第26話 『美咲と凪咲と純美とオレと』

 1985年(昭和60年)7月23日(火) 玉の浜海水浴場 <風間悠真>


 昨日の衝撃的な光景が頭から離れないまま、オレは午前中の練習が終わった後に海の家に向かった。叔父さんが言っていた新しいバイト3人が誰なのか、正直気になっていた。まさか知り合いじゃないよな……。


「お~い、悠真!」


 叔父さんの声が聞こえ、オレは小走りで海の家に近づいた。


「え! ?」


 そこで目にした光景に思わず足を止めた。目の前には、エプロン姿の美咲、凪咲なぎさ、純美が立っていた。3人とも笑顔で手を振っているではないか。


 バレー部の練習、早く終わったのか?


 いやいや、そこじゃない! なんでいるんだ?


「びっくりした?」


 凪咲が明るい声で言った。


「私たち、悠真と一緒にバイトすることにしたの!」


 オレは言葉を失った。昨日、叔父さんが電話で話していたのは……これか。


「そ、そうか……」


 オレは動揺を隠しきれず、とっさの返事しかできなかった。そう言えば凪咲のお母さんは叔父さんの奥さんの同級生だった。オレは葬式の時に会っているから知っていたのだ。


「悠真、知り合いか? よかったな!」


 叔父さんが笑顔で言う。


 いや、なんで? 知っていたんなら教えてくれよ。こっちにだって心の準備ってものがいろいろある……。


「じゃあ、さっそく仕事を始めようか」


 オレは深呼吸をして心を落ち着かせた。


 これは予想外の展開だったが、3人と一緒に働けるのは悪くない。むしろ、チャンスかもしれない。夏は悪魔の誘惑が男にも女にもささやく季節なのだ!


 ? 誰がそんな事言ったんだ?


「よし、じゃあみんなで頑張ろう!」


 オレは笑顔で3人に声をかけた。最初のうちは慣れない仕事に3人も戸惑っていたが、すぐにコツをつかんでいった。美咲はかき氷作りが上手く、凪咲は接客が得意だった。


 純美は黙々と働き、テキパキと注文をこなしていく。


 オレは時々、3人の姿を目で追っていた。夏の私服の、といってもみんな同じだが、その上にかぶせたエプロン姿で働く3人は、妙に大人っぽく見えたのだ。


 特に、ショートパンツから伸びる脚線美には目を奪われそうになって、鼻の下がのびてデレッとなっているのがわかる。バイトは昼からなので海水浴客が多い。


 若い男女のグループも多く、にぎやかな雰囲気になってきた。


 そんな中、オレは不穏な空気を感じ取った。


 まずは美咲だ。


「お姉さん、かき氷美味しそう!」


 20代前半くらいの男性客が、美咲に話しかけている。


「ありがとうございます! 何味にしましょうか」


 美咲は笑顔で答える。


「うーん、お姉さんのオススメは?」


 男は明らかに美咲に興味を示している。オレは少し離れた場所から、その様子を見ていた。


「そうですね、ブルーハワイが人気ですよ」


 美咲は丁寧に接客を続けている。しかし、男性の視線は明らかに美咲の体を舐めるように見ていた。


「じゃあそれで。ところでお姉さん……今何年生?」


 男はニヤニヤ笑いながら、美咲にどんどん近づいていく。オレは反射的に動き出していた。

 

「アルバイトってことは高校生?  名前なんていうの?」


 男が美咲の肩を触ろうとした時、オレは割って入った。


「おまたせしましたー!  お先にブルーハワイです」


 オレは男性客に笑顔で言った後、美咲をかばうようにして前に立った。そして男性客をそのまま笑顔で無言のまま見つめる。


 男性客は少し戸惑った様子で、オレと美咲を交互に見た。


「あ、ああ……ありがとう」


 男は気まずそうにかき氷を受け取り、それ以上何も言わずにその場を離れた。美咲はホッとした表情でオレを見る。

 

「ありがとう、悠真」

 

