第13話 『青春にはまだ早い。春休みの思い出』

 1985年(昭和60年)3月24日(日) 佐世保 万津港 <風間悠真>


 おい、どうしたこれ? しかも全員スカートだぞ?


 美咲は膝丈の紺色のプリーツスカートにパステルピンクのセーター、白いソックスと茶色のローファー。


 純美は膝丈の水色のワンピースと白いカーディガンに、白いタイツとメリージェーンのシューズ。


 凪咲なぎさはAラインのチェック柄のスカートとオーバーサイズのスウェットシャツ。そして白いソックスとスニーカー。


 修学旅行とは全く違う3人と、その立ち居振る舞いを51脳は分析をする。この3人は一体どうしたんだ? お互いがお互いの事をどう思っているんだろうか。


 少なくともケンカはしていないようだが、それぞれがオレを好きな事は間違いない。あの夜以降気まずい状況が続いたが、普通に戻ってからはなんというか、共同戦線?


『悠真の彼女は私よ!』が3人いる状態を許容している状況なのだろうか。


 12歳にしてそれをやっているなら、女とは末恐ろしいな。正直なところ12脳は飛び上がるくらいこのハーレム状態を喜んでいるが、51脳は冷静に分析している。


 3人がそれぞれ他の2人を認めているという事は、ある意味ハーレム状態を許容しているのか? だとすればオレの野望に近づいていることになる。



 


 港に降り立ったオレたち4人を春の柔らかな日差しが包み込む。

 

「やっと着いたー!」


「ちょっと、静かに」


 凪咲が伸びをしながら声を上げると、美咲がツンとした口調で言う。それを見た純美がフフフ、と笑った。性格は美咲がツンデレ系で純美はおっとり系、そして凪咲はストレートに行動するタイプの女だ。

 

「……じゃあ、まずは四ヶ町に行こうか」


 オレは提案した。提案というか、そもそもの目的だ。じゃあどこにいく? なんて言ったら本末転倒になる。

 

「そうね♪」


 美咲が短く答え、『楽しみー!』と凪咲が正直な感情を露わにする。

 

「お店、いっぱいあるんでしょうね♪」


 純美が期待を込めて言った。


「あ! その前に! 家に電話しなきゃ」


 オレは極楽浄土にいる12脳をたたき起こして家に電話する。

 

 親父とお袋は保守的だったが、じいちゃんは何というか先進的だった。地域で一番はじめにカラーテレビを買ったり、洗濯機や冷蔵庫、それに車を買ったり(トラック)、耕運機やトラクターなどを導入したのだ。

 

 それでも自己責任原則の人だったから、ちゃんとオレが報告することが佐世保行きの条件だったのだ。


 ターミナルの5台並んだ公衆電話から家に電話をかけると、私も~と美咲が言って凪咲や純美も続く。恐らく美咲達の親は心配ながらも友達といくなら、そして必ず電話で定時に連絡をするなら、という条件で許可したのだろう。


 友達の家や近所のショッピングモールならわかるが、フェリーで佐世保とは、かなりの行動距離だ。よく許したな。いや、もしかすると今日は日曜日だ。


 どこかに隠れて監視しているかもしれない……考えすぎか。さすがに、な。

 

 電話を終えるとオレ達は佐世保の街を歩き始めた。


 1985年の佐世保はバブル経済の影響をまだ強く受けていないが、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていて、10分も歩かずに四ヶ町アーケードに到着した。


 四ヶ町に入ってしばらく歩くと、凪咲が突然悠真の腕を掴んだ。

 

「ねえねえ、あのお店かわいい! 入ってみよう!」

  

「ちょっと! 抜け駆けしない!」


 美咲は慌てて凪咲の手を払いのける。……おい、本音だとしたらダダ漏れだぞ。


「……悠真を引っ張り回さないでよ」

 

「むー」


 凪咲がほおを膨らませるが、諦めない。『むー』とは? 多分女同士なら見せないだろう、男に可愛く見せたい仕草なのだろうか?


「ね? いいでしょ?」


「あ、うん。……いいよ」


 おい、弱すぎるぞ12脳。そんなんじゃ尻に敷かれるぞ!


