第8話 お守り

 闇魔法の練習をしていて、うっかり使ってしまわないか心配になってしまった私がランスに連れられてやって来たのは。


「ここ、もしかして私の部屋と繫がってる部屋?」

「うん、そうだよ」


 長い廊下を歩いていけば、たどり着いたのは私の部屋の一個手前の部屋だった。

 ペトラはこの部屋には特に用事があるわけではないらしく、私の部屋の掃除をすると言って入っていってしまった。


 それはさておき。

 どうやら私は、うっかり闇魔法を使ってしまわないようにするためのお守りが置いてある部屋のすぐ隣の部屋で一夜を過ごしたらしい。


 鍵はかかっていないようで、ランスがドアノブを回すと、奥の方の窓からはまだ高く上りきっていない朝の陽光ようこうが差し込んだ。


 部屋の中には私の部屋と同じようなデザインで色違いのベッドがあって、綺麗に整えられていた。

 一瞬「ここは誰も使っていないのかな」と思ったけれど、ほこりっぽい感じはなく、むしろ清潔感の漂う香りだ。それに、ものすごくどこかでいだ覚えが──。


「──っ!」

「おいで、レスティ」

「!? おいでって、ここ貴方のお部屋でしょう!?」


 私の反応に、鷹揚おうように頷くランス。


 ミスティにさそわれたあの日まで家の外に出してもらえたことのない私でも、彼の言っていることがこの国ではおかしなことだということぐらいわかる。


「まだ結婚していないのに、貴方の部屋に入るわけにはいかないわ」

「君は俺の未来のお嫁さんだから、昼でも好きに入ってもらってかまわないよ」

「絶対来ないから!」


 見た目はいいけれど、それだけに残念すぎる。

 ランスの様子からして、彼が私と結婚したいのもなんとなく伝わってくる──のだけれど。それはそれとして下心のようなものが感じられないのでよくわからない。


 けれど、どうして彼は私と結婚したいのだろう。

 もしかして私が彼と同じ闇魔法使いであることを示す黒髪で、身分も釣り合うというだけの理由なのだろうか。


 けれど、だとしたらすぐにでも結婚式をすればいいだけなのに、結婚するのは私が彼のことを好きになってからということに説明がつかない。

 そんなことを考えている間にも、私が部屋に入らないということを理解したらしいランスは、部屋の端の方にある棚をあさっていた。


「見つけた。レスティ、取りにおいで」

「入らないわ」

「それじゃあ、あげられないな。──なんて、冗談だよ」

「え?」


 そう言って私のいる部屋の入口まで戻ってきた彼の手の中には、小さな箱が握られていた。

 彼が箱を開くと、中に入っていたのは白い石があしらわれた、シンプルなデザインの指輪だった。リングに使われている材質も銀色で、洗練された印象を受ける。


「俺が昔使っていた指輪だよ。今はもういらないから、君にあげる」

「えっくれるの?」

「うん。君は俺の未来のお嫁さんだからね」


 彼の中ではやっぱり「お嫁さん」であることは変わっていないらしかった。


「手を貸して」


 私が右手を差し出すと、彼は中指に指輪をはめてくれた。

 ニール君の「わぁ」という声に、二人きりではなかったことを思い出す。


「よく似合ってるよ」

「……ありがとう」

「どういたしまして。お守りだと思って、大切にしてほしいな」


 穏やかな笑みを浮かべるランスを見ていると、激しく動き回ったわけでもないのに、なぜか胸の鼓動こどうが早くなる。


「レスティもしかして、照れてるの?」

「照れてないっ」

「どうしてそんなにかわいいの? 俺本当に大丈夫かな?」


 おかしい。こんなはずじゃなかったのに。

 けれどそのとき、ランスの手が私の髪へと伸びてきていて。


 そのことに気づいた私は、咄嗟とっさに彼の手をはたきおとした。


「さわらないで」

「ごめんね。レスティがかわいすぎるから、つい」

「貴方、ぜったいに結婚できないタイプだと思うわ」

「……うん。俺はレスティ以外の誰とも結婚するつもりはないけれど、君にそう思われたら元も子もないから善処ぜんしょするよ」


 普通そんなことを本人の前で言う人がいるのだろうか。

 いや、ここにいた。私はもう考えないことにした。


「レスティ、どこに行くの?」

「この屋敷からは出ないから、安心してちょうだい」

「よかった。庭に行くぐらいなら大丈夫だよ」


 彼の表情は見えないけれど、心底ほっとしているようだった。


 けれど、私は別にここから逃げ出そうとしていないわけではないのだ。

 そんな私に、一緒にいたニール君からかわいい声がかかる。


義姉上あねうえ、僕がお供します!」

「俺もレスティのお供をしようかな」

「ありがとうニール君。ランスはついて来ないで」


 私がそう言い残して歩き出すと、私の後ろからニール君の足音だけが聞こえてくる。

 どうやらランスは私のお願いを聞いてくれたらしい。


義姉上あねうえ、どちらに行かれますか?」

「そうね、このお屋敷に図書館はないかしら?」


 私がそう尋ねると、ニール君は「ありますよ。こちらです」と元気な声で返事した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る