第17話 『仁木祐介とニッキー・シックス』
1985年(昭和60年)5月23日(木)五峰南中学校 音楽室 <風間悠真>
「ああぁ? 何だって?」
『あ』に濁点がつきそうな声を出してしまった。
誰だこのくそ無礼な男は? そりゃあオレは下手だ。でも初対面の男に下手呼ばわりされる理由はないぞ。
「君、初心者?」
その男はポケットに手を入れたまま、そう言って音楽室の入り口から歩いてくる。
「お、おう……。初心者だよ、悪いかよ!」
「いや? 悪くはないよ。上手いとか下手というのは、発言者によるその対象に対する主観的な感想でしかない。だから同じ演奏だとしても、君より音楽初心者だったり、まったく楽器が弾けない者からしたら下手ではなく上手になるんだ」
な、なんだコイツ、やべえヤツか? 何を言っているんだ?
1年って言ってたよな? こんなヤツ、オレの記憶にはいないぞ? いや、いたかもしれないが、たった50人前後の同級生も、顔と名前が一致しないし、思い出せないヤツもいたんだ……。
「おい! オレは確かに初心者で上手くはないけど、初対面のお前に言われたくねえよ。じゃあ具体的に何がどう下手なんだよ?」
まったくその通りだ。確かに悟兄ちゃんみたいに上手くは弾けないが、知らねえヤツに言われる筋合いはない。
「うーん、そうだな……。教えてもいいけど、それが人に物を頼む態度かなあ……」
なんだコイツ! いきなり入ってきて暴言吐いたかと思ったら、態度だと?
「あ、じゃあいい。練習の邪魔だから出てってくれる?」
「あはははは! 冗談だよ冗談! まったくすぐ本気にするんだから! えーっとね……」
まじ何だコイツ? コイツ絶対友達いないだろ。ホントにオレと同じ12歳か? 妙に理屈っぽいし、話し方がおっさんみたいじゃねえか。
……?
まさか、な。
「例えばさ……うーん、簡単に言えば走ってる」
「走ってる?」
「そう。要するに曲に合わせようとしすぎて、テンポが前のめりになってるんだよ。……ちょっと貸してくれる? ほら、こんな風に……」
そういって祐介はオレのギターを取って弾き始めた。
ん?
「ね? ちょっと違うでしょ? 正しくはこう」
なんだこれ? 完璧じゃねえか! なんだなんだコイツは?
祐介はズレていたオレの真似をして弾いた後、正常なテンポで弾き直した。 ……なるほど。ムカつくヤツだが的確だ。自分だけじゃ分からないところってあるんだな。
「……お前何者だ? この小せえ中学でエレキやってるヤツなんて聞いた事ないぞ」
「あれ? さっき言わなかったっけ? 1年1組の仁木祐介、横須賀から転校してきました!」
祐介はそう言って笑いながら敬礼のポーズをとる。
「1人で練習してんの?」
「あ、うん」
「そっか……じゃあバンドやんない?」
「え? いや、やりたいけど人いないし……それにお前、オレと同じギターじゃねえか」
「大丈夫! オレはニッキー・シックスだから!」
な、なんですと! ?
■ある日
オレは中学に入っても小学校の時と同じように、朝の挨拶や女の子に対する褒め言葉を怠らない。
「おっはよ~。あ! その三つ編みいいね♪」
「あれ~そのバレッタ変えた? 似合ってるよ~」
「うわ~すっごい綺麗なノート。後で写させて!」
という感じで挨拶+αである。
オレは51脳をフル
前世でもプライベートではモテ男の部類には入らなかったが、フリーランスになる前は若い女性の多い職場の管理職だったので、その辺のバランスはわかる。
「あ! あの……風間、く、ん」
「え? どうしたの高田さん」
ノートが綺麗だった高田礼子だ。おっとりした感じでいつもニコニコしていて、優等生って感じがする。
ん? どうした?
「あ、あの、いや……別に、いい……」
「え? なになに? 教えてよ」
「いや、ホントにいい。ごめんなさい」
「ああ! いやいや謝んなくってもいいよ!」
いったいどうしたんだ?
「あれ、悠真、どうしたの?」
美咲と
「ああいや、ニッキーに用事があってきたんだ。あれ? どこだ?」
オレはあの後色々と考えて、結局ヤツと一緒にバンドを組む決心をした。まだまだオレ自身下手くそだし、バンドといってもギターとベースでメンバーは足りないが、それでも同志がいると嬉しい。
「ニッキーって誰?」
美咲が聞いてきた。
「いや、オレよりも身長は高くて長髪で……ああ、名前は確か仁木祐介とかいったかな」
「「「ああ……あの?」」」
絶妙にハモリがずれた3人が指さしたのは、教室の一番後ろの角の席。掃除用具の縦長ロッカーがある、あの隅っこの席だ。
ん? ……んん? 誰だあいつは?
