第3話 枢機

明日香「……枢機?」



≪誰だ?枢機?≫


≪誰?こいつ?≫


≪モンスター?≫


≪こんなモンスターいたか?≫


≪すっげえ顔良いんだけど。やば≫


≪めっちゃイケメンや。死ね≫


≪惚れたわ。死ね≫


≪イケメンに対するヘイト高すぎやろ≫


≪なんか目光ってね?しかも模様みたいな感じで≫



枢機と名乗る男性に、皆疑問を隠しきれていない様子。

明日香はポカンとした様子のまま、文章にも困惑が見受けられる。

だが、次の瞬間……






枢機「おい小娘。俺は名乗ったぞ。はやく答えろ」






明日香「ひっ!?」



顔から笑みは消えて無表情になり、先ほどよりも格段に低い声が発せられる。

凄まじいまでの恐怖。啞然としていた明日香は、たちまち恐怖で顔を歪ませる。


≪こっわ。なに今の≫


≪ばちくそ低いやん≫


≪めっちゃ怖いんだが≫



文章は尚も流れるが、声が発せられてから少し文章の流れが止まった。

彼らも恐怖を感じたのだろう。



明日香「あ、明日香、です……」



恐怖で震え、声を出すのもやっとだが、何とか返事をする。

彼女の返事に満足したのか、枢機は再び不敵に笑う。



枢機「そうか。明日香か。良い名だ」



声のトーンが高くなっている。機嫌が戻ったようだ。



明日香「あ、あの……」



枢機「ん?何だ?」



恐る恐る、明日香は尋ねる。



明日香「あなたは一体……?」



枢機「耳が狂ったか?枢機と言ったろう」



呆れたように枢機は言う。



≪そういうことじゃないんだよな≫


≪ちゃんと聞こえてるっつーの≫


≪明日香ちゃん復唱してたやろがい≫


≪なんだこいつ≫



が、明日香は目をパチパチとさせて困惑した表情を浮かべ、文章にも同じような雰囲気が感じられる。



明日香「ぐ……」



明日香は痛みで顔をしかめた。



枢機「……これだと、会話に支障があるな」



そう言った枢機は立ち上がって明日香に近づいていく。



枢機「……」



明日香の前で立ち止まった枢機は、明日香をジッと眺める。



明日香「……?あの……?」



≪何してんだ?こいつ?≫


≪ジーって見つめてるけど≫


≪やっぱストーカー?≫



枢機「……よし。おいガキ。動くなよ」



明日香「え?……っ!?」



枢機の言葉に明日香は戸惑いの声を上げるが、次の瞬間に彼女は驚きで目を大きくする。



明日香「これは……!?」



≪どうした?≫


≪なんかしてる?≫


≪でも、手をかざしてないぞ≫


≪なんか、明日香ちゃんの反応が……≫



枢機「……こんなもんか?ほれ、立ってみろ」



枢機がそう言うと、明日香は立ち上がる。



≪え!?≫


≪立ち上がった!?嘘だろ!?≫


≪さっきまで立てなかったのに≫


≪まじかよ……!≫



明日香「なにが……!?あ……!」



明日香は顔に貼ってある絆創膏をはがす。



≪え!?まじかよ!≫


≪おいおい!歴史が変わるぞ!≫


≪幻、じゃないよな!?≫



はがした絆創膏の皮膚には、傷一つ付いていなかった。

本来、そこは虎狼の鉤爪による引っ掻き傷があった箇所だ。



明日香はその箇所を触る。



明日香「治ってる……!?一体どうして……!?」



明日香の反応に、枢機は不思議そうな表情を浮かべる。



枢機「どうして?魔法を使ったから以外にあるか?」



さも当然のように答える枢機だが、明日香には違ったようだ。



明日香「魔法で……怪我を……!?なら、貴方は特級潜索者で!?」



枢機「ん?潜索者?そんなものは知らん」



明日香は破れるように大きく目を見張る。

枢機は事も無げ涼しい顔をしているところを見ると、両者の”普通”の間には何か巨大な隔たりがあるようだ。



それを枢機も感じ取ったのだろう、



枢機「……どうやら、魔法の認識に差異があるようだな」



明日香を見ながら言う枢機の言葉に、それが現れている。



枢機「まあ良い。都合良く来てくれた礼だ。お前に付いていってやる」



明日香「え!?」



枢機「百年も経過してなお、全く進歩していない人類世界をこの目で見てやる。ついでに、刺激を加えてやるか」



明日香「え……あの……」



枢機「そうだな。何から手を加えるか……貴様を鍛えるか……それとも開示か……」



明日香「あの!」



枢機「何だ喧しい。不満か?それとも文句か?」



明日香は声をかけるも枢機は聞かず独り言を言っている。少し大きな声を出して注意を引けば、うるさいと一蹴されて明日香は不愉快そうに少しムッとする。



明日香「付いてくるって、どこまで?」



枢機「どこまで?……そうだな。お前の力量次第と言ったところだ。分不相応な迷宮へ行って死んだならそこで終わりだ」



明日香「そうじゃなくて……」



明日香は、またこれかと言わんばかりに呆れたような顔をする。



枢機「ん?じゃあ何だ?」



明日香「私の家にまで来られるの嫌なんですけど」



明日香が言葉を強くして言う。



枢機「ああ。そういうことか。気にするな。家にまで入るつもりはない」



枢機は不敵な笑みはそのままに言う。



枢機「そもそも、貴様のようなガキに興味は無い。端から対象に入っとらんわ」



明日香「……」



明日香はムーと不満そうな顔をする。魅力が無いと言われたようなものだ、まあそうだろう。



≪は?魅力を感じないと言ったか?≫


≪イケメンだから女には困ってないってか?けっ!≫


≪まじでこいつ誰?誰も知らんの?≫


≪今協会のホームページで調べてるが、枢機なんて名前の潜索者は登録されていないぞ?≫


≪え?まじ?≫


≪潜索者を知らないとか言ってたけど、本当に知らないのか≫


≪じゃあなんで迷宮に居たんだよ≫


≪知らないことだらけだ~ははは~≫



枢機「時間は有限だ。さっさと行くぞ」



そう言って枢機は、虎狼が現れた壁に向かって歩き出す。



明日香「ちょっと!……あ、そうだ」



明日香は虎狼の死骸に近づき、ナイフで腹を切り裂く。

そして虎狼の腹の中にある、キラキラと輝く紫色の石のようなものを取り出す。

さらに体の一部をバラバラにすると、牙や鉤爪、一部の肉や皮を剥ぎ取ると、大型ドローンの大きな袋の中から一つの袋を取り出し、その中に手に入れたものを入れていく。

肉や皮はポリ袋の中に別々に入れて袋の中に投入していく。



剥ぎ取りが終わると、血塗れのナイフを布で拭いて枢機のいる壁に走っていく。



枢機「……」



その間、枢機は黙ってそれを見ていた。



明日香「討伐完了。帰還する」



明日香は壁に向かってそう言うと、壁がまた開いていく。

青い照明があるのか、中は青色の光に満たされている。



明日香「ふう……」



枢機「……」



明日香は、やっと終わった、というように息を吐いて中に入る。枢機は黙って彼女に続く。



壁が閉まったかと思うと、光が強くなり、視界が青色の光で満たされた。

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