断罪のフォルクト

キリン

「序章」不老不死と復讐鬼

「第一話」狂った剣 


 『どこだ……どこだ【執行人】フォルクト!?』

 

 冬、森の中。

 赤いドレスに身を包んだ女、魔女は獲物の死体を引き摺りながら俺の二つ名を叫んでいた。

 

 息を潜め、機会を伺う。

 大木をものの一瞬で真っ二つにするような魔法だ。正面から殴り合っても勝ち目など無い。下手に動けばミンチになるのはこちらだ。

 

 『そこか!』

 

 魔女の両手で作り上げられた三角から、巨木に向けられる斬撃。俺から魔女を通る視線の向こう側の巨木が薙ぎ倒される。

 既に身を潜められるような巨木は根こそぎ薙ぎ倒されていて、最早隠れるという選択肢は消え去っていた。──けれど残念、俺は既にお前の背後から飛びかかっている。


 「【処刑に……」


 振り返った女の顔はクシャクシャに丸めた紙の様に歪んでいた。


 でも、もう遅い。

 血に錆びれた剣で、容赦なく向けられた右腕を殴り落とす。


 『──ぁ』

  

 ぽとん。

 そんな虚しい音を立て、斬り落とした腕が落ちる。それはゆっくりと霧散していき……やがて灰燼と化して消えていった。


 「右腕じゃないと魔法は使えないみたいだな」


 血が止まらない傷口の断面を抑えながら、魔女は俺のことを睨んでいた。他の魔法を使ってこないあたり、既に魔力は空になっているのだろう。


 「殺す前に一つ聞く」


 垂れ下がってくる銀髪をかきあげ、血に塗れた切っ先を鼻っ柱に向ける。


 「【業火の魔女】について知っていることを全て教えろ」

 『まっ、待ってくれ。知らない、そんなことは知らない……だが、頼む』


 痛みに悶えながら、崩れ落ちるかのように魔女は地面に頭を擦り付けた。


 『見逃してくれ、死にたくないんだ』

 「……」

 『孤児院のシスターをしているんだ。私がいなくなれば、あの子達は飢えて死んでしまう……頼む、あの子達を助けると思ってここh

 

 突きつけた刃をそのまま顔面に突き刺し、首をねじ切る。


 『──なぁ、んで』

 「お前がシスターであることも、ここの近くに孤児院があることも知ってる。──そしてそいつらが、一人のシスターを除いて全員殺された事もだ」

 『……ゆるさない。許さない、許さない許さない殺しt

 

 首だけになっても喋り続ける魔女の顔面に切っ先を叩き込み、完全に息の根を止める。すると即座に頭部も、切り離された胴体も少しずつ灰燼に帰していく……全く、何度見ても同じ人の形をした生物の死に方とは思えない。


 魔女。

 それは、人の姿をした化け物。

 

 魔法と呼ばれる超常を引き起こす術と力を持ち、悪意を以て命を穢し、殺し……自らの魔法の研究やら研鑽やらに骨の髄まで利用する外道共。雷の証明とそれに伴う発明によって神が否定された今でも、こいつらは汚い幻想として生き永らえている。

 こういう死に方は妥当だ。寧ろ、もっと苦しみのある死に方をしなければならない。


 「……」


 虚空に剣を振り、適当に剣に付着した血を払う。

 ふと、視界の端に死体が映る。先程殺した魔女が引き摺っていた子供の死体が仰向けに放り出されていた。

 それは腹の中身が抉られていたり、片腕が欠損していたり、そもそも両目が抉り抜き取られていたりなど散々な状態だった。……流石の俺も口元を抑えた。吐くのだけは、必死に抑えた。


 「……魔女め」 


 俺は思わず舌を打った。

 目を背けるかのように右腕の時計に目をやると、既に針が十一時を指していた。思ったより骨のある相手だったからか、思っていたよりも時間を食っていたようだ。


 まぁ予定もない、急がなければいけない理由もない。

 今日はとにかく疲れた。さっさと帰って、飯食って寝よう。前側に垂れ下がった銀髪を片手でかき上げ、俺はため息をついた。


 「……【執行人】、か」


 仕事で魔女を殺す時、あるいは偶然遭遇する時、必ずと言っていいほど俺はそっちの名で呼ばれる。──二百年間続いていた戦争、【ヴァルプルギスの夜】を力ずくで終わらせた、【魔女狩り】の英雄としての名で。


 魔女は俺のことを【執行人】と呼ぶ。

 あの戦争から、二百年前に始まった魔女と人間の間の大戦争から五年が経った今でも。

 

 表面的な戦争は終わった。

 まだ俺が十四のガキの頃に終わった。いいや、俺がこの手で終わらせた。


 だが俺の中での戦争は、あの日放たれた炎は未だ消えていない。

 そんなんだから俺は、あれから五年経った今でもこうして血に塗れた仕事をしているのだろう。──あの日、俺の村を焼き尽くした炎は、十二年経った今もなお俺の復讐心として燻り続けているのだ。


 俺の村は、家族は、全部が全部【業火の魔女】に燃やし滅ぼされた。

 こんな仕事に就いているのは復讐のためだ。俺からすべてを奪い、踏み躙ったあの女をこの手で見つけ出して殺す。……魔女である奴の居所を知っているのは、同じ魔女だけなのだから。


 「……ぶっ殺してやる。この手で、必──」


 がさり。

 

 「!?」


 背負っていた剣を抜き、後方に構える。

 しかしそこには何もいない。あるのは少女の死体だけ。それはそれは無惨に……無惨? あれ? なんだ、気のせいか? 千切り取られていたはずの片腕が死体にあるぞ?