その席には確かに祐介がいたんだが、様子がおかしい。
そこにいたのは、確かにこの前音楽室で出会った仁木祐介だった。だがその姿は前回の印象とは全く異なっている。長い前髪で目元が隠れ、うつむいたまま微動だにしない。
机の上には本が広げられているが、ページをめくる気配すらない。周りの生徒たちの
オレは思わず目を擦った。これが本当にあいつなのか? 音楽室で堂々と演奏し、オレにアドバイスをくれた奴が、どうしてこんな風に……?
「おい、あいつ本当に仁木か?」
オレは思わず3人に聞き返した。
「うん、仁木くんだよ。転校してきた時からずっとあんな感じ」
「教室じゃほとんど喋らないし、誰とも目を合わせないの」
純美が答えると凪咲も付け加えた。
「うおーい! ニッキー! 久しぶりだな! 元気にしてたか?」
オレは精一杯の明るさで、そのどんよりした席の周りの空気を吹き飛ばそうとした。
「……だ、れ?」
……。
おい、まじか。
「おいおいおい、忘れたとは言わせねえぞ! ギターがド下手な風間悠真だよ!」
「そ、そうか……」
そうか、じゃねえよ。いったいどうしちまったんだ!
「いや、お前ニッキー・シックスだろ? 仁木祐介だろ? なんでこんなに別人になってんだよ? あの、人を小馬鹿にしたような祐介はどこいったよ?」
「……お、おれ、人混み、苦手。人、づきあい、苦手」
な、ん、だ、っ、て?
まさかの二重人格者? いや、この場合なんて言うんだ? 51脳のデータベースにはない。車に乗ったりバイクに乗ると人が変わるとか、それと同じ原理なんだろうか?
デゥンデゥーン、ベンベン……ビョーンペケミョンミョン……。
「と、まあ、こんな感じかな」
おい、コイツまじ同一人物かよ。
さて、どうするか……。音楽関連で、ギターやベース弾いている時だけ本当の自分を出せるってヤツかな? まあそれならバンドには支障ないしな。
それからオレと一緒にいれば、多少はマシになるだろう。
「あ、あの、風間君、これ……」
喉が渇いたので自動販売機にお茶を買いに行こうかと、音楽室に祐介を残して出てきた時だった。
「え? なに? これ、弁当じゃん!」
休み時間に何か言いかけた高田さんがいた。
「うん。いつも給食あるけど、今日は土曜日だし、その……いつも購買でパン買ってるみたいだから、あ、迷惑だったらいいの! ぜんぜんいいの! 私が勝手に作っただけだから」
「あ、いやいや、迷惑なんかじゃないよ!」
オレは驚きつつも、高田さんの気遣いに感謝した。突然の弁当の差し入れに、どう反応していいか一瞬戸惑ったが、嬉しさが込み上げてきた。
「ホントに? あ、よかった……」
高田さんはホッとした表情で、顔が少し赤くなった。
「ありがとう! 高田さんってホント、いいやつだなぁ!」
オレは笑顔でお礼を言いながら、弁当箱を受け取る。
「じゃあ、お茶も買ってくるからさ、一緒に食べない?」
「えっ、い、いいの?」
と高田さんが目を丸くして驚く。
「もちろんさ! せっかく作ってくれたんだし、独り占めするなんて申し訳ないよ。せっかくだから一緒に食べようぜ」
高田さんは一瞬戸惑った様子だったが、すぐに小さく
「うん……ありがとう」
オレは2階に行って自販機でお茶を二本買い、3階にあがる階段の踊り場のベンチに2人で座った。
弁当を開けると、色とりどりのおかずがきれいに並んでいる。玉子焼き、から揚げ、ほうれん草のおひたし、そしておにぎりが2つ。手が込んでいて、驚くほど綺麗に作られていた。
「すごいな! こんなに手の込んだ弁当、久しぶりに見るよ」
オレは感心しながら卵焼きを口に運んだ。
「うまい! ほんとにありがとう!」
高田さんは少し照れくさそうに微笑みながら、『よかった、口に合って』と言った。
「ねえ、高田さん、礼子って呼んでいい? オレ、仲がいい奴は下の名前で呼ぶんだ。オレの事も悠真でいいからさ。ダメ?」
礼子は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに
「……うん、いいよ。じゃあ、私も悠真って呼ぶね」
その瞬間、オレは心の中でガッツポーズを決めた。
よし! 3人が4人に増えた!
いや、……不謹慎だよ。
そんな声が遠くで聞こえた気がしたが、オレの野望のためには仕方がない。
デゥンデゥーン、ベンベン……ビョーンペケミョンミョン……。
音楽室からベースの音が聞こえた。
次回 第18話 (仮)『文化祭を目指すにあたって』
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