第20話 「一生君だけを愛すると誓うから」

 庭にいた私はランスに抱きかかえられたまま、自室のソファに連れ戻された。

 彼もまた、私の隣に腰掛ける。


「俺のために頑張ってくれたんだね。とっても嬉しいよ」

「ランスのためではないわ! 町のみなさんのためだから」


 そう言えば、ランスはなぜか私の背に両手を回した。

 急に縮まる距離に、顔が沸騰ふっとうしそうになる。彼はちょっとスキンシップが激しすぎるのではないだろうか。


「でも、命をかけるような真似はもうしないで。俺、君がいなくなってしまったらきっとこの国を滅ぼしてしまうから」

「えっと……悪い冗談は言わないで!?」


 私は彼の腕の中から抜け出そうとするが、彼はまだ離してくれない。


「あの時君をうしなってしまっていたかもしれないと思うと、ね。やっぱり、君はこの屋敷の中で穏やかに暮らしてほしい」

「それは嫌よ! そんなことになるぐらいなら闇魔法で出て行くから」

「だったら死なないで……。せめて孫の顔を見られるぐらいまでは一緒にいて」


 出会ってまだたった数日。

 なのにこの人、ちょっと私に対して過保護が過ぎるのではないだろうか。


「一緒に……。一緒に、ねえ」

「ごめん。俺レスティがいないともう生きていけない」

「そんな──」


 「そんなわけがない」。そう言おうとして、ふと彼の黒曜石のように綺麗な黒色の瞳と目が合った。

 その|眼差《まなざ》しはとても真剣で、冗談や軽口ではなく心の底からそう思って言っているのだとわかる。


 こんな顔をされたら、突き放すことなんてできるわけがない。

 ランスはずるいと思う。


「あなたの気持ちはわかったわ。でも、それなら私のことも信じてよ! 死なないから!」

「君のことを全く信じていなかったら、さっき狼が来た時にすり抜けてしまった君を助けに戻らずに空に飛んで行ったりはしていないよ」


 言われてみれば、会ったばかりの時は「屋敷から出てはいけない」と言っていた彼は「仕事があったから」なのかもしれないけれど、かなり放任ほうにんしてくれていた気がする。


 けれどそこでふと先ほどのことを思い出す。


「あの、ニール君は……」

「ふぅん。レスティは他の男の話をするんだ。ニールは君が庭を花畑に戻す少し前ぐらいに使用人たちが屋敷に連れて来てくれていたから、大丈夫だよ」

「よかった」

「でも、どうして俺と大事な話をしている時に、他の男の話をするの?」

「そ、そんなつもりはっ」


 ランスの綺麗な顔が間近に迫ってくる。

 何度見ても、芸術品のようでこんな人が隣の部屋で寝ているなんて自分でも信じられない。


 彼は私のほおにしきりに何度も指を走らせる。

 この距離は心臓に悪い。けれど突然、ランスは動作を止めたかと思うと妙案みょうあんを思いついたかのように笑顔を深めた。


「ああ、そうか。他の男のことを話せないように、俺が君の口を塞げばよかったんだね」

「なっ──」


 気がつけば互いの唇が重なり、私は言葉を発することができなくなってしまっていた。

 身体もしっかりとランスに抱擁ほうようされていて、逃げ場がない。


 しばらくして、ようやく解放された私。

 それでもランスとの距離は、先ほどまでと大して変わっていない。


 けれど、心なしか彼は先ほどまでと違って少し緊張しているみたいで。

 私もつられて背筋が伸びてしまう。


「レスティ」

「なに?」

「昨日のはさすがにあんまりだったから──もう一度チャンスがほしい」


 何を言われるのだろう。もしかして「君を閉じ込めることにした」とか?

 そんな気持ちになりながらも私は頷いて、言葉の続きを固唾かたずんで見守っていると。


「──君が好きだ、レスティ。一生君だけを愛すると誓うから、俺と結婚してほしい」

「──!」


 私は一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。

 けれど時間が経つにつれて、少しずつ彼が何を言っているのかが理解できていった。出会ったあの日から彼が何度も言っていることと変わりはないのだ。


 私もランスのことは好きだ。けれど──。


「ごめんなさい」

「……俺の方こそごめん。君のことを閉じ込めようとした俺のことなんか、好きになれるはずもないよね」

「そうじゃないの! 私もランスのことは好きよ。でも、今はまだ貴方と結婚する決心がついていなくて」


 「好き」。そう口にして、に落ちる。


 工場長のおじさんのお孫さんのぬいぐるみを直した時に感じた、もやもやした気持ち。

 あれはきっと、私もランスと同じで彼に対する独占欲がはたらいていたのだ。


 それでも私はまだ、ランスと結婚するなんて幸せを自分が享受きょうじゅする資格があるのかを迷ってしまう。


「わかった。君の気持ちの整理がつくまで、俺はいつまでも待ってるから」

「ありがとう。でも、お屋敷の中に閉じ込めなくてもいいの? 逃げてしまうかもしれないわよ?」


 私が冗談半分で軽口を叩くと、彼は「面白いことを言うね」と笑顔を浮かべる。


「君が本気で逃げるつもりだったらそうしていたかもしれないけれど、俺はレスティを信じているからね。けれど、今日みたいに命をける真似だけはしないでくれると嬉しいかな」

「ぜ、善処ぜんしょするわっ」

「よろしくね。それから……もし万が一、俺の信頼を裏切って君が世界の果てまで逃げたとしても、絶対に見つけ出すから覚悟しておいてね」


 そう言って私を再び強い力で抱きしめるランス。

 その抱擁ほうようは今まで彼との間にあったどれよりも強くて「もう逃がさない」という言葉を、彼は言葉だけでなく彼自身のすべてで表現しているようだった。


 今度は口も塞がれていないはずなのに。

 「すり抜けウィアストラ」。何度も唱えた魔法の通りに唇を動かしてみたけれどそれは音にならず、ぬくもりの中に消えていった。


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虐げられた黒魔女は、邪竜公の最愛になる 庭咲瑞花 @Niwasakizuika

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