第18話 『純美……人は見かけによらないんだな』
1985年(昭和60年)6月23日(日) <風間悠真>
「ねえ、一休みしない?」
今日は、というのは先週は
オレ達は勉強の手を休め、純美の母親が用意してくれていたお菓子と飲み物に手をつける。期末テスト前の最後のスパートらしい。
正直、上達(点数)の度合いで言えば、明らかにギターは赤点(30点以下)なのだ。『TRAGEDY』はなんとか弾けるようになったが、ハノイの曲を全部弾ける訳ではない。
だから勉強よりもギターの練習にあてたいところだが、将来のウハウハモテモテヤリヤリ金持ち人生を勝ち取るには選択肢は多くあった方がいい。
だから勉強も怠らない。
幸い、前世の記憶が混じっているのか、成績はいい。と言ってもまだ中1の1学期の期末テストだ。先は長い。これからずっと成績上位をキープしなければならないのだ。
国語・数学・理科・社会・英語。
高校入試に必要な教科はこの5教科なので、勉強すると言えばコレだった。
今世のオレは前世みたいに手を抜く訳にはいかない。
社会と国語は前世と同じく得意だ。英語にも力を入れている。
英語の吉川先生が授業で洋楽を聴かせたときには驚いたが、今は(令和)では珍しくないらしい。それとも当時からあったのだろうか?
「なあ純美、トイレ貸してくんない?」
「いいよー。わかりにくいから案内するね。ついでにジュースのおかわり持ってくる」
そう言って純美は立ち上がって、2階の自室から1階のトイレまでを案内する。しかし、本当はトイレの場所なんてすぐわかるのだ。純美の狙いはオレとの2人きりの時間を作るためだった。
大豪邸でもない限り、一般的な家でトイレが案内しないとわからないという言い訳は、くるしい。
それでも美咲と凪咲は気にもしていない。本当にトイレを案内するんだろうと思っている。この辺は2人とも鈍感なのだろうか。
純美の家は玄関から2階への階段が見える造りになっている。
階段を降りていくと右正面に玄関が見えてくる感じだ。だからトイレに行くためには降りた後にUターン? してリビングの方へ向かわなくてはならない。
案内する純美が先に降りて、向かって手前側に降りてオレを待つ。続いてオレが純美の後に続く。前を向いて下りるので、右側に方向転換する形で後を追う。
チュッ。
!
純美がまるで事故でも起こった不可抗力のようなかたちでキスをしてきた。顔を赤らめた純美だったが、それをじっくり確認する前にオレの体が動いた。
「あ……」
サッと純美の背中に手を回して抱き寄せる形になり、流れるようにキスをする。純美のやわらかい胸がオレの胸に密着して、12脳はマヒ寸前で下半身は一瞬で熱くなった。
そしてゆっくりと純美の顔からオレの唇を離して、確認するかのように純美が目を開けるのを待つ。目を開けた純美は顔を真っ赤にして再び目を閉じる。
オレはもう一度キスをしながら、左手を純美の胸に伸ばす。弾力のある柔らかな感触が手から12脳へダイレクトに突き抜ける。
「ん……」
手が胸に触れた瞬間にかすかに純美は言葉を漏らしたが、抵抗はなかった。
オレはゆっくりと左手で感触を確かめる様になでる。
(えーっと……この次はどうするんだ?)
(いやいや、そもそもできる状況じゃねえだろ!)
(お前人ん家だぞ!)
一瞬で様々な51脳のメッセージが行き交う状況の中、2階から声が聞こえた。
「純美~」
凪咲だ。
オレと純美は慌てて離れた。純美の顔は真っ赤で息も荒いが、オレも動揺を隠せない。
「ち、ちょっと待ってね!」
純美が上の階に向かって叫んだ。オレたちは慌てて体勢を整える。純美は髪を直し、オレはシャツの襟を整えた。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
オレは小声で純美に聞いた。純美はまだ顔を赤らめたまま、小さくうなずく。
そのとき、凪咲の声が聞こえた。
「純美~、ジュース持ってくるって言ってたよね?」
オレと純美はサッと距離を取り、純美はトイレを指差してオレを誘導した。
「あ、ごめん! もうちょっと待ってて!」
「手伝おうか?」
「あーうん、大丈夫。もう少しで持っていくから」
純美の声が少し上ずっているのがわかる。オレは純美に促されるままトイレに向かった。
「ごめんね、悠真。ちょっと待っててね」
オレはうなずいてすぐにトイレに入った。
トイレに籠もったオレは、まだ
(落ち着け、落ち着け)
深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとする。外では純美が台所に向かう足音、そして階段を上がっていく足音が聞こえる。しばらくしてオレはトイレから出た。
純美はすでに2階に戻っているようだ。オレは深呼吸をして、できるだけ普通の様子を装いながら階段を上がった。
部屋に戻ると3人がオレを見た。純美の顔はまだ少し赤い。
「お帰り。遅かったね」
「ごめん、ちょっとお腹痛くて」
オレは適当に言い訳をした。おいおい、女の家でお腹痛くて大きい方はまずいだろ?
