第64話 『美咲との春休みデート』

 1986年(昭和61年)3月23日(日) <風間悠真> 福川市 福川会館


『恋愛女子』


 まあ、こうなるだろうとは思っていた。


 恋人同士で観る映画はいろんな傾向がある。今回はベタな恋愛映画だ。


 いや、この映画のストーリーや設定がじゃないよ。


 あくまでもジャンルが、だ。


 相手にもよる。


 何が観たい? うーん、何でも良いよ! ってパターンだと完全にオレ好みの映画になるんだが、さすがにホラーとかはなしだった。ああ、いやいや前世の話はいいんだよ。


 この映画はどこだったか……地方に住む女子高校生の3人が、恋に悩んで成長していくストーリーだ。個人的にはよくわからんジャンルなんだが、女はどうもそういう設定上の恋愛に自分を重ねる傾向が多い。





「面白かった?」


「え、うん……まあね」


 行きのバスとフェリーに乗っている間中、美咲はオレにべったりだった。


 この前までとは違う。


 美咲と凪咲なぎさ、それに純美あやみや礼子もそうだが、オレの方から積極的にアプローチ(身体的接触?)をして、顔をアソコにくっつけたり手でさわったりしていた。


 向こうからはせいぜい手を握ってきたり、キスをしてきたりする程度だ。


 ところが今日の美咲は密着が過ぎる。やたらとボディタッチが多いんだよ。


 ……まあ、それはそれでいいんだが、どういう心境の変化だろうか?


 ボディタッチと愛撫あいぶの違いって何だ?


 ・愛撫……やさしくなでる、さする。

 ・ボディタッチ……=スキンシップで肩や腕、背中などに軽く触れる事。


 んー……。まあボディタッチ→愛撫って感じなのかな? なんでもないヤツに触ろうとは思わんだろうし。


 だとしても明らかに今までと違うな。


 回数も多いし、触れている時間も長い。


 男も女も、好き嫌いのプラマイゼロからプラスじゃなきゃ、タッチはしない。これは誰だってそうだろう。ただ女の方が意図せずタッチするケースが多い。


 今風(?)に言えばあざと女子。


 思わせぶりな女は特にそうだ。


 意識しているしていないにかかわらず、男にしてみれば、『コイツ、オレに気があるのか?』なんて思ってしまう。


 まったく0の状態でそれをやってくるもんだから、何度痛い目を見たか。


 笑い話にしかならないが、そんなことをブツブツ考えていると美咲が何か言っている。


「お腹すいた。なんか食べよ?」


 美咲が腕に抱きつきながら言う。これは映画の影響か? いやいや、朝に会った時からそうだったぞ。

 

「ラーメン?」


「えー、もっとなんかオシャレなとこがいい」


 あ、いかんいかん。最近なんだか雑になっているときがある。これは……ダメなんだよな。オレと美咲はまだ一線を越えていないけど、ヤッテシマッタあとに、ゲスな表現だけど、エサはやらないっていう……。


 別に意識しているわけじゃない。


 なんとなく無意識にそうなってしまうんだろう。前世のイヤな癖だ。ちゃんとしろ、オレ。今世のオレはモテモテヤリヤリハーレムをつくるんじゃなかったのか?


「あ、ごめんごめん。じゃあ、喫茶店?」


「うん! ♡」



 


 福川市中央商店街のアーケードを歩きながら、適当な喫茶店を探す。


「あ、ここはどう?」


 オレが見つけて美咲に教えた店は『カフェ・ルミエール』。商店街の一角にひっそりとたたずむ店だ。


 小さな木製の看板には『Café Lumière』と控えめな筆記体で書かれている。


 その下には『SINCE 1986』の文字が刻まれているから、新しい店だ。入り口のガラス扉越しに店内の柔らかな照明がこぼれていて、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。


「いい感じじゃない?」


 美咲は店の前で立ち止まったまま、扉の向こうをじっとのぞき込んだ。


 窓際には観葉植物が並び、木製のテーブルと椅子が温かみのある空間を作っている。店内にはカウンターがあり、ガラス瓶に入ったコーヒー豆や、古びた洋酒のボトルが棚に並んでいるのが見えた。


「OK~。じゃあ入ろうか」


 扉を押すと、小さなベルがカラン、と澄んだ音を立てる。


 店内は落ち着いた照明が灯り、壁にはアンティーク調(?)の看板や、どこかの街角が映ったモノクロ写真が飾ってある。カウンター席には常連らしき年配の男性が新聞を広げ、奥のテーブルでは若いカップルが静かに話していた。


「いらっしゃいませ」


 エプロン姿のマスターがカウンター越しにほほえむ。穏やかな声に誘われて、オレたちは窓際の席に腰を下ろした。


「うん、なんか良さげ♪ 悠真、センスいい~!」

 

「へへっ、まあね。直感だよ」


 メニューを見るとブレンドコーヒーやナポリタン、ミートソーススパゲッティ、そして手作りプリンの文字が並んでいる。


 当時(前世)を思わせる雰囲気だが、中学校の時にあこがれた洋風な感じの店内に、少しだけ懐かしい気持ちになった。


 オレの頭は13脳と51脳なのだ。


「何食べる~?」


「ミートソースにする!」

 