「気にするな。ああいう奴らには気をつけろよ」


 オレは軽く言ったが、内心はまだモヤモヤしていた。


「あの……悠真?」


「ん? なんだ?」


「ひょっとして、助けてくれた? 私がナンパされて嫌だった?」


 美咲が上目遣いで聞いてくる。


「え?  いや、そんなんじゃ……」


 オレは思わず口ごもった。確かに美咲がナンパされているのを見て、オレは無意識に動いていたのだ。


「そう……なんだ」


 美咲はなぜか、少し残念そうな表情を浮かべたように見えた。


「いや、待った。うん、うん……そう、気になった、……い、いやだった……よ」


 なんだオレ、12脳のオレはこんなことにも対処できねえのか? 51脳のオレがため息をつく。


「ほんと? 本当に?」


「ああ」


「えっへへ~。じゃあこれからも守ってね」


 暗かった美咲が急に明るく元気になった。


「あ、ああ。もちろんだ」


 オレは言葉を発しながら自分の顔が熱くなるのを感じた。美咲の笑顔を見て、胸がドキドキするのを抑えられない。


 そんな時、今度は凪咲の方で騒がしくなった。


「ねえねえ、君かわいいね。地元の子? バイト何時に終わるの?」


 大学生くらいの男性グループが凪咲に話しかけている。


「あはは、ご想像にお任せしまーす♪」


 凪咲は上手くはぐらかそうとしていたが、男性たちは諦める様子がない。オレは思わず体が動いていた。


「凪咲~!  3番テーブルのお客様、アイスコーヒーのおかわりだってさ!」


 オレは大きな声で呼びかけた。凪咲は申し訳なさそうに男性たちに頭を下げ、『失礼します!』と言ってオレの方へ向かってきた。


「ありがとう、悠真」


 凪咲は小声で言った。


「助かったよ」


「気にするな。仕事に集中しろよ」


 オレは冷静を装ったが、内心はホッとしていた。


「ねえ悠真? 私が男子と話していると気になる?」


「え? あ、そんな事で気にならねえよ」


「ナンパされても?」


「え? いや、それは……」


「あー悠真かわいい~♪ 耳が真っ赤だよ~」


「ば、馬鹿たれ! 早く行ってこいよ!」


「はーい♪ 次も守ってね~」


 おいおいどうしたオレ! なんでオレが耳真っ赤なんだよ! 確かにこの年の男は、好きな子が他の男と話していると、地獄耳になる。気になって仕方がないのだ。


 でもおれは51脳なんだぞ!


 そんなオレの内心の葛藤をよそに、今度は純美の方で騒ぎが起きていた。


「ねえ、君。この辺りで美味しいお店知らない?  一緒に探してみない?」


 20代後半くらいの男性が純美に声をかけている。純美は戸惑った様子で答えようとしている。


「えっと……私は……」


 オレは思わず体が動いていた。


「純美!  叔父さんが呼んでるよ!  注文の確認だって!」


 純美はホッとしたような表情を浮かべ、『すみません、失礼します』と男性に軽く頭を下げてオレについてきた。


「ありがとう……悠真」


 純美は小さな声で言った。オレは胸がキュンとするのを感じた。


「気にするな。仕事中はああいう奴らに気をつけろよ」


 オレは強がって言ったが、内心では『また守ってしまった』と思っていた。


 ・好きな女がナンパされていたら気が気じゃない。

 ・オレの女に手を出すな。


 どっちなのかわからない。ひょっとすると両方かも。


 5時過ぎに仕事が終わって、3人がそろってオレの元に来た。


「悠真、今日はありがとう」


「そうだよ、助かったよ」


「悠真がいてくれて安心だった」


 美咲が言うと凪咲も続き、最後に純美が恥ずかしそうに小声で言った。オレは顔が熱くなるのを感じた。なんでだ?  51脳なのに、こんな単純な言葉でドキドキするなんて。


「べ、別に。当たり前だろ。みんなを守るのはオレの……仕事っていうか……まあ、そういうもんだろ」


 オレは言葉を濁した。3人は嬉しそうに笑顔を見せた。


「よーし、これからも4人で頑張ろう!」


 凪咲が元気よく言うと、みんなで力強くうなずいた。





 第27話 (仮)『生○Vを目撃しているのを目撃された』

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