 「……?」


 恐る恐る近づき、俺は死体を上から見る。──ぎゅるん。虚空だった両目に眼球が宿り、ぎょろりと俺を睨んできた。

 

 「──っ」


 逃げよう。踵を返した直後だった。


 「待って!」


 予想の外の外、そこからやってきた言葉が投げられたのは。恐怖か驚きか、思わず俺も足を止めて振り返ってしまった。──そこには、月を背に少女が立っていた。


 「ありがとう、本当にありがとう」


 顔立ちは幼かったが、体は十四か十五そこらに見える。月明かりに照らされた白い肌、淡く輝く金髪は人間と言うよりも、絵本などに語られる夢に溢れた幻獣のような印象を抱かせる。──その可憐さに見惚れていたのも束の間、その少女が走って抱きついてきたのだ。


 「っ……!?」


 確実に殺されていたはずだ。絶対に死んでいたはずだ。

 なのに、なのに。目の前の少女の身体は人並みに温かかった。俺にとってそれは逆に気味が悪く、しかしあまりにも目の前にいるのが人間すぎて……反射で突き飛ばすことも、脅威として殺すことも、どうしても躊躇ってしまう。


 (魔物か? いや、こいつは間違いなく人間。……の、はずだ)


 振り払うことも、触れることもできず、中途半端に宙で手をこまねいていた。


 「……あの、あなたのお名前は?」


 動揺しているせいなのか、どうしても俺はこの得体の知れない死んでいたはずの少女を引き剥がして逃げるなんてことはできなかった。


 「……フォルクトだ」

 

 それどころか向けられた笑顔は、ちっとも悪い気がしなかった。


 「フォルクト、フォルクト……かっこいい名前ですね!! 私はアウニルといいます!」

 「そ、そうか。じゃあなアウニル、今度は魔女なんかに捕まるなよ」

 「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 踵を返した途端、俺の片足にアウニルがしがみついてきた。


 「っぅっ!?」

 「お願いします、私を魔女から匿ってください!」

 「はぁ!? 魔女!? 知らねぇよ! ほら、離れろ! 言っとくが俺が魔女を殺したのはそれが仕事だからだ! お前を助けるためでもなんでもない! 大体なんなんだお前!? 確実に死んでたくせに……何で生き返ってピンピンしてるんだよ!?」

 「それは! ……それは、私が不老不死だからです」

 「は?」


 意味がわからなかった。が、そう言われても冗談と切り捨てられない現象を、俺はついさっきこの目で見た……見て、しまったから。

 

 (……待ってくれ、でも。いや、もしかしてだがお前)

 「実は私、ある魔女に不老不死の呪いをかけられていて……今も狙われ追われているんです」

 

 俺は、知っている。

 命に限りあるはずの生物から、ありとあらゆる死を消し去る術を持ったクソ野郎を。


 「炎を操り、殺した人間の魂を集め……それを使った禁術により千年以上を生き永らえている最強の魔女」

 「──【業火の魔女】……!」

 「……はい」


 動揺により薄まっていた炎が、再び息を吹き返す。

 そうか、こいつは。

 【業火の魔女】に追われていて、呪われていて……つまり奴は今もこいつを呪っているぐらいには元気に生きていて、そして今も追われてるっていうこのガキは。


 (目印に、なる)


 自然と、口の両端がつり上がった。


 「お願いしますよ! 私、今なにも持ってないですけど料理とかの家事ぐらいはできますし」

 「いいぜ」

 「そこをなんとか! ……えっ?」

 「いいぜ。俺が、お前を守ってやるよ」

 

 アウニルはぽかんとした顔をしていた。


 「……ほんとですか?」

 「ああ、勿論だ。まぁその代わりお前は俺の家に一緒に住んでもらうけどな」

 「もっ、勿論! 願ったり叶ったりです!」

 「決まりだな。よし、着いてこい」

 「はい! 本当に、本当にありがとうございます!」


 嬉々とした様子で、踵を返した俺の後ろをついてくる。


 (礼を言いたいのはこっちの方だ)


 道を歩きながら、俺は誰もいないのをいいことに笑みを浮かべる。


 (コイツのお陰で、獲物が向こうからやってきてくれるんだからな……!)


 さっき殺した魔女が流した血が、地面に血溜まりを作っている。

 そこに映る返り血塗れの笑みは、まるで血の雨の中で嗤う悪魔だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る