第7話 魔法の練習を
私は向かいに座って何かにつけて「お嫁さん」と口にするランスを冷たくあしらいながら、ニール君と三人で朝食を終えると、ペトラと四人で一緒にお屋敷の裏庭に出ていた。
庭の奥の方に広がっているのは
庭と森の境目もどこにあるのか分からないぐらいに広そうだ。
そんなふうに周りの景色を楽しみながらランスについて行った先にあったのは、木に的をつけた練習場らしき場所だった。
彼はその辺りに生えていた草を引き抜いたかと思えば。──それまで生き生きとした緑色をしていた草はあっという間に黒く染まって、散った。
「これが闇の魔法だよ。レスティもやってみて」
「さすがです
昔お母さまが教えてくれたのだけれど、草も生きているのだそうだ。
つまりランスは今、私に一生懸命生きている草を──。
「もしかして怖いの? そんなのでは外の世界では生きていけないよ。農夫だってできるのだからね」
「闇魔法って黒い髪がないと使えないものではないの?」
私は自身の心の中に浮かんだ疑問をそのままランスにぶつけた。
この人は私に何てことをさせようとしているのだろう。けれど、ランスから返ってきたのは私が思いもしない答えだった。
「別に魔法に限ったことではないんだ。俺たちが今朝食べた野菜は領民が心を込めて畑で育ててくれたものだけど、その野菜がうまく育つためには、今みたいに畑に生えてくる草を抜かなければいけない」
「でも、」
「この世界はきれいごとだけでは回っていないんだ。……もちろん、君がそんなことを知る必要はないんだけどね。だって外の世界は君を傷つけるのだから」
草の命を奪うなんてこと、したくない。
直感でそう思った私だけれど、ランスの次の答えに、私は再び自分の中にずっとあった願いを思い出す。
──外の世界を、知りたい。
今ランスが教えてくれたように、このお屋敷の外には私の知らない世界がまだまだ広がっているのだ。
そのなかにはきっと、私にとっては目を塞ぎたくなるようなものもあるのだろう。けれどそれも含めてこの世界なのだ。
「わかった。これでいいのでしょう?」
私は近くにあった
「言ってみて。──『
「ええ」
けれど、「
すると突然、頭の上から手が降ってくる。
「ちょっとランス! 私は子供じゃないのよ!」
「ごめんごめん。そういうつもりではなかったんだ。それにしても君は天才だね。俺も初日から無詠唱魔法なんて使うことはできなかったよ」
「でも壊す魔法かぁ……」
「ゴミ掃除には使えると思います!」
肩を落とす私を
でもせっかくなら壊す魔法よりも、もっと他の魔法も使ってみたいわけで。
「……闇魔法ってもっと他のものはないの?」
「ほら、君も俺の背中に乗っただろう? 俺の竜化魔法も闇魔法の一種だ」
「俺の背中……って昨日の──?」
彼の言葉に、ランスの背中に乗ってしまっていたことを思い出す。
たちまち、彼に抱きかかえられたことまで思い出してしまい、顔が熱くなる。
「レスティ、かわいい」
「ですね!」
「~~~~~!」
この
私よりも貴方達──じゃなかった。ニール君の方がかわいいのではないだろうか。
それからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した私は、大変なことに気づいてしまう。
「ランス!」
「どうしたの?」
「その、この魔法って念じたら壊れちゃうんだよね?」
「ものにもよるけれど、大体のものは壊せるよ。どうかしたの?」
やっぱり、長い間闇魔法を使ってきたランスは、
けれど彼がこのように気にしていないということは、問題ないのだろうか。
「その、うっかり魔法で物を壊してしまったり、しない?」
「──そうだね。俺もよくやった」
「じゃあ、防ぐことはできないの?」
私の予想した通り、この魔法は本人が意図しなくても「崩れろ」と念じただけで発動してしまうらしかった。
「じゃあ、あのチョーカーがあったら大丈夫?」
「あの罪人のための道具? 君の魔力はあのくらいでは縛れないよ。むしろ壊れなかったことが奇跡と言ってもいいぐらいだ」
「それじゃあ、塔の上にいた頃は一度も闇魔法を使ったことがないし、あのチョーカーがあれば」
けれどランスは、今日も私の考えを先回りして読んでいるようだった。
「もう捨てた」
「え? 今なんて?」
「だから、捨てたけれど。君を縛るためだけに使われていたあんな道具、この世界からなくなってしまえばいいんだ。君の側にずっといるのは、俺だけでいい」
「え、遠慮するわ!」
ランスの考えを聞いた私は、思わず彼の肩を前後に揺すってしまう。
けれどいつまで経ってもびくともしないランスに私はぴたり、と無駄な前後運動をやめた。
ランスなんて私が運動させるよりも、運動せずにぶくぶくと太って──ちょっと想像できない。まだ昨日会ったばかりだからかな?
「それじゃあ、何かかわりになるものはないの?」
「そうだね──わかった。俺と一緒に来て」
そう言ってランスから差し出される何度目かの右手。
私はもちろんそれをあっさり無視することにした。返ってきたのは苦笑だ。
「レスティは俺とそんなに手を繋ぎたくないの?」
「どうして私が貴方と手を繋がないといけないの?」
「俺達は未来の夫婦だから」
もしかしてランスは人をいらだたせる天才なのだろうか。
彼の言うことなすことすべてが、いちいち私の
リシャール王子とある意味似ているかもしれないけれど、彼と違って私がつけいる隙が一切ない。
「ふざけないで」
「婚約の許可は国王陛下のお墨付きだよ」
もしかしてランスは私のためを装いながら、本当は自分のために動いているのでは?
「魔法が使えるようになったら屋敷の外に出てもいい」と言っていたけれど、彼の目当てが私と結婚することなら、魔法を使えるようになったところで外に出してもらえない可能性も疑わないといけないかも……?
そんな疑問や疑いが次々と頭の中に浮かんでは消えていく。
こんな身勝手な人が私の心情なんて考慮してくれるはずがない。
「でも、結婚するのはレスティが俺のことを好きになってくれてからかな」
「……わかった。私が貴方のことを『好きになったら』結婚してあげてもいいわ」
「うん、それがいい」
ランスにはそう言ったけれど、そんな日が訪れることは絶対にないはずだ。
──なんて、この時の私はすっかりそう信じ切っていた。
そういうわけで私はランスのエスコートを拒否して、ニール君やペトラと一緒に彼の後について行くのだった。
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