 12脳のオレは、自分を巡って3人が争っているような状況に鼻の下を伸ばしていたが、まあ、可愛いものは可愛いのだろう。


 3人は店の中でいろいろとウィンドウショッピングを楽しんでいる。





 雑貨屋でのキャイキャイ? が終わってオレ達は川下楽器へと進む。途中で3人が右へ左へ目移りしているのがはっきりわかる。


「川下楽器はもうすぐよね」


 純美が優しく尋ねてきたので、『ああ、そうだね』とオレは答えて、正月の初売りの時に来たんだ、と付け足した。


「へえ、初売りに来たの?」


 凪咲が興味深そうに聞く。

 

「うん、その時にギターを買ったんだ」


「そっか……一人で来たの?」


「そうだね」


 美咲が少し照れくさそうに言うので、オレはニッコリ笑って答えた。


「今日は私たちと一緒だね!」


 凪咲が嬉しそうに腕を組んで体をくっつけてくる。


「ちょっと!」


 凪咲が右の手を、美咲が左の手をとったその後に、控えめに純美がオレの上着の裾をつかむ。


 凪咲の胸が右腕に……美咲の胸が左腕に……。こいつらはわざとやってるんだろうか? オレの(12脳)のデレデレした反応を見て、オレが喜ぶと分かってわざとやってる?


 無意識? いやいやいや……。





 川下楽器の店先に到着すると、店員が声をかけてきた。


「あれ? 君は初売りの時のギターキッズ?」


 オレは少し照れくさそうにうなずく。


「はい、その時はありがとうございました。でもキッズは止めてください。もうオレも中学生になるので」


「あはは、ごめんごめん」


 大学生のアルバイト店員にしてみれば、中学生のオレも十分にガキである。


 美咲と純美と凪咲は興味深そうにオレ達のやりとりを見ている。


「ギターの調子はどうかな?」


「いやあ、ギターはいいんです。いいんですよ。でも……オレも多少は弾けるようになってると思うんですけど、”F”が……。ちょっと苦手ですね。このまえ少しコツをつかんだんで、ちょっとずつ良くなってるとは思うんですけど」


「そっかあ……まあ、今……2か月だっけ? 十分だよ。みんなそのくらいの上達スピードだから。オレなんてもっと遅かったし」


 あはははは、と軽やかに笑うその学生は、長身でいかにもモテそうな雰囲気だ。


「それはそうと……今日は彼女連れかい? しかも3人も」


 大学生はからかう様に言う。


「わ、私違います!」


 美咲は慌てて否定したが、凪咲は違った。


「私は彼女です!」


 あ! という顔をしている美咲の横で、純美も『私が彼女です』と遠慮がちに言う。


「じゃあ私も彼女です」


 ダチョウ倶楽部みたいなノリが展開されて、さすがに51脳も苦笑いするしかない。


「ははは! そっかあ。まあ、いいや。青春だねえ。いや、青春はまだ早いか……ちょっとおいでよ」


 悟にい(新城悟と名札にあった)はそう言って店の奥へ連れて行ってくれた。


「ちょっとこれ、弾いてみて。チューニングはしてあるから」


「えええええ!」


 まずい、まずいぞ。まだ誰にも聴かせていないんだ。うちの親なんか雑音としか認識していない。しかーも、後ろには美咲と凪咲、そして純美がいるじゃあないか。


 ここで退いたらかっこ悪いし、弾けなくてもかっこ悪い……。


 どうする? どうする? どうする?





 決めた。


 やるしかない。下手くそでも、オレはまだ2か月の初心者だ。上手く弾ける訳がない。それでこの後ろの3人の女が幻滅したってそれだけの事だ!





 すう、はあ……。


 深呼吸して、やった。


 ジャッジャッジャー、ジャッジャッジャジャー、ジャッジャッジャッジャジャッジャー。


『Deep Purple』の『Smoke on the Water』だ。


「と、いう感じです!」


 なんだこれ、ぶわっと汗……冷や汗? なに汗? 心臓がバクバクしている。オレはそう言ってわずか数秒の演奏もどきを終えた。


「おお、上手い上手い。2か月でこれなら、上等だよ。ああ、それからFはね……」


 拍手をしてくれた後に、悟にいはそう言って”F”のコツを教えてくれた。


「音を出すためには、もちろんちゃんと押さえないといけないんだけど、ガチガチに握ってたら動きが固まる。これはわかるよね? だから軽く握って押すときにだけ強く、ね。あとセーハは基本全部押さえないとイケないんだけど、Fに関してはそこまでじゃない」


