第17話 複雑な気持ち

 私は、町の皆がランスのことを怖がっていないということを伝えるために、町に出たはずだった。……のだけれど。


「女神様が来たぞ!」

「今日もいらっしゃるなんて! ほら、服を持ってちょうだい!」

「おい! うちの工場の機械を直してくれないか?」

「ええっと……?」


 町に足を踏み入れて十数歩。

 私は早速、この町の住人の皆様に囲まれていた。


「あの~すみません!」

「このほつれた服、直してください、女神様」

「そのっ私女神じゃないんです!」


 すり抜けの魔法を使ってもいいかも、と思ったけれど、今日は寝ている時からずっと指輪をつけたままだったことを思い出す。

 あれ? ということはそもそも修復もできないのでは?


「すみません、今日はお休みなんです」

「え~そんなぁ」

「女神様? あぁ、やっぱり黒い髪だし魔女だったか」


 私は「魔女」という声が聞こえた方を振り向いていた。たぶん、さっき「工場の機械が壊れた」と言っていたおじさんだろう。

 「髪が黒いから」という理由で、お休みについて文句を言われただけなのに、なぜか私は指輪を外していた。


「黒髪だから何なんですか」

「ああん?」

「ランスはこの町を救ったんですよね? そのランスも黒髪なんです。黒髪だというだけで、闇魔法を使えるというだけで、どうしてそんな言い方になってしまうんですか?」


 そう言ってランスの悪口を言った男性にとびかかりそうになったところで、両肩をがっちりと掴まれる。

 振り向けばそこにいたのはペトラだった。


「お嬢様!」

義姉上あねうえ、落ち着いてください!」


 ペトラに続いて私を止めてくれるニール君。二人のおかげで、私は彼との距離を取ることができた。

 けれどもし、今みたいに指輪を付けていない状態で、分別もつかないような時に、うっかり誰かに触ってしまったら、どうなってしまうのだろう。


 そう思うと、あらためて自分の力にぞっとした。

 同時に、彼らがなぜ表向きはランスのことをよく思っていても、近くまで来ると彼を恐れてしまうのかも、わかってしまったような気がした。


 ──ランスが町の皆から距離を取るのも、同じ理由なのだろう。

 「うっかり」で誰かを闇魔法で傷つけてしまったら、もう手遅れだから。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「私ランスのこと、何も分かってなかった」

義姉上あねうえ……」


 皆、傷つくのが怖いのだ。ランスも、町のみんなも。

 それでも私は、そんな理由で関わりをやめてしまうのは、とてももったいないことだと思う。

 たとえ、歩み寄るのに百年や二百年ではすまない、長い長い時間が必要だったとしても。


 一歩目を踏み出せなければ、永遠に分かり合えない。


「私、ランスにこの町を、この世界を好きになってもらいたいんだと思う。ううん、好きになってはもらえなかったとしても、せめて恐れずに皆と交流してほしいのかな」


 ランスの目には、この世界がどんなものに映っていたのだろう。

 それをもっと知りたいし、「怖い」と思っているなら、それを取り除いてあげたい。


 私は、ランスの悪口をつい言ってしまった男性のもとに近づいた。


「な、なんだ? お、おいそれ以上近づくな」

「工場の機械が壊れてしまったんですよね。私の魔法で直せるかどうかわかりませんが、見せてもらえませんか?」




「いやー助かったよ! 闇魔法ってこんなことにも使えたのか。憲兵けんぺいの兄ちゃんたちが言っていたことは本当だったんだな!」

「そ、それほどでもないです……」


 広場から歩くことしばらく。

 ニール君とペトラを連れた私は、男性が工場長を務めているという工場までやって来ていた。


 一か月ぐらい止まっていた機械があっという間に直ってしまったみたいだけれど、たしかに言われてみれば、何かが壊れてしまってもすぐに直せるというのは、ものすごく便利な気がする。


 早速直った機械を動かすおじさんの表情は、とても満足気だ。


「逆に壊すこともできるんですけどね」

「こ、壊すなよ! 大事な商売道具なんだから!」

「そんなことしませんって!」


 そんな掛け合いをしながら、私は工場長のおじさんと笑い合う。

 ランスもこんなふうにみんなと仲良くできたらいいのに。そう思っていると、いつの間にか私たちのところに、ニール君と同じか少し年下ぐらいの女の子がやって来ていた。


「すまん! 俺の孫なんだ。ほらほら、女神様に迷惑をかけてはいけないよ」

「わたしのにゃーこも治して! お願い」

「わかったわ。お人形さんを直すのは得意なの」


 女の子から手渡されたのは、耳が取れてしまった猫のぬいぐるみだ。

 以前直してしまったぬいぐるみがランスのものだったせいで、彼のことが脳裏のうりに浮かんでしまう。


 直したぬいぐるみを返してあげると、女の子はキャッキャッと喜んでくれていた。

 ランスはニール君の相手が上手だし、こういう小さな子とも──と思って「あれ?」と自分の中に生まれた感情に違和感を覚えた。


 おじさんはいいのに、どうしてこの子とランスが仲良くなったことをイメージしただけでもやもやしてしまうのだろう。

 悪い子でもなさそうだから、より一層頭の中に疑問符が浮かんでしまう。


義姉上あねうえ、どうかしましたか?」

「な、なんでもないの。気にしないで」


 ふと「この人ならいけるのでは」と思って、私は社長のおじさんにランスが昔やったことについて聞いてみることにした。


「あの、ランスって昔この町で何かやったんですか?」

「ランスって領主様のことか?」

「はい。みなさん、彼のことを恐れているようだったから気になってしまって」

「機械も直してくれたし、俺の知ってる範囲なら教えてやるよ」


 そこで一度止めると、おじさんはランスがこの町でしたことについて、ゆっくりと語り出した。


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