第14話 その夜
貝山(奴は何を考えてる?学院の生徒に稽古をつけるなど……)
潜索者協会の会長室で、貝山はパソコンの画面を見ながら考え込んでいた。
貝山(生徒が強くなるのは良いことではある。あの源家と弥園家のお嬢は伸びしろもあり、問題を起こすような人柄ではない。だが、目的がわからないとなるとな……)
貝山は、枢機が明日香にくっついているのを自分の目で確認してから、枢機の動向を調べるために明日香と連絡を取り合っている。枢機が稽古をつけだしたことを知れたのは、これがあったためだ。
貝山(今のところ、しっかりと通達が行きわたっているようだから大きな事案は起きていないな)
それと同時に、協会関係者や潜索者、異相学院の生徒などに、枢機と積極的にコンタクトをとるのは控えるようにと通達をしていた。
彼の人柄や力量を推し量るに、何かの拍子に地雷を踏み抜いてしまったが最後、甚大な被害が出る可能性は否めない。
その場合を考慮し、なるべく接触は控え、彼から接触した時はそれに従うよう命令していた。
貝山(……わからん……)
パソコンの画面は一通のメールを表示している。メールの差出人には南野明日香という名がある。
彼はそのメールをじっと眺めると、パソコンを操作して一つの動画を再生する。
貝山(……彼には何かしら目的がある。間違いなく)
動画は、枢機と明日香が接触した場面を流している。(第三話)
貝山は特に、この部分を何度も再生している。
枢機【まあ良い。都合良く来てくれた礼だ。お前に付いていってやる】
明日香【え!?】
枢機【百年も経過してなお、全く進歩していない人類世界をこの目で見てやる。ついでに、刺激を加えてやるか】
貝山(”都合よく”という言葉から、彼は恐らく人を待っていた。南野同志がそこにさらに、”刺激を加える”ことが目的かはわからないが、少なくとも世界を只”見る”ことが目的ではないだろう)
彼の発言と現在の行動からしか判断材料はない。時間をかけて、吟味し、推量する。
貝山(刺激を加えることが、源巴と弥園凛香、南野明日香の稽古だけ、というのは考え難い。恐らく、この行動を契機に世界を揺るがしていくことになるだろう。迷宮と同じように、魔法は未知の領域。”魔素”という新たな概念を教えたことから、彼は魔法に精通している可能性が高い)
彼は動画を止め、明日香のメールを再び見る。
貝山(人類の魔法に対する知識を深めることが目的ではないな。現に、彼は魔素に関する情報を広めないよう三人に口止めしている。……それでも情報を伝えてくれた南野同志には感謝せねば)
蟀谷に手を当て、思考の海に意識を沈める。深く、深く。
貝山(そもそも、彼は人類の味方なのか?今のところ、人類の脅威となるような行動は見られない。だが、人類側と判断するには微妙。それに、何か違和感がある……)
貝山「……あ~、わからん」
嘆息じみた声を出して、椅子の背もたれに大きく体重をかける。
思考を続けていた彼だが、無駄だと判断したのか普段の業務に取り掛かり始めた。
枢機「……」
源巴、弥園凛香、南野明日香に稽古をつけた日の夜。
高層ビルが幾つも立ち並び、道路を走る車や街灯、ビルからの光で照らされている日本紫雲国の首都である橙枳の夜景を、巨大なビルの頂上から眺めていた。
このビルは賃貸としても利用できる高級ホテルとして建てられ、裕福な人や外国の要人などが利用している。
枢機「……ん?」
彼の背後の空間がぐにゃりと歪むと、そこから何かが顔を出す。
力士と同じくらいの大きさを持つ、紫色の半透明な存在。体全体が液体のようになっているが、スライムの如くドロドロとしている為か形を一定に保っている。
だが、これくらいの大きさの動物には必ずあるような、口、目、鼻、耳などに該当するようなモノは一切見当たらない。
其れは触手のようなものを一つ、枢機に向けてゆっくりと伸ばしていく。
枢機「なんだ、寂しくなったか?……まあ、今夜くらいは一緒に居てやるか」
其れは己の体を、伸ばした触手のように細長くすると、枢機の首元に向けて浮遊しながら飛んでいく。
そのまま枢機の首にグルグルと巻きついたその姿は、マフラーさながらである。
枢機「……」
枢機は其れの体をゆっくりと撫でながら、しばし夜景をジッと眺めていた。
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