第22話 『女にモテて美少女ハーレム作るには、なにを演奏すればいいんだ?』

 1985年(昭和60年)7月15日(月)<風間悠真>


「きゃー美咲、かわいー♪ どうしたのこれ?」


「えへへ~いいでしょ。この『キスミーシャインリップ』、もらったんだ~♪」


 オレがこの前プレゼントで渡したなんちゃらリップをつけた美咲が、プチ時の人になっている。喜んでくれたのは本当に嬉しいし、流行っているというか、雑誌などで女が欲しがるものに間違いなかったようだ。


 正直、メンソレータムのキャンパスリップしか知らん。田舎だから近所の薬局にはそれしか売ってなかった。


 その美咲がオレをみて笑う。


 おいおい照れるじゃねえか……。


「ねえ美咲、風間君と付き合ってるの?」


「え、違うよお。そんなんじゃないし。てかなんで悠真が話に出てくるの?」


「ほらそれ! 名字じゃなくて名前呼びする人いないよ」


「えー、でも小学校のみんな悠真って名指しだよ。聞いてみたらいいよ」


 事実、おれは小学校の同級生からは名前呼びだった。それは今世でも変わらないが、中学に入ってからも男からは名前で呼ばれている。女はどうかわからない。

 

 まあ確かに喋ったこともないよく知らないヤツからの名前呼びは、なしだ。


 ただし、正人にだけは『風間君』と呼ばせた。この前の遠山修一にも、おれは修一と名前呼びをしたが、悠真とは呼ばせなかった。正人と同じく『風間君』だ。


『オレとお前は同列じゃないぞ』というのをわからせないと、いつ再発するかわからない。ああいうヤツらには1度なめられると、なめられ続けるからだ。


 もっとも、オレがいない所で『悠真』と呼んでいるかもしれないが、そんな事はどうでもいい。オレに関わらず、この先生きていってくれればそれだけでいい。


 そう言えば男女間の名前呼びは、恋人同士か、よほど親しくないと使わないな……。





 酒池肉林ハーレムをつくるためには分母が多い方がいい。最初の分母が2だったのが凪咲なぎさが入って3になり、今では礼子も入って4になっている。


 これを増やす。理想は女全員だが、当たり前だが好みじゃない女もいる。


 いい例が同じ小学校の山本由美子だ。


 まず、まったく色気がない。色気というかなんというか……1番適切な表現でいうと、可愛げが全くない。


 それはビジュアルではなく、全体的なものだ。中学に入って猫をかぶっているのか、小学校の時は女ガキ大将みたいな感じで男勝りだったが、ぱったりそんな話は聞かなくなった。


 まあ、年齢に関わらず、勝ち気な女は嫌いなんだよ、オレは。自己主張するのと勝ち気は違うし、控えめなのと自分の考えがないのとは違うのだ。


 そんな感じで次のターゲットは女子卓球部の高遠菜々子と近松恵美だ。2人ともタイプは違うがポニーテールが似合う女で、前世では男子の人気も高かった。


 まずは社交的な方の高遠菜々子を落とそう。





「あれ、やべえ、忘れたか?」


 周りの生徒たちが慌ただしく教科書を出す中、オレはふと気づいた。

 

 国語の教科書が見当たらない。12脳はパニクったが、別にこんな事はたいした事ではない。51脳が修正した。オレは隣の席の高遠菜々子に向き直る。


「ごめん、高遠さん」


「え? なに、風間くん」


 今はまだ、高遠さんと風間君だ。今は、ね。


 柔らかな笑顔の菜々子に、オレは何気ない様子で続ける。


「悪いんだけど、教科書忘れちゃって。もし先生に当てられたら、ちょっと見せてくれない?」

 

「うん、いいよ」


「サンキュ。ありがとね」


 菜々子は小さくうなずいた。俺たちはこれ以上の会話を避けた。教室では他のやつらの話し声が飛び交っていて、オレたちの短い会話は誰にも気づかれなかった。


 授業が始まり、オレは先生に当てられたくはないが、当てられないと菜々子から教科書を借りられないという不思議なジレンマに陥った。こればかりは運だ。


 しかし、先生はどうやって生徒を選ぶのだろうか? 挙手であてるのは良くあるパターンだが、教科書を持ってないオレが手を挙げるのは、菜々子にしてみればあからさますぎる。


 なのでオレは全神経を先生に集中して、当てられるよう願った。


「風間君、次の段落を読んでくれますか」


 良し! ……ん、なんの良しだ?