 と言いながら実際に押さえてみせる。


「あとは……人差し指の腹、というよりこの、手の甲からみたら右の方? を乗せる。んで少し曲げる感じかな。あとなるべく1フレットに近いとこね……」


 それから2つ3つポイントを押さえ、オレは『あっ!』と叫んだ。


 オレは天才じゃないんだよ。いくら51脳があっても音楽はド下手なんだ。メモ、メモはないか?


「あはははは。ちょっと待って」


 そう言ってコピー用紙とボールペンを持ってきてくれた。


「そうだ! あの、なんか、弾けたりします? えーっと……」


「いいよ」



 


 ジャーンチャチャーチャー、ジャーンチャチャーチャー、ジャーンチャチャーチャチャジャーン……ギュイーンウウウウウウ……。


『Scorpions』の『Black Out』


「ああこれ! 84年のヤツ!」


 オレは思わず声が出てしまった。かっけー。続いて『Michael Schenker Group』の『Cry For The Nations』を弾いてくれた。もちろんさわりだけだが、衝撃的だ。


「まあ、こんな感じかな」


 オレのまあこんな感じかな、と全く違う異次元のギターを見せられて、思わず師匠と呼びたくなった。


「ところで今日は?」


「あ、ああ。ギターの弦を探しにきたんです」


「そう、それならね……素材はニッケルかな。ブランドはERNIE BALLとDADDARIOのどっちかとして、これなんかどう?」


 どう、と言われても、良し悪しなんて分かるわけがない。オレは悟にいの勧めるままに買って、試してみることにした。





 これでオレの目的は達成した訳だが、当たり前……当たり前だとわかっていても、51脳はこうも力の差を見せつけられたらやるしかないと再び決心するのだ。


「悠真、すごいね! あの店員さんもすごかったけど、悠真もあんなに弾けるようになる?」


「まあ、いつかはね。でも、まだまだ先の話だよ」


 凪咲の質問にオレが答えると、美咲が少し恥ずかしそうに、でも真剣な目で言う。

 

「私、悠真の演奏、聴いてみたい」


 よかった、幻滅はされていないみたいだ。純美も優しく微笑みながら頷く。

 

「そうね。悠真の頑張ってる姿、素敵だと思う」


「お、おう。ありがとうな」


 12脳はテレながら返事をして、これからどうするかを考える。目的は果たした訳だし、すぐに帰ってモチベーションが上がっているまま練習したいところだが……。





「ねえ、お昼どうする?」


 凪咲が元気よく聞いてきた。

 

「そうね、どこか美味しいところないかなあ」


 3人の要望で昼飯を食べる事になったんだが、正直よく知らない。まあ、ランチだし、軽いもんでいいなら……確か佐世保バーガーがあったと思う。名前はビッグマン。


 はたして1985年の今(39年前)、あるのだろうか。

 

「そういえば、佐世保バーガーってのが有名らしいぞ」


「行ってみたい!」と凪咲。

 

『私も興味ある』と純美が続き、美咲も『うん、食べてみたいな』と頷く。


 記憶を頼りに道を進むと、あった! 良かった。歩きながら、3人はそれぞれオレの隣に並ぼうと小競り合いをしている。店に着くと、日曜日の昼時で混んでいた。


 佐世保バーガー、フライドポテト、オニオンリング、そしてミルクシェイクを注文して、通り道にあった公園に座って食べる。

 

 食事中、3人はオレのギター練習の話を聞きたがった。

 

「へえ、毎日練習してるんだ」


「すごいね、悠真」


 美咲が感心したように言うと、純美が優しく微笑む。

 

「私にも弾いて聴かせてよ!」


 凪咲が目を輝かせるが、オレは少し照れくさそうに『ぜんっぜん、まだまだだ』と答えた。

 

 食事を終え、オレたちは佐世保の街を散策する。


 おしゃれな雑貨屋や古本屋を覗いたり、公園で休憩したりしながら、楽しい時間を過ごした。





 次回 第14話 (仮)『入学式と新たな敵』

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