第2話 『職員室と女と金と地位と名誉』

 1984年(昭和59年)6月22日(金)放課後 職員室への廊下 <風間悠真>


 さて……どうするか。


 小林正人をぐちゃぐちゃにしたせいで、今オレは職員室に向かっている訳だが、別にどうと言う事はない。何を言われるかも想像がつくし、どうやって論破するかも、すでにシミュレーションができている。


 問題は、これからどうするか、だ。


 正直なところ、正人をどうするか、これから正人がどうなるかなんて全く関心がない。


 オレはなんらかの理由で2024年の令和の時代から、40年の時を遡ってタイムスリップどころか、もっと科学的に説明がつかない過去の自分に転生したのだ。


 ……したのだ、という科学的根拠などさらさらないが、そう考えないと辻褄つじつまがあわない。よく夢の中では痛みを感じない、というが、本当につねったやつがいるのだろうか?


 聞いた事がない。


 ああ、しまった。話がそれた。


 せっかく神様からもらった2回目の人生だ。謳歌しないでどうする? 幸い、新聞レベルで過去の出来事を記憶しているようだし、なぜか頭がいい(?)。


 男が成功するとして、そのステータスというか指標は何だ?


 女にはわからんかもしらんが、そりゃあ決まっている。


 金と女と地位と名誉だ。これしかない。

 

 ちょっと汚い言い方かもしれないが、シンプルでわかりやすい。まずはこの4つを手に入れるための人生設計を、今この時、11歳の夏に決めてしまおうじゃないか。


 女にモテるというのは色んな考え方があると思うが、俺が思うに、同時期に不特定多数の女と付き合う、もしくは好意を持たれる事だと定義する。


 告白される、あるいはそれの進化形の二股であり、三股でもあるかもしれない。

 

 もっと言えばセフレかな。


 いや……セフレはちょっとモテているとは違うか。まあざっくり言うと女には困らない、というくくりになるだろう。


 で、ここで大事になってくるのは、オレが社会人になってようやく人並みに(?)失敗はしたが結婚できるまでになったのは、遙かマイナスのどん底から、せめて0に持っていき、そこからなんとかプラスになるよう努力したという事実だ。


 決してモテたとは言いがたいが、少なくとも数人の女とは付き合ったし、そういう関係も持った。


 ただしそれは20代後半から30歳を過ぎてからの話で、それを今の、11歳からのティーンエイジの未来に当てはめても絶対に成功しない。





 小学生→運動神経のいい奴がモテる。

 中学生→やんちゃっぽい奴がモテる。

 高校生→カッコイイ奴がモテる。

 大学生→面白い奴がモテる。

 社会人→金持ちがモテる。





 これがオレが結論づけた世代別モテ人種一覧表だ。似たような事を書いているやつはウェブ上にたくさんいるが、そんなことはどうでもいい。オレの場合は実体験だ。


 社会人というのは年齢層が幅広いが、結婚を考えるならその対象となる男の経済力は必須だし、世の中の疑似一夫多妻制(複数の愛人)を実現しているヤツに貧乏人はいない。


 小学生の時は実際に足の速い奴がモテた。そんな奴らは総じて運動神経がいいからスポーツ万能だ。そう、オレの同級生なら大塚幸男。多分チョコレートは一番もらっていた。


 しかし運動できるやつは、なんで全種目できるのか? 今でも不思議だ。


 チョコレート? オレか? そんなもんもらった記憶なんかねえよ! 黒歴史だよ! 


 次は中学生。オレもあと半年、いや、来年の春になれば中学生なんだから、十分に考えなくてはならない。注目しなくてはいけないのは、中学生の時は、やんちゃ系、いわゆる悪そうな奴がモテるという事だ。


 勘違いしてほしくないのは、決して本当に悪い奴がモテるという訳ではない。もちろんそういうのが好きな子もいるんだろうが(男のトップの彼女で女帝ヅラする女)、ごく少数だ。


 要するに悪っぽいオーラというか、雰囲気を持っている奴。これも経験談。生粋のヤンキー(オレの時代はまだいた。今もいるんだろうか?)ではなく、ぽい奴だ。


 そして高校になると好きの対象の傾向がイケメンに偏ってくる。これも全部ではないが、イケメンには必ず彼女がいた。イケメンは各世代を問わず不動の要素だが、年齢とともにそのシェアは変動している。

 

 そしてその賞味期限も変動する。

 

