第9話 外に抜け出す方法

「ここが、図書館……!」

「ここにあるのは、もともとこの家にあったものだけではなくて、義兄上あにうえが選んで持って来てくださった本もたくさんあるんですよ!」


 私はニール君の案内で、このお屋敷にある図書館に連れて来てもらっていた。


 部屋のほとんどの場所のカーテンが閉じられているのは、本を守るためなのだそうだ。

 それでもカーテンの降りていないところのとても大きな窓を見ると、午後になればきっと窓際のソファ昼寝にうってつけの場所になりそうだ。


 私の部屋よりは小さな部屋だけれど、それでも私の記憶にあるフランソワ邸の書庫よりはずっと大きい。

 ふと本棚の下の方を見れば、偶然なのか母がよく読んでくれた懐かしい本が目に入る。私は気がつけば、自然と手に取っていた。


義姉上あねうえ、それは?」

「お母さまによく読んでもらった絵本なの。ニール君にも読んであげようか?」

「だ、大丈夫です! 義姉上あねうえにそんなことをさせたと義兄上あにうえに知られたら、大変なことになりますから!」


 突然慌て出すニール君。

 なぜなのかはわからないけれど、私よりも彼の方がずっとランスのことを知っているから彼の言う通りなのだろう。


 でも曖昧な答えを返されると、気になってしまうわけで。


「ねえ、ランスに知られたらどうして大変なことになるの?」

「そ、それは……」


 言えない事情があるのか、ニール君は突然黙りこんでしまう。

 次の言葉をしばらく待っているとようやく、彼はぼそりと何かを呟いた。


義姉上あねうえ、ちょっと鈍すぎませんか?」

「え? ごめんもう一回お願い!」

「あ、いえ。義姉上あねうえはまだここに来て二日目ですもんね。読み聞かせしていただいているところを義兄上あにうえに見つかってしまったら『そんなことをしている暇があるなら剣術の練習でも勉強でもいくらでもやることがあるだろう』と言われてしまうんですよ」


 ニール君の言葉に「あれ?」とランスの言動を振り返る。

 彼は最初「危険だから外に出てはいけない」と言っていたけれど、結局は魔法をきちんと使えるようになったらいいと言っていたし……。


「ニール君。ランスって優しい?」

「はい! ですから、僕は優しい義姉上あねうえ義兄上あにうえと結婚してくださったらとっても嬉しいです!」


 ニール君に言われて一瞬だけそんな気になってしまいかけたけれど、私は今までのランスの問題行動のあれこれを思い出して、首を横に振った。

 そのせいなのか、ニール君は少し肩を落としてしまった。


義姉上あねうえ義兄上あにうえのことが嫌いですか?」

「そうね……嫌いではないわ。けれど、結婚相手として見ることができないというか。闇魔法でこの屋敷から抜ける方法はないかしら?」

「ええっ! 義姉上あねうえ、絶対にこの屋敷からはいなくならないでくださいね」


 うるうると今にも泣きそうなニール君。

 一瞬かわいそうになってしまったけれど、もしかしてランスから私の監視を頼まれているとか、そういう可能性も考えられるのではないだろうか。


「すぐにはいなくならないわ。それは約束する。でも、そろそろ剣術の練習はいいの?」

「あ! そうでした! 行ってきます!」


 バタバタと急いで部屋を出て行くニール君。

 ようやく一人になることができた私は、闇魔法が載っていそうな本を探すことにした。


「? これは……」


 それらしき本を見つけたので棚から取り出してみれば、表紙には「禁じられた魔法」という題が書かれていた。

 一枚、二枚とページをめくってみると、中に書かれていたのは色々な闇魔法。難しい呪文もたくさんっているみたいだった。


 中には三行ぐらい読んでみて吐き気がしそうなものもあったけれど、そういうのは全部飛ばして読み進めていくと。


「すり抜ける魔法……? これだわ!」


 私はすぐにそのページに書かれている内容に夢中になってしまう。

 そのせいか、普段なら絶対に気づくはずなのに声をかけられるまで、が後ろにいることに気がつかなかった。


「レスティ、何を読んでいるの」

「ひゃっ!」


 私は思わず、本を床に落としそうになる。

 けれど慌てて抱え込んだので、彼には中身を見られていないと思いたい。


 振り返れば、そこにはもちろんランスが立っていた。


「どうしてここに」

「君が心配だったから」

「過保護にもほどがあるわ。それに私、さっきついて来ないでって言ったわよね?」


 彼は私が持っていた闇魔法の本を取り上げると、さっと書架しょかに戻した。

 どうやらランスには中身を見られなかったみたいだった。


 もし見られていたら、きっと「外に出ようとしてるんだね」とでも言われていたことだろう。


「それにしても、見られたくなさそうにしていたということは、もしかしてこの屋敷の外に出る方法を探していたのかな? 俺はあのクソ王子のように君を閉じ込めたくはないのだけれど」


 あれ? ランスって意外と口が悪い……?

 というのは今はどうでもよくて。もしかして、やっぱり見られてた?


「そ、そんなことはしないわ。私はこの屋敷を出ないってニール君と約束したもの」

「ニールのことがそんなに好きなの?」

「そ、そうじゃなくて! いえ、ニール君のことは弟ができたみたいでかわいいと思っているけれど!」


 ランスに詰め寄られて、答えにきゅうしてしまう。

 彼にとってはきっと弟のような存在のはずの、ニール君を嫌いだと言われたとしたら。別に私は、ランスを傷つけたいわけではないのだ。


 私は彼の耳元に近づいた。


「え? レスティ、もしかして──」

「詳しく説明するとね──」


 私は指輪をそっとはずし、ランスの耳元ぎりぎりまで近づく。私の考えがばれないか──ちょっと冷や汗をかいてしまう。

 そしてギリギリまで近づいた私は。──そのまま彼のすぐ側を走り抜けて、まっすぐ部屋の出口まで走った。


「そっか。レスティ、君がそのつもりなら──」


 壁をすり抜ける直前、ランスが振り返る靴音が聞こえた気がした。


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