 オレは左隣に男子がいたにもかかわらず、右の菜々子に声をかけた。この時期は女を過剰に意識するから、ちょっと会話しただけでも変な噂がたっていた(前世)。


 だからオレはまず、少なくともオレは、そんなの関係ねえ! のような雰囲気を作り出していたのだ。正直なところここまで何のためらいもなく女と話せるのはオレと、ああ、いたな南中の浜崎翔平。


 あいつだけは前世と変わらず女と話している。


 これはなんだ、天性のものなのか? まあいい。しゃべっているのは同じ小学校の女ばかりだ。そう言えば思い出したが、コイツは浮気がバレて離婚して地元に戻っていたな。


 ばかが。


 オレはすかさず菜々子の方を見た。菜々子はさりげなく教科書をオレに渡して、俺はそれを見ながら当てられた文を読み上げた。


「はい、ありがとう」


 先生が次の生徒に移ると、俺は小声で菜々子に礼を言った。


「ありがとう」


 菜々子は軽くうなずくだけで、特に返事はしなかった。

 

 授業中、オレは何度か菜々子の教科書をちらりと見る必要があったが、そのたびに菜々子は自然な動きで教科書を少し俺の方に向けてくれた。


「おい、悠真。教科書忘れたのか? 珍しいな」


 俺は肩をすくめた。今でも日本人には珍しいジェスチャーだが、1985年のしかも中学生なら意味不明だろう。


「まあな。完全無欠のオレにも、たまにはあるさ」


 オレはあはははは、と冗談っぽく言う。


「なんだそれ? まあいいや……高遠さんに見せてもらってたみたいだけど」


 康介は意味ありげに笑う。こいつは……まあ、悪い奴じゃあないんだろうが、お調子もんだ。


「なーんか、いい雰囲気だったぞ」


「ん? 何が? ただ教科書見せてもらっただけだろ」


 オレは平静を装いながら答えたが、康介は冗談めかして『まあまあ、照れんなって』と言いながら去っていった。その会話を耳にしたのかどうかわからないが、菜々子は少しうつむいていた。


「ごめんねー高遠さん。あいつなんでもくっつけるから……。気にしなくていいよ。ほんとゴメン」


「別にいいよー。気にしてないから」


 菜々子はニッコリ笑って答えた。


 うん、まあそうだよね。それが普通の感情だ。こっからだ。



 

 

 放課後、オレが音楽室へ行こうとしていたとき、菜々子が近づいてきた。


「あの、風間君」


「何?」


「これ、今日の授業のノートなんだけど。もしよかったら」

 

 菜々子はノートを差し出した。俺は驚きつつも、感謝して受け取った。


「え? マジで? ありがとう。助かるよ」

 

 菜々子は小さく微笑んで、『役に立てばいいな』と言って立ち去った。


 ん? どした、これ?


 単なる好意か恋愛感情の芽生えか? 恐らくは前者の可能性が高いが、まあとっかかりだ。少なくとも嫌われていたら教科書も見せないしノートなんて貸すわけない。



 


 翌朝おれはいつも通りに凪咲と一緒に登校したあと自分の席についたが、ちょっと早かったのだろうか。菜々子はまだきていない。


「おはよう、風間君」


「おはよう高遠さん」


 オレは何事もなかったかのように普通に挨拶を返し、昨日借りたノートを返す。


「ありがとう、助かったよ。すごく丁寧で見やすかった。さすがだね」


 菜々子は少し照れたような表情を見せたが、すぐに普段の落ち着いた様子に戻った。


「そう? よかった」


 そう言って、菜々子は自分の席に座る。


 ふと、教室の入り口の方に目をやると、美咲が入ってくるところだった。オレと目が合うと美咲は手を振って微笑み、用事を済ませると帰って行った。


「ねえ、風間君」


 菜々子の声に、オレは我に返った。


「なに?」


「国語……わからないところ、教えてくれない? ちょっと苦手なんだ。2学期に入ったら漢文とか古文とか、もっと難しくなるでしょ?」


 菜々子の提案に、オレは一瞬戸惑った。これは単なる勉強の誘いなのか、それとも何か別の意図があるのか。51脳が検索するが、notfoundだ。


「いいよ。でもそれならいっその事……今度お互いに時間があるときに、一緒に勉強しない?」


 菜々子の質問が単に勉強の誘いでも、そうでなくても、ザイオンス効果 (単純接触効果)だ。人は接触頻度が高かったり、同じ時間を共有する時間が長ければ好意を抱く。


 ここで断られたら、現時点ではそこまでじゃないって事だ。そう51脳が分析する。


「えっ、本当に?」


 菜々子の目が少し輝いた。


「ありがとう! じゃあ、いつがいい?」


 おいおい、いきなり日時指定かよ? みんなで、じゃなく2人で勉強だ。


 それにしても……。


 確かにオレは服装に気を遣っている。中学は制服になったからそこまでではないが、校則違反にならない程度で、シャンプーの匂いでしょ? とごまかせる範囲で香水をつけている。


 髪形もそうだが、オレは明星のヘアカタログや中学1年コースなどに載っているアイドルの髪形なんて真似しない。というか金かけてあんな小っ恥ずかしい髪形なんてできるわけない。


 みんな同じでジャニーズのように全体フワフワパーマか、チェッカーズのように1か所だけ伸ばすなんて……。前世では流行の最先端だったんだろうが、いくらオシャレにうといおっさん(前世のオレ)でも無理だ!