 大学生は……面白い奴だ。


 これも、芸人のような面白さではなく、例えば協調性があって社交性もある、いわゆる陽キャで同調スキルがある奴がモテる。(イケメンならさらにプラス) 


 社会人は言わずもがなだ。


 金があると色んなところに遊びに行けるし、プレゼントや食事のグレードなど、目に見える指標があってわかりやすい。真面目な話だが、将来的に結婚を考えるなら、経済的に余裕がある男に女が群がるのは当然のことだ。


 まあ高校生以降の話は今考えても仕方がないので、最初の2つをどうするか? それにフォーカスして考えよう。いや、もう数ヶ月で中学生だから、やんちゃ系の研究でもするか。


 スポーツ万能系が中学に入って『好き』の対象から消える訳ではないが、正直なところ、これは当時かなりやったのだ。


 どうすれば速く走れるか? 

 どうすれば持久走でタイムを縮められるのか?

 どうすればバスケットが上手くなるか? 

 サッカーが上手くなるか? 


 ……なんでそんなに頑張ったのかって? 決まっている。アスリートと違って、小中高の男子がスポーツを頑張る理由は1つしかない。


 好きな子に良い格好したいからだ。それ以外ない(極論)。


 だが結局、足の速いヤツや運動神経がいいヤツには敵わないのだ。無理。


 だから今回はそんな事には余計な労力を一切投入しない。


 一切だ。投入したところで結果は見えている。

 

 これから中学の3年間は、いかに悪っぽさを演じるか? それから優しさとか、そういうのを磨くのもいいかもしれない。


 でも、とりあえずターゲットは決めた。


『遠野美咲』だ。長身(当時)でスレンダー。そしてショートカットの女。高飛車でツンデレ(?)。


 こいつと中学卒業までにヤル。


 小さな田舎町だから、中学はエスカレーター式だ。しかーし! 難易度で考えれば相当ハードルが高い。そもそも相手がオレじゃなくたって、相当なイケメン(要するに恋愛対象)でなければ難しい。


 その上で、そこまで許してもいい、という認識を相手に抱いてもらわなくてはならない。どうあれ、オレでなくても、中学生がそういう感情を持つとなると、かなり難しい。


 確かに、初体験が中学生の時という奴はいた。男にも女にも。ただし、どっちの場合でも、相手は高校生かそれ以上だった。今は時代的にそうでもないだろうが、40年前で、しかも超のつく田舎である。


 だが、挑戦する事に意義がある!(?)


 小学生の時の女と言えば、性の対象と言うよりも、興味半分エロ半分、というのが正しい表現かもしれない。


 男も高学年になると、女の裸に興味を持ったりしてくる。そこで女子もブラジャーをつけ始める子もいるのだが、過渡期で着用せずに体操服を着て、先端の形が膨らみの上からハッキリわかるのだ。


 男子の妄想想像力が爆発的に膨らむのは言うまでもない。


 で、その筆頭が『遠野美咲』だ。


 彼女の場合は、なんと表現すればいいだろうか……? 例えば更衣室をのぞいて、『えっちぃ!』とか『すけべぇ!』とか、言われるような感じであろうか。


 男子的に言えば、単なる『イタズラの対象』から『性欲の対象』への過渡期の感覚とでも言えばいいのか。脳内のオレ(過去の記憶をたぐり寄せて)が覚えているのは、唯一他の女(他にもいたかもしれないが)と違ってエロ要素(?)があった。


 あ、そーいえば、思い出した。他の女……太田純美。この子はまた違った感じだ。おっぱいぷるん。



 


 ……仮に失敗したとしても、中学では候補者が何人か現われる(もの凄く上から目線だが)。


 こう書くとヒドい男と思われるかもしれないが、恋愛しようにも、脳内は51歳なのだ。しかし、どうなんだ? 脳内は別として、心と体は11歳なのだろうか?


 恋愛でドキドキ、するのだろうか?


 ええい! ままよ! 2回目の人生なんだ。後悔は絶対にしない!





