虐げられた黒魔女は、邪竜公の最愛になる
庭咲瑞花
第1話 崩れ落ちた壁
「おい起きろ、黒魔女!」
「お姉様はお寝坊さんですね~。あっ、もうお姉様じゃなくなったんでした~」
「うーん……」
「起きろと言っているだろうこの居眠り女! 貴様の願いを叶えてやるというのに何だその態度は!」
ガシャン! いら立ちをぶつけるような金属音に私、レスティ・フランソワは目を覚ました。
硬い寝台から半身を起こすと、目の前に広がっている光景は、いつも通り数年前から閉じ込められている石造りの塔の最上階の部屋。
ひんやりとした冬の冷たい空気の中、周囲を見回すと、鉄格子の向こうには普段は決してここに来るはずのない人物がふたりいた。
「ミスティ! に王子殿下!?」
私は寝台から降り、先ほど八つ当たりされたのであろう鉄格子を挟んで二人を正面から見据える。
今私の目の前に立っているのは、この国の次代を担っていく第一王子リシャール・ヴェルガノス王子と、彼の婚約者で私の双子の妹のミスティ・フランソワだ。
二人とも新雪のように真っ白な髪で、瞳は月のように銀色だ。
これは強力な光魔法の使い手に見られる特徴なのだそうで、この国では髪も瞳も真っ黒な私の闇属性魔法とは反対に、神聖で高貴で尊ばれるべきとされているのだ。
妹のミスティはたれ目がちな目じりにふわふわとウェーブした髪をしていて、色を除けば私とほとんど同じ容姿らしいのだけれど、私たちの扱いはほとんど正反対と言っていいぐらい。
闇魔法の使い手──特に女性で、かつ髪や瞳が黒ければ黒いほど──はこの国では嫌われ者なのだ。
何といっても、私がここに閉じ込められたのは、十六歳の誕生日に両親にはないしょではじめてミスティと一緒に街中に行ったからなのだから。
さいしょから周囲の人たちの目は私を恐れているようだったけれど、街の広場に出てミスティが泣きだしただけで、私の話は全く取り合ってもらえず誘拐犯扱い。
その日、私は両親がどうして外に出してくれなかったかを理解したのだった。
それはさておき。私は二人の髪色を見て「本当に色がそっくりだなぁ……」と場違いなことを考えていると、再びガシャンと鉄格子が鳴る。
リシャール王子は今にも鉄格子を壊してしまえそうなぐらいに厳しい眼差しで、私の方をまっすぐと見据えていた。
「貴様にミスティを呼び捨てにする許可を与えた覚えはない! 貴様はもうフランソワ伯爵家から
「はいはい存じ上げていることを教えていただきありがとうございます」
「何だその棒読みは! 感謝の心が全く感じられないぞ!」
「私、何も貴方に貸しを作った覚えなどないのだけれど」
「本来なら処刑されるはずだったところを、優しいミスティがここに百年拘留するだけにとどめておいてくれたというのにその恩を忘れたというのか! さすがは冷血な黒魔女だ」
百年間こんなに狭い場所で過ごす。──それは広い外の世界に憧れていた私にとっては死も同然だった。そもそも、百年も生きられた人がどのくらいいるだろうか。
彼は「貸し」だと言うけれど、私に言わせればあれは貸しでも何でもない。
「お姉様は町のことが分からないと思うからあたしが手を繋いで案内してあげる」という妹の言葉を
リシャール王子は当時から婚約者だった妹の言うことだけを信じて、私の声は一切届くことがなかった。
「リシャールさま~恩知らずのお姉様……じゃなくて~レスティなんかにこの話は聞かせるべきじゃないと思うの~」
「俺様だってそうしたいところだ。だが、あの『
「
すると目の前に、無数の光の矢が現れた。なにこれ。
「だから冷酷な黒魔女である貴様が外に出られないように、今ここで処刑してやる!」
「!」
突然身体が動かなくなる。
よく見れば、ミスティの手がこちらに向けられていて、光魔法のひとつである雷の魔法を使っているようだった。私は目を見開いて固まるしかない。
「もっと俺様の方を見ろ!」
「王国の皆さんのためにも~お姉様のことはこうするしかなかったんです~。ごめんなさいリシャールさま」
「ミスティの優しさは美徳だ。心根が優しいお前には厳しいかもしれないから、黒魔女は俺様が──」
死ぬ。そう思ったそのとき。
突如室内の空気が熱くなったかと思えば、塔の壁と天井の石レンガが外側へと飛んでいった。
それに驚いたのか、二人の魔法も消えた。同時に、今度は冬特有の冷たい風が吹き抜けていく。
「きゃ~! なに~!」
「クソッ! 俺様はこの国のために黒魔女を……!」
何が起こったのか理解できなかった。
周囲を見回せば、空に舞う黒い影がひとつ。
「ド、ド、ドラゴンだと!? いや、あれは『
巨大な黒い竜は、塔の周囲を
あれこれ今度こそ本当に死んじゃう私死んじゃう──! そう思って顔を覆った。
けれどいつまで経っても巨体がぶつかってきたような衝撃は襲ってこなかった。かわりに感じたのは、私の身体を包み込むようなぬくもりだ。
「会いたかったよ。俺のお嫁さん」
「はい?」
ぬくもりが離れていき、それとほとんど同時に私は目を開く。
振り返れば、そこに立っていたのは黒髪に黒い瞳をした、私と同じ闇魔法の使い手と思わしき
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