第15話 朱恩川迷宮へ



あれから三日が経った。

この三日間、彼女等はほぼ毎日のように試練に挑んでいた。



水曜日。この日は異相学院が休みだった。

異相学院は土日と水曜が休みである。土日は全国にある国公立の教育機関で休日に設定されており、異相学院も漏れなく休日である。



水曜が休みなのは、他の学校と異なり、学院生は戦闘を中心としたカリキュラムが組まれていることや、体だけでなく脳を酷使する場合もあるためで、過去に疲弊した状態で訓練に挑んで重傷を負い、今後の人生に支障をきたす事例が多々発生したことがあり、休息をとる日を設けてこれを防ぐ意味合いがある。



そんな水曜日を、三人は試練を突破するために充てていた。



明日香「はぁ……はぁ……」



弥園「また、ダメか~……」



源「こうまで、完封されると腹が立つな……」



枢機「……」



昨日と同じく、三人は滝のように汗を流し、地面に死体のように横たわる。

だが、それもほんの少しの間。

数分経つと何事も無かったかのように立ちあがる。そこに、疲弊した様子は一切ない。



明日香「じゃ、またいくよ」



源「よっし!」



弥園「はい!」



明日香の声に二人は答える。



枢機「回復するのは終わり。これで今日は終いだ」



枢機と三人は朝早くから訓練場に来て試練を開始。戦って疲弊しては、枢機に回復してもらい、再び戦って疲弊しては回復、これを繰り返す。

だが、夜すがらするわけではなく、日が落ちる頃には解散して睡眠をとる。



神経細胞のネットワークは睡眠中に強化される。脳が急成長している赤子にとって睡眠が大事なのはこれが理由である。

ネットワークが強化されることでスキルが上達する。何事も、実行中ではなく休憩中に上達する。

魔法は脳の領域を大きく使うため、脳を休ませると共に細胞のネットワークを強化ことで熟達を速める狙いだ。

枢機の回復はこれを高速で行わせている。



これを木曜日、金曜日も等しく繰り返す。

時折、少し長めの休憩をとって反省会をする。

攻撃のタイミングや速度、立ち回り等々。

魔素を視認するためにはどうすれば良いかを考えることもあるが、現状より良い方法はないという結論に至った。



この三日間はひたすら試練に挑み続けていたが、少しの進捗を感じられないまま週末を迎えた。



明日香「じゃ、準備はいい?」



弥園「はい」



源「問題なし!」



明日香は、身軽ではあるが肌の露出が少なくなるように白色の長袖長ズボンを着て、刀を左の腰に。

弥園は明日香と同じように、黄色の長袖長ズボンを纏い、右腰に二振りの短剣を。

源は少し短めの長刀を担いで真っ赤な服を。



各々の後ろには大小それぞれ一台、計二台のドローンが飛んでいる。

大きなドローンには大袋が吊るされており、小さなドローンにはホログラムが映し出されている。



枢機「……」



当然、枢機もいる。

彼は三人から少し離れた場所で彼女らを眺めている。



明日香「なら、始めるね」



明日香がホログラムに映る画面を操作すると、いくつもの文章が流れ始める。




≪お!始まった!≫


≪しゃあ!始まった!≫


≪弥園と源のお嬢もいる!≫


≪いつもの三人組か≫




明日香「しっかり映ってるみたい」



弥園と源も同じように操作をする。

文章が流れだしたのを見ると、明日香にサムズアップする。




≪てか、あいついるし≫


≪おい後ろになんか男いるぞ≫


≪前の配信で出た枢機だっけ?≫


≪まじで何なのこいつ?≫


≪日の光があっても目の模様がはっきり見えるな≫


≪どゆこと?≫


≪わっけわかんね≫




枢機「……」



明日香「……さて」



用意が完了したのを確認すると、源と弥園にアイコンタクトをする。



明日香「今日は、いつも通り二人の鍛錬をしに迷宮に来てます。場所は朱恩川。等級は序級の天なので、万が一の心配はないでしょう」



源「これくらいなら余裕で攻略できる。普段通り、サクッと終わらせたら!」



弥園「とりあえず、目標は今日中に攻略すること、ですね」



自信満々に意気込みを伝える。



明日香「迷宮の入り口はすぐそこなので、早速行きましょう」



迷宮へと歩き出した明日香に、二人と六台のドローンは付いていく。

ビルが立ち並び、歩道を一般人、車道を車が無数に往来していくなかを。



彼女たちに気付いた人々は、遠目にスマホを構える。

幾つかにはフラッシュがあるのを見るに、写真を撮っているのだろう。



源「それで、今回は何をするんだ?」



弥園「前回はスライムを中心とした戦闘でしたが……」



明日香「対抗戦に向けて、人型のモンスターと戦ってもらいます。基礎的な身体能力は十分に見れましたから、そろそろ対人戦を行っても良い頃かと思いまして」



源「しゃあ!憂さを晴らすか!」



弥園「ええ。最近は鬱憤が溜まってますから、発散にはちょうど良い」



二人は自分たちの後ろを歩く枢機をチラッと見ながら言う。

彼は前を歩く三人を気にせず、周囲の人や街並みをきょろきょろと眺めている。



明日香「さて、到着です」



一同は足を止める。



彼彼女たちの眼前には、金属製の巨大な壁で出来た建物がそびえたっていた。

入り口と思しき大きな扉や日光を取り入れるための窓の他には何も無い、無機質な建物。



明日香「迷宮は、この朱恩川第二隔絶彊の中にあります」



明日香は建物を示しながら、ドローンに向かって話をする。



明日香「隔絶彊は、迷宮からモンスターが出てこないようにする保険としての意味合いが大きく、他にも研究や潜索者の救護を手早くするために設けられた施設。過去に、酒酔いの若者数名が隔絶彊の外壁に極僅かな傷を付けたことで、罰金数百万、労役二十年の判決が下ったことがありますので、気を付けてくださいね」




≪恐ろしいね~≫


≪安全のためだからな。しゃあない、しゃあない≫


≪ま、余計なことをせんかったらええだけの話よ≫


≪酒とか飲む奴、まだいるんか?≫


≪実際、趣味で飲んでる人はそこそこいるらしい≫


≪あほくさ≫




明日香「では、行きましょうか」



源「おっけ!」



弥園「はい!」



二人は元気よく返事をして明日香についていく。



枢機「……」



枢機は、隔絶彊の外壁を少し眺めていたが、フッと鼻で笑うと興味を無くしたように中へ入っていく。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る