第21話 或る阿呆の最期



「全く、困るな……。これは前にも言ったことあるよね?だって、これ三度目だし。以前同じことをやった時に、対処法を考えたでしょ?それで何故再び同じことが……」



首都橙枳に建てられた一棟のビル。その中に設けられたオフィスにある一室に、二人の中年の男性がいる。

その部屋には書類が保管されている棚が大量にあり、一人の男性はそこから幾つもの書類を取り出しては束にしている。

それらの束は三つに分類するように、壁沿いの机に間を開けて置かれている。



「……」



もう一人は部屋の中央で、やや俯き加減になり、両手を握りながら立ち尽くしている。



「すみません……」



掠れた、吐息も多く混じった声。



「謝罪は要らない。君、ここに来て何年目?言ってるよね?これは仕事であって、趣味じゃない。仕事をやるなら賢くやんないと。そんな我武者羅に働いた結果がこれでしょ?んあ~、これはこっちか……」



「……」



束にした書類を一枚一枚確認して、再び束にしていく。



「はあ……なんで後から来た俺が説教なんか……」



漏らすように小声で呟く。



「……っ!」



立っている男性は顔を歪ませ、林檎を握りつぶさんとばかりに拳に力を入れる。



「いい加減、言わないと解らないか……」



男性は三つある書類の塔のうち、一つを持ち上げると立っている男性に近寄り、



「謝罪も要らないけど、無能な奴はもっと要らない。向いてないなら辞めてくれる?」



「ふぅ……!」



「ノルマを達成していることは評価する。私はね。けど、継ぎ接ぎどころか、穴が開きまくった服を他の人が評価するかどうか、想像できるか?」



男性は扉を開けると、そそくさと書類を持って出て行った。



「……くっ……クソ~っ……」



立っている男性は、音が鳴るほどに歯ぎしりをしながら、顔を赤くして立っていた。












「……」



夜空に星が現れ、明かりで街が照らされる頃、男性はビルを出た。

とぼとぼと、生まれたばかりの仔馬のように覚束ない足取りで歩道を歩く。



(クソがっ……。一流大学を出たのに、なんで……!)



後ろを振り返り、出てきたビルの四階部分を睨みつける。

そこは、男性が働いているオフィスがある階であった。

力いっぱいに握りしめた拳が、プルプルと震える。



その時、男性の後ろから話し声が聞こえてきた。



「ほんだら、リズム歌詞の方に合わせてん!」



「それ逆に殺してない?」



振り返ると、一組の男女が仲睦まじい様子で、談笑しながら道を歩いているのが見える。



(制服……。近くにある、あの高校のか。偏差値低いところだろ。塾かなんかの帰りに、仲良く手を繋いで帰宅ってか?どうせ直ぐに別れるって)



二人が過ぎ去ってから、ふんっと鼻を鳴らして男性は道を再び歩き出す。

歩道には仕事終わりと見える俸給生活者が複数歩いている。



(頭悪い癖に、いっちょ前に恋人なんか作って、それが何になるってんだ。学生は学業が本分だろうが)



視界目いっぱいに映るコンクリートを見ながら、男性は顔が熱くなるのを感じる。

周りの人は、真っすぐ歩く男性を自ら避けていく。



(あいつもそうだ。言っても二流の大学を出た癖して、俺に説教を……!クソっ!)



顔を少し上げ、空を見上げる。

その時、信号が赤になっているのを確認して立ち止まる。



(そうだ。所詮は俺よりも下なんだ。本気を出せば、上に直ぐ行ける。今はその時じゃないだけだ)



青になると同時に、足早に歩きだす。

しかし、次第に顔が下に向き始める。



(だが、腹が立つ。何様なんだ。データの打ちミスなんて誰にもあるし、生意気な客に𠮟ったくらいで一々説教してきやがって)



曲がり角を曲がった瞬間、男性は固い何かに当たった感触を感じると共に、衝撃で尻もちをつく。



?「おっと。すいません」



男性は下を向いていたことと、曲がり角だったこともあり、少し体格の大きな男とぶつかってしまったようだ。

男は尻もちをつく男性を見下ろしている。



「気を付けろ!どこ見てんだ……」



男性は大声でそう怒鳴る。

周囲の人は何事かと、声のした方をチラッと見た後に何事もなかったかのように、その場を後にする。



(ついてねえ~……)



立ち上がって舌打ちを打つと、男性はそのまま立ち去っていく。



?「……」



その男性を、男はジッと見つめていたが、周囲を目で確認するとスタスタと男性に近づいていく。



男性は何も気づかずに歩いている。

路地に近づくと、



「おわっ!」



男は片手で男性の首根っこを掴むと、そのまま路地に引きずり込んでいく。

道を歩く人は、普段通りに歩いている。



「何をっ!離せ!」



男性は自分の体に鞭打って抗うが、久方ぶりに体を大きく動かすため上手く抵抗できない。

男はそのままズルズルと男性を引きずり、突き当りに差し掛かると壁に男性を投げ飛ばす。



「がっ!……」



背中に大きな衝撃を受けて、肺の空気が口から溢れる。

男は地面に倒れた男性の胸倉を掴むと持ち上げる。



「何すん……あっ……」



男性は男の目をみて気づく。



(こいつ、前話題になってた枢機とか言う奴か!昨日、南野とかいう潜索者とかと迷宮に行ってた配信を見たが……。なんでここに……。一体何の用で?)



金色に輝く烏の模様が浮かぶ目。

特異な目をしているため、それほど配信を見るわけではない男性も、その目は深く印象に残っていた。



枢機「粗陋で、下劣な下等種族に、生きる権利を認めた覚えはない」



それだけで虎の命を絶つことができるような、海を割ることができるような、ドスの利いた声が、男性の頭に響く。



(ひっ……)



「はっ……はっ……」



周囲の時間の流れが遅く感じる。世界に押しつぶされているような感覚。

世界の全ての憎悪と殺意を一身に受けたようにも感じる。

津波のような脅威と恐怖を感じた男性は、自分では息をしているかわからない程に。



「ゆ、許して、ぁ!?」



男性が言葉を発した途端、男性の体が急激に膨張したかと思うと、風船のように弾ける。



枢機「……」



周囲には男性の血液、肉片や骨の一部が撒かれる。

しかし、枢機には全くと掛かっておらず、そこにある透明な壁が阻むように、それらは宙に浮かんでいる。



枢機は一瞥すると、振り返って来た道を戻る。

ともに、宙に浮かぶ血液や肉片はその場に落ちた。



枢機「気に入らん……」



枢機の口から言葉が溢れ出る。



路地から出ると、枢機はそのまま歩き出した。

その姿は、先ほど男性がぶつかった男の姿だった。



周囲の人は、普段通りの生活を送っている。














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我が儘 夜空の星 @GERMAN444

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