 だから余計に近未来的に映ったのかもしれない。

 

 言葉遣いや立ち居振る舞いを、51脳を駆使して(中学生の)女に好かれるようにしている。気があるからって嫌がらせをするなど、もっての外だ。


 そういうもので、女子全体のオレに対する好感度が上がっているのか? 修一をやり込めたのも影響してる? やっぱりちょっとワル=モテるという図式は今世でも同じなのだろうか。



 


 いずれにしてもオレは内心でニヤリとする。ザイオンス効果の第一段階(?)クリアだ。


「そうだな……放課後(ギター練習してる)とか休日(ギター練習してる)とか、お互い都合のいい時に(練習は見に来んなと美咲や凪咲、純美あやみには言っている)」


 オレは慎重に言葉を選ぶ。


「図書室とか、静かな場所で」


「うん、いいね!」


 菜々子は嬉しそうにうなずいた。……ように見えた。


「じゃあ、また相談して決めよう」


 さて、いつがいい?





 ■音楽室 放課後


「なあ祐介、文化……ああ面倒だ。もう文化祭でいいや。文化祭でなにやる?」


「え? お前はハノイ好きなんだろ? じゃあハノイと、あとはオレが好きなスコーピオンズでいいんじゃね? それよりもメンバーだよ。この学校にいないんじゃ、他から探すしかねえよ。あとは……やりたくねえけど、やりたくねえけど、妥協して曲も考えて、オレかお前がボーカルもやる」


「いや、まあそうなんだけどな……。メンバーは、なんとかとりあえずなりそうだ」


「えええ! ?」


 祐介が驚いた顔をする。それもそのはず、はじめて話すからだ。


「聞いてないぞ。どうすんだ?」


「いや、佐世保の川下楽器知ってるだろ?」


「ああ、親父に連れられて何度か行った事がある」


 祐介の両親は音楽好きなのだ。


「その川下楽器の人に言ったらさ、ヘルプで入ってもいいよって言ってくれたんだ」


「まじか! で、その人は何をやるんだ?」


「ギター」


「え? じゃあお前とかぶるじゃねえかよ」


「大丈夫、バンド組んでるみたいだから。ドラムも一緒に連れてきてくれるって。そのドラムの人もOKくれたらしい。いや、それよりもさ……」


「それよりもって何だよ! それより大事な事あんのかよ?」


「いや……オレは全部好きだからいいんだけどさ。それやって、女にモテるかなって」


「はああ?」


 祐介はあきれている。まあ、当たり前か。真剣な話をしている時に女の話である。しかしオレにとっては重要なのだ。なんせギターを始めたのも、モテるためのツールだからだ。


 いや、もちろん、カッケーとは思ったよ。それで弾きたいとも思った。鶏と卵の関係だよ。


 女にモテたいからギターをやる。結果モテる。カッケーと思ってギターをやる。結果モテる。動機なんて関係ないが、はたしてハードロックをやって中1女子、もしくは中2中3女子にモテるだろうか?


 それが、問題なのだ。


「お前そんな理由でギターやってたのかよ」


「悪いか? もちろんリスペクトはあるよ。でも動機なんて関係ない。じゃあお前は女にモテたくないのか? 教室の隅っこで黙って石像みたいな生活、いつまで続けるつもりだ?」


「……じゃあ、なにやりゃあいいんだよ」


「うーん、そこが問題なんだよな。女子受けとなると、ハードロックは知名度がないから……。邦楽ならチェッカーズとか少年隊? 洋楽ならワムとかカルチャークラブ、あとはTOTOとかデュランデュランかな……」


「バカか! あんなもんやるくらいならオレは辞める!」


 だよねえ、そうなるよねえ……音楽性の違いとか方向性の違いどころじゃない。バンドといえばソロ! ボーカルは演奏の上で歌っているからソロはないけど、ギターをはじめベースやドラムもソロがある。


 いや、うーん、辛うじてチェッカーズは……。でも祐介的には無理かな? どうにもアイドル色が濃すぎるからな……。バンドの実力というよりも、ルックス重視で売っているのが……。


 じゃないとしても、ファンの8~9割が女だろう? 上の世代はわからんが、同世代でチェッカーズが好きという男は仲間内で『はあ?』の的だった気がする。





「やっぱり、じゃあ、これしかないかな……」


 オレはメモ紙を祐介に渡した。





『軽音楽同好会! 会員募集中! 見学大歓迎!』





「なんだこれ? 本気のヤツ以外はいらねえぞ。募集すんのか?」


「そうじゃねえよ。募集は建前。もちろん男で真剣にやるヤツならいいんじゃね? でも本命はここ、『見学大歓迎』ってとこ。みんなオレ達が部活にも入らず(たまたまなのか、祐介も同じような感じだった)、音楽室でなんかやってるのは知ってるはずだ。だからこれである程度ハードロックの知名度を上げるんだよ」


「悠真、でもお前……まだ人に見られるの嫌だって言ってなかったか? 自分が下手くそだからって」


「しょうがねえよ。ヤルしかねえ」


 本当に仕方がない。ベースは当たり前だが、ギターの腕前は祐介が数段上だ。


「……そうか、わかった。じゃあやるからには、全力でやるぞ」


「当たり前だ」





 こうして部員募集を建前とした、見学で女のファンを増やすという不純な動機での広報活動が始まった。





 次回 第23話 (仮)『女に暴力は最低のクズだが、イジメるのも最低のクズだ』

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