第20話 朱恩川迷宮 其の五 忍び



弥園「斬糸!」



弥園は、忍びのすぐ左隣に向かって斬糸を発動。



源(よし。あとは、役に立つかはわからんが、一応やっておくか)



源の眼が紅く輝きだす。



源(目の強化は久し振りだが、もう少し奴の動きを捉えられるようになったはず。反射速度も上げられたら良かったんだが……未だ上手くいっていないからな)



糸は途切れることなく生み出され続けている。硬化された糸が高速で飛び続け、糸による壁が出来上がっている。



「……」



忍びは自らの右側に出来上がった糸の壁を見て、視線を源に戻す。



弥園が右に一歩移動すると、それに合わせて糸の壁も右に移動し、源も右に歩みだす。



斬糸の壁が迫ってきたことで、忍びは嫌々ながらも逃げるように左に移動する。




≪なるほど。移動経路を絞るのか≫


≪あの壁に突っ込めば、瞬く間にみじん切りにされる。そう動くしかないよな≫




弥園(このまま右に移動していけば、何れは迷宮の壁に当たる。何もしなければ、迷宮の壁と糸の壁に押しつぶされることになる。奴からすれば、進む道は前方のみ)



源(あたいの真正面には来ないだろうから、抜ける道はあたいの上かすぐ隣か。さあ、何時踏み込む?)



二人は忍びの両足を頻りに見ながら、ゆっくり、一歩づつ右の壁へと接近していく。



「……」



斬撃の壁が右から迫ってくる中、忍びは現状打破のために動き出した。



右足と左腕を後ろに動かし、体を少し屈ませる。



源(来た!)



ほんの一瞬、しかし確実に、走り出すために体を動かしたことが見えたため、源は構える。



源(あのスピードと、あたいの反応速度を考えると、奴の進行方向に刃を出すだけでタイミング的には当たるはず。蜻蛉切ほどの鋭さはねえが、蜻蛉切のように切れる!)



足と体の向きを見て、どの方向に行くか当てを付けようとした時、源は咄嗟に薙刀を前に構えた。



ガンっ!という鈍い音が響くと同時に、源の目の前に忍びが姿を現す。



忍びは苦々しい顔を一瞬浮かべると即座に後退し、元居た場所へと戻る。



弥園「巴!」



源「問題ない!」



弥園(正面に向かった……!? 裏をかいたの……!?)



源は薙刀の柄の部分で忍びの刀を受け止めた姿勢から立て直し、武器を構えなおす。



源(あっぶね~……。目の強化で足と体の向きを視認できたから、こっちに来ることが予想できたことと、勘に従ったお陰で何とか防げたが、こりゃ想定外だな……)



弥園と源は未だ右へと移動を続け、忍びの進行経路を着実に狭めていく。



源(……だが、一瞬だけ見えた、奴の不可解な行動。あたいに防御されて後ろに下がるとき、何故か後ろを向いて走り出していた。後退するだけなら、そのままバックすればいいのにもかかわらず、敵に背を向けるリスキーな選択をしたのは……)



源は左の手のひらを弥園へと向け、弥園を静止させる。



源(確信はしていない。だが、あたいの勘がそう言っている。試してみるか……)



弥園「巴……?」



源は何も言わず、目線を弥園に向けた。

弥園は源の意図を汲み取ったか、それ以上は言及しなかった。



源「ほら、来いよ」



源は右手を上にあげ、手招きをする。



対して忍びは、体の正面を源に向けたまま屈ませ、走り出そうとする。



源(これは……)



源は薙刀を地面に垂直に立てて穂を上へと上げる。



ドン!という音が鳴って、地面に凹みを生むとともに、忍びは姿を消し源の前に出現する。



源「っしゃあ!」



源(やっぱりな!)



だが、腹部を源の右足に強く蹴られたことで、忍びの体は「く」の字に曲がっている。



蹴られた勢いで忍びは後ろに大きく吹っ飛び、壁に激突して項垂れている。



明日香(気づいたかな)



扉付近で壁に寄りかかりながら戦いの様子を見守っていた明日香は、少し体を前に倒す。



源(作戦は成功!このまま……)



源「凛香!狭める!」



弥園「……!おっけ!」



額に数滴の汗を見せながらも、自らの体に鞭打って少しづつ右へと移動を続ける。

それに合わせて斬糸の壁も移動を再開し、それは忍びへと近づく。



蹴られ、壁に激突した二つの衝撃で意識が飛んでいるのか、忍びは中々起き上がらない。



「……!」



漸く意識を取り戻した忍びは、大きく飛んで体寸前にまで迫った斬糸の壁から距離を取る。



だが、それによって進行経路は更に絞られ、進める道の横幅は三メートルほど。

その中央に、源は薙刀を構えて立っている。



「……」



顔色が悪く、滝のような汗を流している忍びは、刀を右手で逆手に持って前に構える。



それを見て、源は体を少し低めに保ち、忍びを待ち構えた。



忍びが右足を後ろにやって体を屈ませ、走り出す構えを見せたと同時に、源はカウンターを入れようと用意する。



源「……なっ!」



突然、源の眼前に刀が飛んでくる。

見ると、忍びの手から刀が消え、忍びは投擲したポーズでいる。



源「ちっ!」



舌打ちして、薙刀で刀を右に吹き飛ばして回避する。



だがそこに、忍びが左拳で殴り掛かってくる。



源(まずい!)



源は刀を吹き飛ばした姿勢のままで、拳は額寸前まで迫っている。



だが、







源「……っぶね~……」



「……」



ガン!という甲高い音と共に、忍びの左拳は源の額で止まった。

その額の皮膚は、金属のようなもので硬化している。



源(硬質化が間に合って良かったぜ……)



源「お返しだ!」



体勢を整えた源は、左の拳で忍びの顔面を全力で強打。

正面から打撃を受けた忍びは、おおよそ人体を殴ったとは思えない、ドガン!という爆音が起きるが早いか、壁まで吹っ飛んだ。



源「凛香!」



弥園「おっけ!斬糸!」



すかさず、弥園は魔法を発動して糸を飛ばす。

痛恨の一撃を受けた忍びは意識を失ったまま、首を切られて絶命した。












明日香「色々と学ぶことはできたでしょ?」



源「事前情報は大事だな~。下手すりゃ死んでた」



弥園「巴の勘に助けられたところが大きい。ほんと、羨ましい」




≪戦いとなると、急に勘が冴える。これが巴クオリティ≫


≪一方、日常じゃあそれは……≫


≪それは言わないお約束≫




一行は迷宮から帰還して帰路についている。

空は暗くなり、道を行く人も疎ら。

明日香を中央に、弥園は車道側、源はその反対を歩く。

枢機はいつも通り、その数歩後ろを歩いている。



ドローンは協会に渡し、メンテナンスを受けている。



源「先生は、忍びをどうやって倒したんすか?」



弥園「あの速度で動かれると、流石に展壁の発動は間に合わないのでは?」



明日香「前準備で忍びが出てくるタイミングを知っていたから、展壁を発動しておいて、ゆっくりと前進しながら壁で圧し潰したけど」



源「えげつねぇ~……」



明日香「相手の情報を事前に調べるのは、潜索者にとっては当たり前。それをしないで迷宮に潜るのは、四則演算も知らずに因数分解をするみたいなものだから」



弥園「まあ、身をもって理解しましたよ。お陰で、忍びの特徴を戦いながら観察することになりましたから」



源「頭を余計に使って疲れた……」



彼女たちは今回の迷宮探索の反省会をしながら、なんてことない雑談も交えつつ各々家に帰っていった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る