は生きてる限り奪うし踏み躙る。それが多いとか少ないとかが問題なんじゃなくて、とにかく……こうしている間にも俺もお前も、誰かから何かを奪っている」


 だから。


 「それならせめて、奪われないように足掻きたいな……って、俺は思うよ」

 「──奪っても」


 アウニルは目の下をさっきよりも濡らしながら、声を詰まらせながら問うてくる。


 「迷惑をかけても、いいんですか?」

 「……ああ」


 特に理由もないが、とりあえず抱き締めてみる。あの時、あの燃え盛る村の中で一人泣いていた俺を慰めてくれたあの人が、真っ先にそうしてくれたように。


 「その分俺も、奪うだろうからな」


 今日は三つ殺した。

 魔女を一匹、二匹殺した。いつも通りだ、いつもよりちょっと多く……俺は、命を奪った。


 でも、今日。

 俺は初めて、命を奪うのではなく救った。


 雀の涙ほどの善行、きっと自己満足にもならないほどの些細なそれが、今はただ、ただ……俺の中では叫びたくなるほどに嬉しかった。







──面白かったら星やブクマ、感想など投げてくれると嬉しいです──






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