大丈夫? と美咲が心配そうに聞いてくる。
「ああ、もう大丈夫」
純美と目が合う。彼女はすぐに目をそらしたが、小さな笑みを浮かべているのが見えた。
「よーし。じゃあ勉強の続きをしよう」
オレは話題を変えようと急いで言い、全員が再び問題集に向かう。
……だいぶ時間がかかったが、ようやく興奮がさめてきた。
純美>美咲>凪咲。
これが今の進捗だな、と再認識した。
■祐介宅
「なあ悠真」
「なんだ祐介」
オレ達2人は、祐介の自宅にある倉庫で会話をしている。
庭にあるステージのような小屋のような練習スペースだ。祐介の親は米軍関係の会社を経営していて、その関連で横須賀から長崎へ越してきた。
武器関連の仕事ではない。
中古の民家を改築した家だったが、田舎だけあって広い。オレの家とは違って音を気にしなくてもいい。ちなみに相当な金持ちなのか? ドラムをはじめとした楽器一式がそろえてあった。
なんだ、この格差は? 世の中転生しても不公平だ! チートじゃねえのかよ!
「オレ達には2つの大きな問題がある」
「お、おお……」
また始まった。まるでオレと同じ転生者のような話し方でしゃべり始めた祐介は言う。
「まず、メンバーが足りない。バンドとして形をなすには、最低でも4人は必要だ。ドラムとベースとギターとボーカルだな。欲を言えばサイドギターがもう一人、あとは……キリがないけどピアノとかな」
「うん……」
確かに問題だ。オレ達2人がどんなに頑張って練習しても、無理だ。倍の4人には増えない。
「それから、発表の場だ。ライブなんて夢のまた夢だが、それでも、どこかでなんらかの発表をしないと、モチベーションも上がらないだろう?」
確かにそうだ。
「そこで、だ。文化祭があるだろう? オレは転校してすぐ調べたんだが、ここも10月に文化祭がある。それまでになんとかバンドを組んで、オレ達の、いや、その前にハードロックの良さを知らしめよう」
知らしめようって、およそ中1が使う言葉じゃねえぞ。
「うん、確かにあるが……あれは、文化祭じゃない」
それに、10月ってあと3か月しかないぞ。
「は? 何言ってんだ、ちょっと待ってろ!」
祐介はそう言って倉庫を出て母屋の方へ走っていった。5分くらいたってから、プリントらしきものを持ってきて説明した。
「ほらここ、ここに学校行事で文化祭ってあるだろう?」
オレは祐介が持ってきた、オレが過去に見たプリントをもう一度みた。
文化……までは合っていた。
『文化発表会』
「文、化、発表会?」
プリントを見た祐介が、ポカンとした感じでつぶやいた。
前世の小学校では学芸会と呼ばれていた。しかし今世の中学校では『文化発表会』となっている。つまり、文化『祭』ではなく、各クラスが催し物や展示物を披露する会なのだ。
違いが分かるだろうか?
勉強や練習の成果をクラス単位で発表するか、それに個人もしくはグループでの発表が含まれるかの違いだ。
習字や裁縫、工作物の教室での展示や、体育館では吹奏楽やコーラス、作文の発表などが行われる。発表会には、どこにもバンドが出せる要素がないのだ。時間もない。
確か前世の高校の文化祭は、バンドが体育館を占領してタイムプログラムが組まれていて、そのバンドの集客力によって、他の教室の集客が左右される状態だった。(名目上は全員体育館で聴く)
要するに午前中の人気バンドの時は各教室がガラガラで、午後に入って別のバンドが演奏となれば客が体育館外に流出するという形で、ある意味金はかかっていないが、商業的意味合いの強いライブ? である。
「うーん……」
祐介はうなっている。
「どうすんだ?」
「なんとか、ねじ込めねえかな?」
「うーん、できるかどうかわかんねえけど、美佐子ちゃんに頼んでみるか」
祐介が不思議な顔をする。
「美佐子ちゃん? 誰だ?」
「ああ……美佐子ちゃん? 山口センセだよ。この同好会の顧問」
「えええええ?」
それはオレが先生を美佐子ちゃんと呼んでいる事への驚きなのか、それとも顧問だという事実への驚きなのだろうか。
次回 第19話 (仮)『学年10位以内の試練』
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