第13話 鎧を直しただけなのに
私は闇魔法が役に立つ魔法であることを伝えるため、部屋にいたケンさんに「闇魔法で鎧の修復をすること」を提案した。
「やめろケン! せめて鎧を脱ぐんだ!」
「ペイズ! もし俺が死んでしまった時は──頼んだぞ」
「『
「ん? うわぁ!」
そう断言したいけれど、彼らにはじっさいに見てもらって伝えるしかないのがちょっとつらい。
ケンさんの側まで近寄った私は、鎧に触れてランスから教わった言葉を口にする。
たちまち鎧は黒い光につつまれた。最初はケンさんもものすごく驚いているようで、声にならない声を上げているようだった。
けれどそうしているうちに、鎧は綺麗さっぱり新品のそれへと近づいていく。
黒い光が収まり私が手を離せば、そこにあったのは
「ほら! 闇魔法だって人の役に立てるんです!」
「全然痛くなかった……。鎧が治ったのか?」
自身の身につけていた鎧の変化に驚いたケンさん。
私は自分の思った通りうまく成功したことに、
「レスティ殿でしたか。私にもその魔法をお願いしても?」
「わかりました」
今度はペイズさんの鎧に同じように魔法をかけていく。
もちろん鎧はあっという間に綺麗になった。
けれどふと周囲を見回してみれば、いつの間にか部屋の扉が開いていて、ケンさんがいなくなっていた。
「あれ? ケンさんはどちらに?」
「そういえばそろそろ昼時ですからね。彼も食事を取りに行ったのかもしれません。私も昼食にして来ますから、レスティ殿はこちらで待っていてください。昼食を手配しておきます」
「ありがとうございます!」
言われてみれば、お腹がすいてきた気がする。
ペイズも出ていったので一人になった室内。あれ?
「もしかして、今のうちにお屋敷に帰ればいいのでは?」
一人で口にしてみたけれど、一番いい方法な気がした。
「領主様」──つまりランスのもとに私は連れて行かれるらしいのだけれど、他人にばらされて屋敷から出ていたことがばれるのと、今のうちに帰ってそんなことはしていなかったと言い張るのだと、後者の方が圧倒的にましなはずだ。
「こっそり家を抜け出してない?」と言われたとしても、証拠がなければきっと大丈夫なはず。
それに、
ケンさんたちも他のお仕事に時間も割くこともできる。最高のアイデアだと思う。
「どこから出ようかしら……」
「鎧の修理まだ受け付けてますか!」
「えっ」
どうやって帰ろうかと悩んでいた私のもとに集まってきたのは、たくさんの
「よ、鎧の修理? ええだいじょ──」
「お前たち! こんなところで何をしている!」
聞き覚えのある声のした方を見れば、そこにいたのはケンさんだった。
けれど、心なしか先ほどまでと比べてもより一層、顔がこわばって見える。
「領主様がご到着された。お前たちはペイズと一緒にご
「了解であります!」
わらわらと部屋に現れた皆さんは、再びあっという間に姿を消した。
「レスティと言ったか。あんたはまだ領主様に会ったことはないだろう。領主様はお優しい方だが、怒ると怖いぞ」
「そ、そうなんですねー」
思わず棒読みをしてしまった。
けれど特に
ここでついて行かなかったらどうなるんだろうと思いながらも、無理やり引っ張って行かれたらそれこそランスの中での私の
今の状況はかなりピンチなのでは?
このまま引き渡されたら、私はどうなってしまうのだろう。
「ほう、黒魔女を捕らえたと。王都からこの町の途中までドラゴンに乗って来て、そんな少女が無抵抗で……とても興味深いね」
入口の吹き抜けの部屋まで到着すると、聞こえてきたのはまだ出会って数日のはずなのに、よく耳に
「こんなことをするのは君くらいだよね。レスティ?」
「ひゃ、ひゃい!」
思わず噛んでしまった。ものすごく恥ずかしい。
カツン、カツンと一歩、また一歩とランスは私のもとに近づいてくる。それもなぜかものすごく笑顔なのが怖い。
「ケン、彼女は俺の大切な未来のお嫁さんなのだけれど、何もしていないよね?」
「も、もちろんです! 私共の職務はこの町の安全を守ることなのですから、無抵抗だった彼女には、話を聞く以外何もしておりません!」
ランスは
「その鎧、どうしたの? ペイズのも新しくなっていたけれどこれはあれじゃないよね? レスティに無理やり直させたのであれば、その鎧を粉々にしてあげてもいいけれど」
「断じて無理やりはさせておりません! レスティ様のご厚意にあずかっただけでございますゆえ! どうか、ご勘弁を……」
あれ、私の呼び方が変わってる?
それはさておき。
ランスから「本当に?」といった様子の視線が飛んでくる。彼の奥の方に立っているペイズは、自分からお願いしていたのでそうかもしれないけれど、少なくともケンは私がしてあげたのだ。
私は首をぶんぶんと横に振った。
「レスティは優しいね。そこは君の美徳だと思うよ。けれど同時に、君は俺との約束を破って一人で町に出た。家に帰ったら、覚悟しておいてね?」
ランスは私の髪を一房手に取ると、そこから「ちゅ」、という音が聞こえてくる。何をされたか理解した私は、たちまち身体じゅうが熱くなっていく。
彼はそのまま流れるような動作で私をお姫様抱っこの要領で横抱きにすると、スタスタと歩き始めた。
「ちょっと待って! 離して!」
「駄目。だって、君はどこに行くか分からないと知ってしまったからね」
ランスは気づいていないみたいだけれど、町のみなさんは私たちに微笑ましいものを見るような視線を向けていて。
鎧を直しただけなのに、どうして私たちはこんなに温かな目を向けられているのだろう。
それがただただ、いたたまれなかった。
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