第32話 『三連休と生徒会』

 1985年(昭和60年)9月13日(金) 放課後 <風間悠真>


「ゆーうまっ♡」


「あ!」


 教室の入り口に目をやると、3年の山本先輩だった。美人で性格も良く、スタイルのいい(推定Dカップ)先輩は男女ともに羨望の的。その彼女に呼ばれたオレは……男子の刺すような視線を感じる。


「おい悠真! なんで山本先輩がお前を呼ぶんだよ!」


「知らねえよ」


「ねえ悠真! 早くきて!」


 あああ、高遠菜々子と近松恵美の視線が痛い。男の視線なんてどーでもいいのだ。



「せ、先輩……手を……みんな見てますよ~」


 引っ張られた手の感触に完全に鼻の下を伸ばしながら、心にもないことを言う12脳。当の先輩はまったく気にしていない。多分オレを異性としては見ていないのか?


 おそらく弟的な感じ? もしくは可愛いペット?


 いやいや、弟ならまだしもペットなんて勘弁してくれ。


「悠真! 君は生徒会の仕事に興味はないかね? ♪」


 ないかね? って、どうしたいきなり学者風に。そう言えば先輩は副会長だったな。


「なーんてね。どう? 興味ない?」


「いや、そう言われても考えた事もないし、どんな事やるかもわからないので……」


「そっか、そうだよね。じゃあ、ちょっと説明させて!」


 山本先輩は嬉しそうに話し始めた。


「生徒会って、学校行事の企画とか、生徒の意見を学校に伝えたり、いろんな仕事があるの。悠真なら絶対向いてると思うんだ!」


 正直なところ全く興味がない。12脳のオレは山本先輩の色っぽさにマヒしているようだが、51脳のオレは生徒会がなんたるかも知っているし、面倒くさいのも知っている。


 せいぜい高校入試の時の内申書に多少プラスなだけだ。


「へえ、そうなんですか。でもオレ、最近忙しくて時間が……」


「でしょう! ? なんかおかしいと思ってたんだ~。最近あんまり会えないから、来年卒業だし、悠真ともっと話したいな~と思ったんだ♡ もちろん、悠真なら絶対できると思ってるよ」


 ん? んんんん? これはもしかするとワンチャンあるか?


 オレはあの夏の日の海水浴の岩場を思い出した。


 あの夏の日の光景が頭をよぎり、動揺を隠せない。やばい、下半身が……。


「あ、あはは……そうですね。先輩とも話したいですけど……」


「だよね~! と、いうわけでこの子が欠員がでた会計の後任で、私が推薦します!」


 え?


 オレは気付くと職員室の生徒会顧問、望月先生の前にたっていた。


「ああ、例の……主任をやり込めて軽音楽同好会を作ったっていう……」


「は、はは……どうも……風間悠真です」


 望月先生はオレをじっと見つめ、少し考え込むような表情を浮かべている。


「なるほど……行動力はありそうだな。しかし君は学業は大丈夫なのかね? 新しく始めた軽音同好会も、そしてクラス委員もやっているじゃないか。やるのはいいが、中途半端になりはしないかね?」


「いや……実は……」


「大丈夫です! 私がサポートします!」


 先輩が声を大にしてアピールした。


「まあ、山本さんがそういうなら、いいでしょう。欠員だから他に候補者や他薦がなければ自動的に任命される。いいかな?」


「え、あ、はい……」


「良かったね! 悠真♡」


 いや、先輩……胸が当たってるって。その張りのある柔らかな胸が……。漫画なら鼻血が出ているシチュエーションだぞ。


「じゃあ生徒会は月水金だから、忘れないようにね!」


 そういって先輩は嵐のように去って行った。





 ■音楽室


「はあ! ? お前バカじゃねえか? どうすんだよ! ただでさえ時間がないんだぞ! ギターの他にもボーカル練習すんだろ? 間に合うのか? そんなに甘くねえぞ!」


 いや、ごめん。お前の言う事はもっともだ。ほんとにごめん。でも、下半身の欲望に12脳が逆らえなかったんだよ。すまん。


「で? 確定なのか?」


「……うん、欠員だから他薦や立候補がなければそのまま任命だってさ」


「そうか。まだそっちの方がマシだな。下手に選挙とかになれば、さらに時間が割かれるから、目も当てられん!」


「お、おう……ところで、あれ? 黒川さん……なにやってんの?」


 見るとそこには2組の黒川小百合がいた。色白で黒髪のロング。大人しく幸薄そうな雰囲気だが、美人である。


「……お前、何でってそりゃあヒドいだろう? 見学者大歓迎って広告考えたのお前だろ? パラパラとだけど見学者も増えて、黒川さんも何回か来てただろ? ねえ黒川さん」


「う……うん」

 

 黒川さんは少し顔が赤い。

 

 あれ? これどういう事だ? まさかヒッキー(引きこもり)の祐介に……?


「まあいいや、悠真、ちゃんとやれよ。音楽に関しちゃ中途半端は許さねえぞ。じゃあ今日は『Tragedy』『Oriental Beat』『Malibu Beach Nightmare』『Up Around The Bend』の4曲をやって、次は『Kickstart My Heart』な。これは妥協できねえぞ」


「う、うん、わかった」





 ■翌9月14日(土) ホテル新城 ロビー


「え? なんでお前らがここにいるんだ?」


「おい、悠真、どうなってんだ? なんで女子が……しかも3人もいるんだよ」


 オレと祐介はあ然とした。


 なんと悟くんの実家であるホテル新城には、美咲・凪咲なぎさ・純美の3人がいたのである。


 まじか……あの計画、ライブを観に行くって約束の事だったけど、今日とは言ってないし、それに日帰りでもない。ホテル代だってバカにならないだろうに……。


 実はこのからくりは後日発覚するのだが、本当に、世の中は狭いものだ。部屋に荷物を置いたオレ達は、近くにあるライブハウスと兼用のスタジオに向かった。


 ここも悟くんのお父さん経営のスタジオだ。





「おー、お疲れ! さっそく始めよう! 祐介くんこんにちは。……ん? あれ? 後ろの女の子は……1人はこの前の? おい、悠真、どうなってるのかな?」


「いや……えっとですねえ……」


 オレは冷や汗が止まらない。


「まあいいや。悠真(刺されるなよ)、な?」


 祐介とオレ、悟くんとその友達のドラマー、そして観客3人の不思議な練習が始まった。





 ■翌日 9月15日(日) 五峰南中学校


「はいもしもし、五峰南中学校です。……はい、顧問は私ですが……え? 遠野さんが捻挫? ええ、はい。わかりました。お大事に」

 

 5分後。


「え? 白石さんが40℃の熱?」


 10分後。


「太田さんが腹痛?」





 次回 第33話 (仮)『世の中は広いようで狭い。それから、いくら先輩でも譲れません』

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