 ■職員室


「風間君、いったいどういう事か説明しなさい。わかるよね?」


 小学生とは言え高学年である。来年は中学生だ。大人と全く同じという訳にはいかないが、しっかり話して理由を聞けば、答えてくれるはずである。


 女教師はそう思った。校長と教頭、そして教務主任の3人を前にして、説明するように促している。


 悠真は静かに深呼吸し、教師たちの視線を一つずつ見返した。校長の厳しい表情、教頭の困惑した様子、そして教務主任の冷静な目。それぞれの反応を瞬時に読み取り、どう対応すべきか頭の中で素早く計算する。


 全てはシミュレーション通りだ。


「小林君がボクを執拗しつように挑発し続けたので、自衛のためにやむを得ず反撃しました」


 悠真は淡々と説明を始めた。その声には、11歳の子供らしからぬ落ち着きがあった。教頭が身を乗り出し、疑わしげな目で悠真を見つめる。


「自衛のためだって? 小林君の顔を見たのか? あれはただの反撃とは到底思えないぞ」


 悠真は深呼吸をして、冷静に言葉を選びながら答えた。


「はい、確かに……やりすぎたかもしれません。でもあれは、ああしなければ、ならない理由があったんです」


「しなければならない理由?」


 校長が眉を寄せ、声を荒らげる。


「それは一体何だね? あれだけ怪我をするまで殴らなくてはならない理由はなんだ?」


 はああ、と悠真はため息をした。


「その程度の理解なんですね。あの場でボクが、『やめてくれ』と言えば、正人はボクに悪口を言うのを止めていましたか?」


 教師たちは悠真の言葉に息をのんだ。11歳の少年とは思えない冷静さと論理的な物言いに、一同は言葉を失う。教頭が咳払せきばらいをし、落ち着きを取り戻そうとする。


「風間君、君の言っていることはわかる。でも、暴力で解決しようとするのは間違っている」


 悠真は静かに首を横に振った。


「先生方は本当にわかっているんでしょうか? いじめられる側の気持ちを」


 教務主任が眉をひそめ、悠真に詰め寄る。


「君は今まで、いじめられていたのか? なぜ誰にも相談しなかった?」


「相談?」


 あは! あははははは! 悠真は高らかに笑った。


「相談ですって? 相談どころか、山田先生、あなたはずっと見てましたよね? ボクが間抜け間抜けと馬鹿にされていたのを。知らなかったとは言わせませんよ。それにボクは口に出して言ったじゃありませんか。勇気を振り絞って……。でも先生、何をしてくれましたか? 子供の冗談だと思って、放置したでしょう。それでボクは確信したんです。これじゃあ何も変わらないって」


 悠真の言葉が室内に響き渡ると、空気が凍りついたかのような沈黙が訪れた。女性教師の顔が蒼白そうはくになり、他の教師たちも動揺を隠せない。

 

 校長は眉間にしわを寄せ、深刻な表情で悠真を見つめる。

 

 静寂を破ったのは、教頭の低い声だった。


「山田先生、本当なのですか?」

 

 女教師は言葉を詰まらせ、視線を泳がせる。


「そ、そんな……私は……」

 

 悠真は冷ややかな目で教師たちを見回した。その瞳には、年齢不相応な冷徹さが宿っている。


「まあ、どうでもいいです。そんな事はどうでもいいんですよ。良かったですね山田先生。この件でボクはあなたを責めませんよ。責めたところで何もかわりませんから。それよりももっと重要な事は……」





 この女の裏の面はいくつもあった。いっその事それを暴露して学校にいられなくしてやろうか? イヤイヤ、それをネタに犯してやろうか? とも考えたが、止めた。


 小学生のオレとでは体格差がありすぎるし(不可能だ)、第一好みではない。オレの脳内は51歳なのだ。顔も性格も言動も覚えている。

 

 それに大前提として、11歳の子供のオレが言う事と、くそ女教師だとしても26歳の成人女性では、発言の信憑性に天と地ほどの違いがある。


 無理だ。


 ちなみに陰口であったり、面と向かって女子(女性)に対して悪口を叩く場合に、『このくそ女! 犯すぞ!』というワードが中学生男子の間で一時期はやった。


 本人に面と向かって言う場合もあったが、仲間内で特定の女子をさして、『あのクソ女、犯すぞ!』みたいな感じで使われたのだ。


 いま考えれば馬鹿みたいな話だが、恐怖心を与える、馬鹿にする、といった意味合いなので、本当にその行為を行う事ではもちろんない。まったく性的な意味を持たずに、一人歩きしたワードだ。


 よく意味もわからず使っていた言葉なのかもしれない。いったいどこからそんなワードを知り得たのか? 


 それからそんな勇気もないのに、『ああ~やりて~』とか『あいつとしたらどんな感じかな?』という馬鹿な妄想を言い出すのも中学生になってからだ。


 冗談と本気と欲望と妄想が、ごちゃごちゃになっている。まさに、思春期である。





 それよりもっと大事な事とは……。





 次回 第3話 (仮)『雨の日の体育と体操服とシルエット』

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