「じゃあ、オレはナポリタンにする」


 美咲はふっとほほえんで、店内の奥を眺める。レトロなスピーカーからは、かすかにジャズのメロディが流れていた。





「ねえ、悠真。この前の話なんだけど……」


 店内の静かな雰囲気に包まれながら、美咲はまだオレの腕に寄り添っている。その仕草にオレは違和感と心地よさが入り混じるが、美咲の次の言葉を待った。


「私たち、これからどうなるの?」

 

「これからって、どういう意味?」


 オレの質問に美咲は少し戸惑った表情を浮かべた。


 下を向いてモジモジしている美咲を見て、言いたくても言えないんだろうか? と思う。


「えっと……悠真と私の関係。映画みたいにさ、私たちもどうなるのかなって……」


 ん? 意味がわからない。今の関係に悩んでいるのか?


 映画と現実を重ね合わせている? でもこれじゃ、具体的に何を心配しているのかわからないぞ。


「映画みたいにって……なんか心配事でもあるの?」


 オレは優しく尋ねる。何かを言いたいが、言えずにモジモジしているこの態度は何だ? 美咲は机の上で指を絡ませながら、言葉を探している。


「……うん。他の子たちが気になって……」


 美咲の言葉が途切れた。


 他の子? ……凪咲や純美、礼子や……菜々子や絵美がどうかしたのか?


「他の子? 何かあった?」


 オレは冷静を装いながら考える。いったいなにがあった? 美咲の答えによっては、これまでの関係が大きく変わるかもしれない。


 美咲は唇をかんで間を置いた。


「あのね、あたし悠真を、もっと知りたいんだけど……他の子たちもいるじゃん? だから……なんか、怖い」


「……うん、うん。……オレも美咲をもっと知りたいよ」


「ホント?」


 一瞬美咲の顔が輝くが、また元に戻る。


 いったいどうしたんだ?


「でも……」


「怖いってなにが怖いの?」





『オレ』+『美咲』+『他の子』の関係で、美咲が怖がることってなんだ?


「美咲、何があっても俺たちは特別な関係だ。何でも話してくれ」


 嘘じゃない。美咲も他の5人も、オレにとっては特別な存在だ。


 オレは美咲の手に自分の手を重ね、優しく握る。美咲は小さくうなずき、ゆっくりと口を開いた。


「だってさ、悠真ってモテモテじゃん? 凪咲も純美も、礼子も……菜々子も絵美も、みーんな悠真が好きだし!」


 美咲の声には、少し寂しさが混じっている。


「みんな悠真が好きじゃん。わかってる。私も……その中の一人だし……」

 

 うん、まあ……ハーレムだからね。オレは内心で苦笑した。


「美咲、聞いてくれ」


 オレは真剣な表情で美咲を見つめる。


「確かにみんなとは仲良くしてるよ。でも……それぞれ違う関係なんだ。美咲とオレの関係は、他の誰とも違って特別なんだよ」


 美咲は驚いて目を見開いた。


「本当に?」


「うん、本当」


 本当だ。それぞれが、特別な存在なんだから。


 オレは力強くうなずく。美咲の目に少しずつ安心の色が戻ってきた。


「あのさ、みんなで決めたんだ。悠真のことで抜け駆けはしないって。でも……ときどき不安になる」

 

「不安? 何が不安なんだ?」


 オレはニッコリ笑って優しく尋ねた。自分がイケメンじゃないのは百も承知だ。だから前世では雰囲気イケメンになろうと全力を傾けた。それは転生した今世でもかわらないらしい。


 オレの顔はいたって普通だ。


「悠真って、誰にでも優しいじゃん? だから……私だけじゃなくて、他の子たちとも、どんどん仲良くなっちゃうんじゃないかって……」


 ん? これってひょっとして、自分より他の女を好きになるんじゃないかって不安の表れなのかな?


「それって……もしかして自分より、美咲より他の子を好きになっちゃうんじゃないかってこと?」


 オレは思い切って聞いてみた。まあ、ジェラシーとか不安なんだろうな……。


「うん……だって、悠真は優しいから。私じゃなくて、他の子の方がいいんじゃないかって……」


「大丈夫」


「きゃっ」


 オレは人目もはばからずに美咲を抱きしめた。服の上からでもその胸の感触がわかる。


「変わらないよ。他の子が……凪咲や純美、礼子や菜々子にしたって、絵美だってそうだ。美咲より好きにはならないよ」


「悠真……は、恥ずかしいよ。みんな、みてる……」


 喫茶店の中だ。誰も見ていないことはないが、マスターは我関せずだろうし、他の客だって別に二度と会うかわからない。


「う、うん。ごめんな……」


「だ、大丈夫……」


 美咲はそういって体を寄せてきた。


 オレの言ったことは嘘じゃない。


 なんせオレはハーレムをつくるんだから。そして全員とセックスしてやりまくるんだ。だから、誰が1番とかはない。本当だ。


「安心した?」


「うん、ありがと……」


 美咲はニッコリとほほえんだ。……かわいい。


「さあ、冷めちゃうから食べよう」


 2人の料理が来てから始まった会話だが、なんとか完全に冷める前に食べ始めた。





 次回予告 第65話 『純美と灯台デート?』

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