第15話 言えないこと (ランスSide)

「あっ義兄上あにうえ義姉上あねうえの部屋に何か用事でしたか?」

「ニール、俺に用事?」


 今日、町に行った理由を聞きだすために訪れたレスティの部屋を後にすると、そこにはニールが立っていた。

 俺がに基づく感情で、彼女を困惑させていたところを聞かれてしまってはいないだろうか。


 そう思ったが、どうやら杞憂きゆうだったらしい。


「はい。少し難しい課題の解き方が分からなくて。明日もお仕事だと聞きましたが、お時間大丈夫ですか?」

「うん。入って」


 俺は血の繋がりも何もない俺のことを「義兄あに」としたってくれる「義弟おとうと」を、自身の執務室に招き入れた。


 隣にはレスティの部屋があるが、この部屋の防音構造は高度なものになっているので、彼女に聞かれる心配はないだろう。

 さすがに「すり抜け」の魔法を使えるようになったらしい彼女も、さすがに俺の部屋に入ってきたりはしないはずだ。


「ところでその課題とやらは何かな?」

「実はですね」


 ニールはこの町の領主であった元辺境伯夫妻の一人息子で、いずれはこの地を継ぐことになるため猛勉強をしている。

 彼の父母はこの屋敷に住んでいて、周辺地域一帯を治める辺境伯だったのだが、数年前の夜、町の近くの森で魔物が大量発生した日に逃げだそうとした。


 正当な手続きを経ず、利己的な理由で領地や領民を見捨てて逃げようとするのは大罪であり、俺は彼らを王家に差し出すこととなった。


 そのため、今は一時的にシューバルト公爵である俺がこの領地を後見している。ニールが領主となるか、シューバルト公爵領に併合へいごうされることになるかは、今の段階ではまだ未定なので、辺境伯代理という方が正しいかもしれない。


 本来なら隠居いんきょした義父上ちちうえあたりが来るべきだったのだろうが、シューバルト公爵領の方は義父上ちちうえが何十年も治めていたため、公爵となったばかりの俺が来ることになったと言った方が正しい。


「つまり、ここをこうして──できました!」

「その調子で残りの問題も解いていけば問題ないよ。お前ならできるはずだ」


 ニールを見ていると、つい実の弟のことを思い出してしまう。

 いや、久しぶりに会ってみれば、まるで彼の上司であるバカ王子のリシャールそっくりになっていたことを思うと、素直なリシャールとは全く似ていないのだが。


「ところで今日も明日も屋敷を留守にするなんて、珍しいですね。今までは『外に出て誰かを傷つけるぐらいなら、閉じこもった方がマシだ』って言っていたのに」

「今回は事情が事情だから、俺が直々じきじきに向かうことにしただけだよ。それに、俺が一人で飛んでいった方が早い」

「そうですね! でもまた義兄上あにうえの背中に乗ってみたいです!」

「ごめんね。もう俺は背中にレスティ以外の誰かを乗せたくないんだ」


 俺はある種のにかかって生まれてきた子供だった。この国では誰もがそうであると考える、闇魔法に対する適正の高さもその一つではあるが。

 ──俺にとって一番の呪いは、竜化の魔法だ。


 たしかに、俺は竜化の魔法のおかげで、この領地にあだなす魔物たちをせん滅することができた。たくさんの人命が助かったのも事実だ。


 しかし、この魔法の代償は非常に大きい。

 町の人々はもちろん実の家族からも恐れられ、ついにはリシャール王子の臣下しんかとなった弟を──先に切りかかってきたのは彼の方とはいえ──腕を竜のそれにして、大怪我おおけがを負わせてしまった。


「すみません。無理を言ってしまって……」

「気にする必要はないよ」

「そういえば義兄上あにうえ、ずっと言っていましたもんね。竜化の魔法は代償として、『つがい』となる異性以外と婚姻関係を結んでしまうと、みるみるうちに心の中の全てまでが竜になってしまい、国を滅ぼしてしまうって。つがいって分かるものなんですか?」

「彼女が塔の上に閉じ込められていたことは、ずっと知っていたよ。今までは彼女をあそこから連れ出すのには力不足だったけれど、昨日はいけると思ったんだ」


 当時は顔も名前も知らなかったレスティ。しかし俺の心の中では、次第に「俺のお嫁さん」になっていった。

 そうしておとつい。はじめて会ったはずの彼女のことを、俺はずっと昔から知っていた気がしてしまったのだ。


 そして馴れ馴れしくも「俺のお嫁さん」と言ってしまった。

 それにずっと昔から知っているつもりだったから、今日も告白まがいのことをしてしまったわけで。


 やり直しの効かない人生。もう彼女にドン引きされた後だから、引くに引けない。


 一生独身暮らしを考えたこともあったが、貴族の体面を考えると、そんなことが認められるはずがないのだ。

 そしてそんな未来は、彼女を前にしてしまった今となってはもう考えたくもない。他の女性と結ばれて、国をほろぼす魔物となるのはごめんだ。


「では明日は、義姉上あねうえの平穏な生活のためにも、頑張らないといけませんね!」

「ああ。彼らの狙いはどうやらレスティのようだからね。本当、今日彼女を見つけたのが憲兵けんぺいたちでよかったと思っているよ」


 ニールが「本日はありがとうございました。おやすみなさい」と言って退出していったのを見送ると、俺も部屋に鍵をかけて向かい側にある自身の寝室へと移動する。


 隣の部屋で今頃、レスティは何をしているのだろう。

 俺は彼女が直してくれたぬいぐるみを見つめていたが、当然答えは返ってこない。


 気がつけば彼女のことばかり考えている自分自身に気がついた俺は、一人苦笑を浮かべるのだった。


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