第17話 朱恩川迷宮 其の二 群れ


「ここらで少し休憩を挟みましょうか」



迷宮に入ってから一時間ほどが経過した頃、開けた場所に到達した。

融溶との度重なる戦闘で疲れが見えだしている二人を考慮し、休憩をとることにした。



「ふう……これで落ち着ける」



「やっぱ迷宮はハードだな。模擬戦とは違う」



「模擬戦とは違う緊張感があるね」



「だな」



地面に腰かけた二人は、大型ドローンの袋から水筒を取り出して喉を潤す。

融溶による攻撃で幾つか掠り傷を負っている箇所がある為、その部分には消毒の後に絆創膏や包帯で応急処置をしていく。



「けど、融溶が対人戦の練習になりますかね?あいつら、二足歩行じゃなくて四足歩行でしょ?」



「まあ確かに。人型ではありますけど、対人戦の時とは勝手が違うんじゃ……?」



融溶は二足歩行をすること自体は可能である。足は狼のそれであるが、自らの体を支えることはできる。だが、根本は狼の脚の為、二足歩行には向いておらず、二足歩行で走ることはできない。故に、疾駆の際は四足歩行で行う。



「融溶は四足歩行で二足歩行ではない。だけど、迷宮深くまで行けば……?」



「……あ、成程。いるんですね、二足歩行の融溶が」



「正解。しばらくは四足歩行の奴を相手取ることになるけどね」



「でも、他の迷宮に行けば、もっといい奴がいるんじゃ?」



「それはそうなんだけど、二人が行っても過剰に危険でなく、かつ一定の緊張感を感じられる相手となると、ここしかなくてね」



明日香はポケットからスマホを取り出して操作する。



「色々調べたんだけどね、対人戦と同様の状況に持ち込める相手。でも、二人にとってあまりにも強すぎたり、迷宮自体が複雑で巨大だから、途中で引き返すにも時間がかかったり、場所が国外にあったりで、適当なのがここしかない状況で」



「そりゃ、しゃあなしか」



「休憩して十分に体力を回復したら、もっと奥まで行くよ。さっきの戦いで、この迷宮に潜っても問題ない程の実力があることは再確認したから」



「了解です」



「おっけ!」



コメントを拾い、三人は雑談をしながら休憩をとる。

源は地面に横になりながら。弥園は壁に寄りかかりながら。

明日香は、適当な岩場に腰を下ろして。



「……」













「それじゃ、そろそろ再開するよ」



「了解!」



「わかりました」



取り出していた道具類を大型ドローンの袋に直して出発の用意をする。



「融溶の群れと遭遇する可能性は十分にある。油断はしないようにね」



「はい」



「もっちろん!」




≪さあて、二人の活躍が見れるぞ!≫


≪あの気色悪いのは見たくないけど≫


≪同感≫


≪模擬戦とは違って本気を出せるとはいえ、見た目どうにかならんのかね≫


≪それな≫











「……なあ」



「これは……」



「……はぁ……ちょっと予想外かな」




≪うげ……≫


≪やばくね……?≫


≪どうすんのこれ≫




「あああ……」



「ああ……あ……」



「うら……」



「やあ……」



洞窟を埋め尽くすほどの、夥しい数の融溶が犇めく。

幾つもの融溶の呻き声が、途切れることなく歌を歌っている。

だらんと開けられた融溶の口から止めどなく流れる唾液で池が作られている。



「あああ……」



「……不味い!」



岩場に隠れ、彼らを見ていた明日香たちに一体の融溶が気づく。

二足歩行してゆっくり歩いていたが、四足歩行に切り替えて全速力で駆けてくる。



「展壁!」



咄嗟に明日香は融溶の前に飛び出し、展壁を発動して足止めする。

ドン!という大きな音を立てて壁に激突した融溶は、壁を破壊しようと何度も殴りつけている。



「あああ!」



その音に惹きつけられ、洞窟奥に屯していた百体近くの融溶が一斉に明日香たちの元へ向かう。



「……撤退ですか?」



「ここで退くにも、殿が要る。融溶は諦めが悪いから」



「……先生の展壁で足止めしながら、ゆっくり下がれば大丈夫じゃ?」



「そうだけど……丁度いい。こいつらを殲滅する」



「え!?」



「私が展壁で足止めするから、展壁解除後すぐに凛香が斬糸で切り刻んで。巴は、次の展壁発動までにやって来る融溶を退けて」



明日香の言葉に、どうするか思案していた二人。

視線を合わせ、互いにどうするかを考えていたところ、源が右拳を左手の掌にパンとぶつけて前に出る。



「……わっかりました!やってやるか!」



「本気?」



「先生もいるから、大丈夫だろ」



躊躇っていた弥園は親友がやる気満々であることを感じ取り、両手を前に出して斬糸の準備をする。

二人が戦う決意をしたことを理解した明日香は、少し腰を落とす。



「少し下がって。もう少し狭い場所で融溶を固めたい」



「了解です」



明日香はその場に残り、ドローンを連れて弥園と源は道を戻る。枢機も二人に続く。



「……良し。そこで待機」



「おっけ~!」



明日香に言われ、立ち止まる二人。枢機は数歩後ろで壁に寄りかかって彼女らを見ている。



「……良し!」



一気に後ろに駆けだした明日香。同時に、壁が消失し、融溶たちが走り寄ってくる。

一足先に弥園と源の元まで到着した明日香は、両手を前に構え、展壁の用意をする。











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